25 / 50
二章(ジョン視点)
7.運命の日
しおりを挟む王立歌劇場で『プリマヴェーラ』を演るらしい。ココットのお気に入りの演目だ。ジョンはココットを誘って早速、劇場を訪れた。
ココットは全身真っ赤のドレスに身を包んでいる。赤はココットの好きな色だ。衣装も何種類も持っていて、どれがどれだかジョンには区別がつかなかった。
赤い衣装が金髪によく映える。ウエーブがかった美しい金髪をなびかせて颯爽と歩く姿は人目を引いた。
支配人自らの案内によりロイヤルボックスへ座る。王の到着を待っていた観衆が、ジョンとココットに向かって拍手を送る。
ジョンは得意げに手を振り返してやると、会場はどっと沸いた。これではどちらが主役か分からない。
注目されるのが好きなココットも得意げな顔でソファに座り、女官に扇で仰がせている。
「ココットも手を振ってやれ」
「遠慮しておきますわ。下々の者を熱狂させてこの場を暑くさせたくないんですもの」
「ははっ」
ココットにキスしようとすると、拒まれる。
「化粧が崩れますわ」
「俺のご機嫌取りをしてはくれないのか」
「私の為にここに呼んでくださったのでしょう?私の機嫌を取るべきでは?」
「傲慢な女だ」
軽くキスするに留める。王の為に用意されたソファに腰掛けて、注がれたシャンパンを飲んでいると、一つの席が目についた。
サイドのボックス席だった。女と男が抱き合っている。恐らくは口づけを交わしているのだろう。男の背に女は腕を回していた。赤い手袋が目に付く。王の到着の歓迎にも参加せずに、二人で愛を育んでいるらしい。
女は赤いドレスを着ていた。特殊な素材なのか、光に反射して遠目でもはっきり見えた。
男女が離れる。男の背中越しに女の髪が流れ落ちる。黒髪だった。そして顔が現れる。ジョンは目を見張った。
──あの姿は…!
驚愕と共に照明が落ちる。壮大な音楽とともに幕が上がる。何も知らない隣のココットが歓喜の声を上げる。いくら国王であろうとも、上がった幕を止められない。周囲の熱狂に邪魔されて、ジョンはその姿を見失ってしまった。
劇など全く頭に入ってこなかった。劇中はどうしても客席は暗くなる。観客席が少しでも明るくなるたびに、ジョンは例のボックス席に目を向けた。
見間違いかもしれなかった。だが、そのボックス席がカーテンで閉ざされているのを発見すると、まさかという思いがこみ上げてくる。
エレオノールだった。婚姻関係を結んでいたとき、ほとんど会うことは無かったが、三年、同じ王宮で過ごした。会わなくなって四ヶ月経った程度で、姿形は忘れない。
いつかのあの愚かな二人組を思い出す。娼婦に身を落としたと言っていた。あの時はそんなはずないと一笑に付したが、あの様を見てしまったら本当なのかもしれないと疑いたくなる。
最初目撃した時は、エレオノールだと断言出来たが、一公演終わる頃には本当に本人だったのだろうかと自分を疑い出していた。
──赤いドレスだった。真っ赤な。エレオノールが好む色合いではない。物静かな女だ。男と口づけを交わし男の背に手を回し甘えるような仕草をするような女では無かった。
やはり見間違いだったのだ。男も知らないあの女が、あんな真似出来るわけがない。
たが、だがもしということがある。いや、そんな筈はない。一人で考えていても埒が明かない。ジョンは息をついた。
「どうされまして陛下?」
カーテンコールの拍手を送りながら、ココットが顔を寄せてくる。思いを馳せていたジョンは、我に返って咳払いした。
「なんでもない」
「お顔の色が悪く見えます」
「気にするな」
ちらりと視線をボックス席へやる。カーテンはもう開いていた。だがそこにはもう誰も座っていなかった。
686
あなたにおすすめの小説
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました
あおくん
恋愛
父が決めた結婚。
顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。
これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。
だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。
政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。
どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。
※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。
最後はハッピーエンドで終えます。
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。
しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。
ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。
セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる