鬼と天狗

篠川翠

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第一章 義士

江戸の火種(4)

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 三浦が丹波を詰った事柄のうち、いくつかは真っ当であり、いくつかは的外れなものであった。
 たとえば他の家中の者を軽んじているという批判は、鳴海自身も感じていたことである。鳴海の義父とも言うべき水山が彦十郎を名乗り家老職を務めていた頃であれば、丹波が彦十郎家の者を便利屋扱いするなどは、考えられなかっただろう。また、絢爛豪華な衣装や贅沢を好んでいるというのも、他の者らの羨望と妬みの原因となっているに違いない。
 だがその一方で、二月に殿が領内漫遊をしたというのは、丹波ら側近の勧めであった。三浦の目からすればただの遊びに映ったのかもしれないが、生来病弱でややもすれば気鬱になりがちな長国公の気晴らし、かつ領内視察という政治的目的も、ちゃんと含まれていた。公の立場からすれば、安易に三浦の不遜を叱るわけにもいかない。丹波や殿の気遣いに三浦が気づいていないのも、丹波の激怒を招いた遠因となっているに違いなかった。
 さらに、他藩との外交については、現在の二本松藩内でも指折りの腕の持ち主が、丹波である。他藩首脳部との交渉事は家老である丹波でなければ行えない職務の一つであり、決して職務を疎かにしているわけではない。三浦の批判は行き過ぎの部分もあった。
「羽木殿。こちらからも一つご教授願いたい」
 鳴海の言葉に、羽木が眉を上げた。
「先程日野様が仰られていた『農民を思う心だけでは、現在の二本松は立ち行かない』というのは、どのようなご事情でござるか」
 羽木と新十郎が、顔を見合わせた。本来は、武官が口を挟むべきことではない、行政上の事情だということなのだろうか。
「……我々では、上手い説明が出来かねますな」
 困ったように、新十郎が笑った。
「商い上での事情が絡みます故、城下の中島黄山殿にでも聞いてみるとよろしいでしょう」
「黄山殿?」 
 新十郎の口から滑り出てきたのは、意外な人物の名前だった。
「そう驚かれますな。黄山殿は学に通じていることから、我が義父とも親しい。だが、この点については義父のやり方に賛同しかねるようで」
 苦笑する新十郎の顔には、やや疲れの色が滲んでいた。
 黄山のことは、鳴海もよく知っていた。鳴海自身も昨年世話になった経緯があり、以後、時折彦十郎家に出向いてきては女性陣の御用伺いをしている人物である。ただし、それだけではなく、丹波に頼まれてあちこちの情報収集、即ち間者の役目もこなしていた。普段は商いをしているからか、むしろその辺りの武士よりもよほど口は固く、信用が置けた。
「黄山殿は、水戸への伝手も持っていらっしゃるのか?」
 そう言いながらも、商人はあちこちを飛び回ることが多く、黄山が水戸への伝手を持っていたとしても不思議ではないと、鳴海は気づいた。
「それがしの記憶が正しければ、確か黄山殿が若年の折、水戸の藤田東湖殿のところに出入りなさっていたはずです」
 脇から羽木が言い添えた。それであれば、黄山が水戸藩の事情に通じていて、丹波が頼るのも肯けた。 
 それにしても、夏に山田家を訪問したときにも感じたことであるが、新十郎父子は必ずしも意見が同じではない。とりわけ和左衛門は勤皇思想に傾倒し、家老への直言も辞さない性格である。それでも、本音を言えばあまり丹波を好いていないにも関わらず、二本松藩家中の乱れを防ごうと奔走している新十郎の気苦労は、並大抵のことではないのだろう。羽木と一緒に行動していることからも、その気苦労が忍ばれる。
「新十郎殿。小川平助殿への橋渡しの件といい、お気遣い痛み入る」
 鳴海が労いの意を込めて新十郎へ頭を下げると、新十郎はちらりと笑ってみせた。
 
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