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第二章 尊攘の波濤
竹ノ内擬戦(3)
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その日、夕餉後の団欒の席で「志摩と擬戦をすることになった」というと、一同から好奇の眼差しを向けられた。
「志摩殿とか……。それは、家中でも話題に上りそうだな」
どうやら水山は、面白がっているようである。志摩は大谷本家の惣領として番入りしてから今年で四年目だが、まだ戦闘の指揮は取ったことがないはずだった。一方鳴海は番入りして今年で十一年目だが、青田ケ原の演習では当時既に番頭を勤めていた縫殿助の手勢として参加したに留まった。いずれも指揮官としての能力は未知数なわけである。
「大谷一族同士でぶつかるわけですか。双方の先祖が嘆きませんかね?」
眉を顰めたのは、衛守だ。言われてみればその通りだが、今回は擬戦である。祖先もさほど気にしないだろう。
そこへ、下男が「本家の右門様がお越しになりました」と告げに来た。
「右門が?珍しいな」
向かい側に住む親族であるから、もちろん鳴海や衛守らと面識はある。だが、いつもは父の与兵衛や兄の志摩の影で大人しくしており、単身で彦十郎家を訪れることはなかった。
鳴海は席を立って玄関に向かうと、確かにそこには風呂敷包みを手にした右門の姿があった。その顔は眉尻を下げてうっすらと涙を浮かべ、途方にくれている。
「どうした、右門」
「父上と兄上に家を追い出されました。擬戦が終わるまでは、彦十郎家にいろと」
右門の言葉に、鳴海はしばし言葉を失った。擬戦が終わるまでは、五番組に所属する右門は敵扱いということである。やることが徹底しすぎではないか。
「志摩殿、案外恐いですねえ。普段は笑顔を絶やさない御方なのに」
鳴海の後からついてきた衛守も、呆れたように呟いた。
「まあ、お入りなされ」
水山が、右門を促して屋敷に招き入れた。落ち着かせるために「まずは茶でも」と茶を勧めると、右門はそれを両手に包んで、ほっとしたように茶を啜った。何でも右門は夕餉も口にしないうちに、追い出されたのだという。りんに命じて夕餉の残りを出させると、若者らしくたちまち腹に収めていく。さすがの鳴海も、与兵衛親子の右門への扱いは同情せざるを得なかった。
りんが台所から持ってきたお替りの米飯を右門が再び腹に収めていくのを横目で見ながら、当主である鳴海、水山、衛守は善後策を協議した。彦十郎家はそれなりの家格であるから、右門一人を置いておくのは訳ないことである。だが、まだ年の若い右門が滅多に一人で来ることのない彦十郎家で過ごすのは不安があるだろうから、人当たりのいい衛守の部屋でしばし右門の身を預かるということで、話はまとまった。
翌日、登城して御番頭の間で与兵衛と顔を合わせると、与兵衛の様子はいつも通りだった。右門のことで水を向けても、「右門がしばらくご厄介になりますが、何卒お頼み申す」と述べただけである。
与兵衛はそのまま擬戦についての打ち合わせをすると敬学館に向かってしまい、鳴海は落ノ間にいた志摩を摑まえた。
「志摩。いくら擬戦を控えているとはいえ、右門を追い出すことはあるまい」
「何を言っているんです、鳴海殿」
呆れたように、志摩が軽く鳴海を睨んだ。その顔は真顔である。
「右門の奴は五番組の人間ですからね。同じ屋敷に置いて間者となられては困ります」
たとえ身内であっても、油断大敵。志摩の顔には、そう書かれているようである。志摩の「手加減無用」という言葉は本気だったようで、志摩をよく知る鳴海でさえ、今日の志摩はやや恐れを感じる。
「擬戦が決まったというのに、右門が下城して第一にやったことが、池の鯉の餌やりですよ。他にやるべきことがあるというものでしょう」
どうやら、「鯉の餌やり」が右門が志摩の怒りを買った原因のようである。他愛もないことであるが、志摩も気が立ち過ぎではないか。
そこへ、学館から使いの者が来た。家老の浅尾と掃部助、与兵衛が二人を呼んでいるという。決まったばかりの擬戦について上役らから説明をするとのことだった。
