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第二章 尊攘の波濤
藩公上洛(4)
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――京都警衛組の出立の日は、安達太良山からの秋風が渡る、爽やかな陽気だった。京都へ向かう人員と共に、現在富津在番の二番組と交代する八番組の者等も、江戸まで同行することになっている。そのため現在は多くの藩士らが箕輪門前にある千人溜に集合しており、彼らはそれぞれの家紋が入った背割り羽織に、金色の直違紋の入った陣笠を被っていた。典型的な旅装であるが、上洛の目的が目的であるから、荷駄人足等が担ぐ長持には、各種武具も入っている。鳴海も連日泊まり込みで大城代の内藤四郎兵衛と相談しながらそれらの準備に当たっていたため、油断すると眠気に襲われた。日に何度も武器庫と番頭ノ間を往復する羽目になり、疲労の感は拭えない。
「――それでは、我々の留守の間、国元の諸事宜しく頼む」
愛馬の手綱を握った長国公が、源太左衛門に肯いてみせた。
「畏まりまして候」
源太左衛門が片膝を地につけ、深々と頭を下げた。その背後で、鳴海も同じように片膝をつき、頭を下げる。
「道中、何卒恙無きよう我等一同、皆々様のご無事及びご武運を御祈り申し上げまする。行ってらっしゃいませ」
源太左衛門が出立の祝辞を述べると、自然と「行ってらっしゃいませ」と唱和の声が上がった。それを聞くと、長国公はひらりと馬に跨った。直後、出立の合図の貝が鳴らされると、行列がゆっくりと進み始めた。腰を折ったままの鳴海がふと顔を上げると、与兵衛、そしてその数列後ろに控えていた十右衛門と視線が絡み合った。が、行列を止めるわけにはいかない。鳴海は二人に目礼するに留め、三つ巴を記した与兵衛の羽織の背中を見届けると、立ち上がってくるりと行列に背を向けた。
二本松から江戸までは、通常六日ほどで到着する。その到着を待っていたかのように再び江戸からの早馬が二本松に飛んできたのは、九月朔日のことだった。
今回早馬を飛ばしてきたのは、小沢長右衛門だった。江戸留守居役の一人だが、現在江戸藩邸に藩士が大勢詰めており、その中には丹波や掃部助もいるため、彼らにしばしの留守を頼み、自分自身は新たに京都からの知らせを報告しに来たのである。口うるさい丹波がいないということもあり、長右衛門が城に到着したときは、残された家老陣や番頭らが皆小書院に集っていた。小書院の隅では、上役の集団からやや離れた位置に、詰番の者らも集っている。
「日野様らに申し上げます。去る八月十八日、京にて変事のあった模様でございます」
源太左衛門は、江口三郎右衛門や浅尾数馬介、樽井倫安らと顔を見合わせた。だが、落ち着いた様子で、源太左衛門は長右衛門を労った。
「遥々江戸から早馬を飛ばして参り、お疲れでござろう。まずは茶でも飲まれよ」
そう言うと、近くに控えていた小姓に命じて茶を運ばせ、長右衛門が口を湿らすのを待って、改めて問い質した。
「――いずこから話せば宜しいものやら……」
長右衛門は長らく江戸詰めのベテランだが、余程興奮したものか、報告の緒を探るようにしばし口を引き結んでいた。だが、源太左衛門が辛抱強く待っていると、ゆっくりと話し始めた。
何でも八月十三日に、突如として帝の大和行幸の詔が渙発されたのだという。予定では大和国の神武天皇陵及び春日大社に行幸し、しばらく逗留した後に親征の軍議を為す。それを機として人心を収攬し、次いで伊勢神宮に行幸し攘夷成就の祈願を行い、速やかに帝の親政に移行させるという計画が、持ち上がったというのである。発案者は長州の毛利慶親であり、朝廷が武力による攘夷を直接指揮する親征を実現し、日本全国を攘夷戦争に巻き込むことで国の統一を図ろうという、途方もない計画だった。その策を献じたのは久留米藩士の真木和泉であり、かつては水戸の会沢正志斎の弟子として知られていた男である。都では、嘘か真か、行幸の間に御所を焼き払い、帝を長州に迎えようとする計画さえあるとの風説が流れた。
「それは、事実でござるか?」
余りの事の重大さかつ大胆さに、詰問する三郎右衛門の顔が強張っている。長右衛門の説明は、言わばほぼ倒幕計画である。だが、長右衛門は首を横に振った。
「いえ……。実は帝のご本意に非ざる由との風聞が有り申す。それを裏付けるように、同日薩摩の高崎正風殿という御仁が会津の秋月悌次郎殿に近づき、薩摩と会津の協力を申出されたそうでございます。同時に、因州・備前・阿波・米沢の四藩が親政中止を帝に直接奏上したいと強く求められた由」
ここで、長右衛門はまた一口茶を啜った。未だ知らせを受けたときの興奮が収まらないのだろう。
「何故薩摩が関わってくる?」
浅尾が、焦れたように続きを促した。長右衛門はちょっと考える素振りを見せたが、首を横に振るばかりであった。
そんな長右衛門の様子を見守っていた源太左衛門は、口元に扇子を当てて何やら考え込んでいたが、やがて穏やかな声色で補足した。
「――それでは、我々の留守の間、国元の諸事宜しく頼む」
愛馬の手綱を握った長国公が、源太左衛門に肯いてみせた。
「畏まりまして候」
源太左衛門が片膝を地につけ、深々と頭を下げた。その背後で、鳴海も同じように片膝をつき、頭を下げる。
「道中、何卒恙無きよう我等一同、皆々様のご無事及びご武運を御祈り申し上げまする。行ってらっしゃいませ」
源太左衛門が出立の祝辞を述べると、自然と「行ってらっしゃいませ」と唱和の声が上がった。それを聞くと、長国公はひらりと馬に跨った。直後、出立の合図の貝が鳴らされると、行列がゆっくりと進み始めた。腰を折ったままの鳴海がふと顔を上げると、与兵衛、そしてその数列後ろに控えていた十右衛門と視線が絡み合った。が、行列を止めるわけにはいかない。鳴海は二人に目礼するに留め、三つ巴を記した与兵衛の羽織の背中を見届けると、立ち上がってくるりと行列に背を向けた。
二本松から江戸までは、通常六日ほどで到着する。その到着を待っていたかのように再び江戸からの早馬が二本松に飛んできたのは、九月朔日のことだった。
今回早馬を飛ばしてきたのは、小沢長右衛門だった。江戸留守居役の一人だが、現在江戸藩邸に藩士が大勢詰めており、その中には丹波や掃部助もいるため、彼らにしばしの留守を頼み、自分自身は新たに京都からの知らせを報告しに来たのである。口うるさい丹波がいないということもあり、長右衛門が城に到着したときは、残された家老陣や番頭らが皆小書院に集っていた。小書院の隅では、上役の集団からやや離れた位置に、詰番の者らも集っている。
「日野様らに申し上げます。去る八月十八日、京にて変事のあった模様でございます」
源太左衛門は、江口三郎右衛門や浅尾数馬介、樽井倫安らと顔を見合わせた。だが、落ち着いた様子で、源太左衛門は長右衛門を労った。
「遥々江戸から早馬を飛ばして参り、お疲れでござろう。まずは茶でも飲まれよ」
そう言うと、近くに控えていた小姓に命じて茶を運ばせ、長右衛門が口を湿らすのを待って、改めて問い質した。
「――いずこから話せば宜しいものやら……」
長右衛門は長らく江戸詰めのベテランだが、余程興奮したものか、報告の緒を探るようにしばし口を引き結んでいた。だが、源太左衛門が辛抱強く待っていると、ゆっくりと話し始めた。
何でも八月十三日に、突如として帝の大和行幸の詔が渙発されたのだという。予定では大和国の神武天皇陵及び春日大社に行幸し、しばらく逗留した後に親征の軍議を為す。それを機として人心を収攬し、次いで伊勢神宮に行幸し攘夷成就の祈願を行い、速やかに帝の親政に移行させるという計画が、持ち上がったというのである。発案者は長州の毛利慶親であり、朝廷が武力による攘夷を直接指揮する親征を実現し、日本全国を攘夷戦争に巻き込むことで国の統一を図ろうという、途方もない計画だった。その策を献じたのは久留米藩士の真木和泉であり、かつては水戸の会沢正志斎の弟子として知られていた男である。都では、嘘か真か、行幸の間に御所を焼き払い、帝を長州に迎えようとする計画さえあるとの風説が流れた。
「それは、事実でござるか?」
余りの事の重大さかつ大胆さに、詰問する三郎右衛門の顔が強張っている。長右衛門の説明は、言わばほぼ倒幕計画である。だが、長右衛門は首を横に振った。
「いえ……。実は帝のご本意に非ざる由との風聞が有り申す。それを裏付けるように、同日薩摩の高崎正風殿という御仁が会津の秋月悌次郎殿に近づき、薩摩と会津の協力を申出されたそうでございます。同時に、因州・備前・阿波・米沢の四藩が親政中止を帝に直接奏上したいと強く求められた由」
ここで、長右衛門はまた一口茶を啜った。未だ知らせを受けたときの興奮が収まらないのだろう。
「何故薩摩が関わってくる?」
浅尾が、焦れたように続きを促した。長右衛門はちょっと考える素振りを見せたが、首を横に振るばかりであった。
そんな長右衛門の様子を見守っていた源太左衛門は、口元に扇子を当てて何やら考え込んでいたが、やがて穏やかな声色で補足した。
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