【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

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一章(エレオノール視点)

思わぬ再会

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 今日も、ペレは夜十時にやって来た。エマは二階の部屋でいつものように待っていたが、今日はペレの他に従者を連れていた。
 従者はペレに負けず劣らずの高身長で、顔立ちもなんとなく似ていた。外の国の人たちは血が繋がらずとも似た顔立ちをしている。エマは従者に挨拶した。

「コイツはいないものと思え」

 冷たい物言いが、エマに過去を思い出させた。同じような言葉をかつての夫に吐かれた記憶が蘇る。
 でもそれはエマだけの傷だ。今、実際に言われた従者は、表向きはなんてこと無い顔をしていた。

「そちらの方にも椅子をご用意します」
「必要ない」
「いくら鍛えている方でも、立ち続けるのは辛いでしょう」

 ペレは親指で後ろの従者を指した。

「こいつは水も飲まずにラガン砂漠を五日で渡りきった。出来が違う。気にするな」
「ここは砂漠ではありませんので」
「護衛がわざわざ反応の遅れる椅子に座ると思うか」
「つまりペレさんは、私に警戒していると?」
「お前の、護衛だ」

 お前の、を強調される。エマは当惑した。 

「護ってもらういわれはありませんが」

 ペレは護衛に目配せする。護衛は部屋を出ていった。

「…あの…」
「まぁ待っていろ」

 大人しく待っていると、慌ただしい物音と悲鳴が聞こえてくる。何事かとエマが腰を上げたと同時に扉がノックされた。

「入れ」

 扉が開く。中に入ってきたのは先程の護衛と、引き摺られるように襟元を掴まれた──

「──イオリネ!?」

 イオリネに駆け寄る。護衛の手から離れ床に手をついたイオリネをそっと抱き起こす。
 彼の額は腫れていて、服も泥がつき穴が空いていた。殴られて引き摺られたのは明白だった。
 老体に対しての酷い扱いにエマはペレを睨みつけた。
 知り合いか?と呑気にペレが聞いてくる。

「なぜこんなことをしたのですか」
「お前の様子をチラチラ見ていた。昼間、図書館へ行くときも後をつけていた。身なりが悪いから、エマのストーカーかと思って捕らえさせた」
「この人は私の身内で、御者をしている者です」

 お嬢さま、と御者のイオリネは首を横にふる。頭の他にもダメージを負っているのか、苦痛に耐えるような辛い顔をしている。

「…も、申し訳ありません。ご迷惑を」
「謝らないで。横になって。手当てをします」

 肩を抱いて立ち上がらせようとするのを、護衛が引き受けた。エマの身内だと知った以上、先ほどの引き摺るような真似はせず、ベッドに丁寧に寝かせた。

「手当てならウチのにやらせる。道具はどこにある」
「取ってきます」
「取りに行かせる。お前は座れ」

 ペレは自分が座っていた椅子を明け渡した。少しは悪いと思っているのだろうか。常と同じ高慢な顔が、挑発にも受け取れて、エマは気分が悪くなった。

 
 手当てを終えた御者にエマは手を握って顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」
「お嬢さま、もったいないお言葉です。お手も、汚れますからお離しください」
「そんな冷たい言い方やめて。気分はどう?本当にお医者を呼ばなくていいの?」
「強くは打たれておりません。少し休ませてもらったら帰ります」

 安心させようとしてくれているのだろう。御者は顔を引き攣らせて微笑んだ。

 御者と会うのは、エマが娼婦となってから初めてだった。継母はエマの様子を見に行かせると言っていたから、また会える日が来るとは思ってたが、直接は会わず、遠くから見ていたのだと初めて知った。

「みんなは元気?変わりないかしら」
「変わりません。元気です」
「よかったわ」

 本当はもっと話がしたかったが、後ろにはペレと護衛が残っていた。
 エマは御者に労りの言葉をかけた後、二人に向かって言った。

「本日はお引き取りください」

 足を組みテーブルに肘を付いたペレは、全く悪いと思っている態度ではなかった。

「そのイオリネとやらを屋敷に届けてやる。詫びだ」
「詫びだと思うのなら、何もせずこのまま今すぐお引き取りください」
「それもそうだ」

 両手を上げたペレは、部屋を出ていった。こんなにあっさり帰っていくのならもっと早く言えばよかった。

 これで心置きなく話が出来る。エマは向き直って本当に聞きたかったことを訊ねた。



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