普段は愛想よく何やかんやと話し掛けてくる志摩だが、並んで御玄関からぐるりと石垣をまわって箕輪門を潜り、向かいの敷地にある学館の客間に着くまでの間、志摩は一言も口を利かなかった。
「志摩殿とか……。それは、家中でも話題に上りそうだな」
どうやら水山は、面白がっているようである。志摩は大谷本家の惣領として番入りしてから今年で四年目だが、まだ戦闘の指揮は取ったことがないはずだった。一方鳴海は番入りして今年で十一年目だが、青田ケ原の演習では当時既に番頭を勤めていた縫殿助の手勢として参加したに留まった。いずれも指揮官としての能力は未知数なわけである。
「大谷一族同士でぶつかるわけですか。双方の先祖が嘆きませんかね?」
眉を顰めたのは、衛守だ。言われてみればその通りだが、今回は擬戦である。祖先もさほど気にしないだろう。
そこへ、下男が「本家の右門様がお越しになりました」と告げに来た。
「右門が?珍しいな」
向かい側に住む親族であるから、もちろん鳴海や衛守らと面識はある。だが、いつもは父の与兵衛や兄の志摩の影で大人しくしており、単身で彦十郎家を訪れることはなかった。
鳴海は席を立って玄関に向かうと、確かにそこには風呂敷包みを手にした右門の姿があった。その顔は眉尻を下げてうっすらと涙を浮かべ、途方にくれている。
「どうした、右門」
「父上と兄上に家を追い出されました。擬戦が終わるまでは、彦十郎家にいろと」
右門の言葉に、鳴海はしばし言葉を失った。擬戦が終わるまでは、五番組に所属する右門は敵扱いということである。やることが徹底しすぎではないか。
「志摩殿、案外恐いですねえ。普段は笑顔を絶やさない御方なのに」
鳴海の後からついてきた衛守も、呆れたように呟いた。
「まあ、お入りなされ」
水山が、右門を促して屋敷に招き入れた。落ち着かせるために「まずは茶でも」と茶を勧めると、右門はそれを両手に包んで、ほっとしたように茶を啜った。何でも右門は夕餉も口にしないうちに、追い出されたのだという。りんに命じて夕餉の残りを出させると、若者らしくたちまち腹に収めていく。さすがの鳴海も、与兵衛親子の右門への扱いは同情せざるを得なかった。
りんが台所から持ってきたお替りの米飯を右門が再び腹に収めていくのを横目で見ながら、当主である鳴海、水山、衛守は善後策を協議した。彦十郎家はそれなりの家格であるから、右門一人を置いておくのは訳ないことである。だが、まだ年の若い右門が滅多に一人で来ることのない彦十郎家で過ごすのは不安があるだろうから、人当たりのいい衛守の部屋でしばし右門の身を預かるということで、話はまとまった。
翌日、登城して御番頭の間で与兵衛と顔を合わせると、与兵衛の様子はいつも通りだった。右門のことで水を向けても、「右門がしばらくご厄介になりますが、何卒お頼み申す」と述べただけである。
与兵衛はそのまま擬戦についての打ち合わせをすると敬学館に向かってしまい、鳴海は落ノ間にいた志摩を摑まえた。
「志摩。いくら擬戦を控えているとはいえ、右門を追い出すことはあるまい」
「何を言っているんです、鳴海殿」
呆れたように、志摩が軽く鳴海を睨んだ。その顔は真顔である。
「右門の奴は五番組の人間ですからね。同じ屋敷に置いて間者となられては困ります」
たとえ身内であっても、油断大敵。志摩の顔には、そう書かれているようである。志摩の「手加減無用」という言葉は本気だったようで、志摩をよく知る鳴海でさえ、今日の志摩はやや恐れを感じる。
「擬戦が決まったというのに、右門が下城して第一にやったことが、池の鯉の餌やりですよ。他にやるべきことがあるというものでしょう」
どうやら、「鯉の餌やり」が右門が志摩の怒りを買った原因のようである。他愛もないことであるが、志摩も気が立ち過ぎではないか。
そこへ、学館から使いの者が来た。家老の浅尾と掃部助、与兵衛が二人を呼んでいるという。決まったばかりの擬戦について上役らから説明をするとのことだった。
普段は愛想よく何やかんやと話し掛けてくる志摩だが、並んで御玄関からぐるりと石垣をまわって箕輪門を潜り、向かいの敷地にある学館の客間に着くまでの間、志摩は一言も口を利かなかった。
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