【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

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植物園にて

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「良かったのですか?」
 そう問うと、彼はローズに顔を寄せた。
「何がだ」
「モーリスなどと」
「アイツは投獄されているが表向きは行方不明扱いだ。君も行方不明。矛盾は無い」
「そうでなく」ローズも顔を寄せて声を落とした。「テレサは貴方様の話を皆にするでしょう」
「ローズのこともな。仲睦まじく見えたらいいんだが」
「見せる必要があったのですか」
 アルバートは少し目尻を下げた。彼にしては珍しい表情だ。
「アイツの名を騙るのは不愉快だが、存外面白かった」
「…はぐらかしてます?」
「ああ」彼は直ぐ肯定した。「見せる、でなく、俺は実際そう思っている。違うか?」
「大切にしてくださってるとは思いますけれど」
「…リラ」
 前を歩いていたリラは呼び止められ、振り返った。
「そこの売店でパンフレットを売ってる。買ってきてくれ」
 彼女は頷いて直ぐに向かっていった。
 入口からも少し外れた場所に移動して、アルバートはローズに言った。
「愛している」
 静かな声音だった。こんな往来のある場所で、初めてアルバートは確信の言葉を伝えた。
 青い吸い込まれそうな瞳。自分の姿が映っていた。彼は真摯にローズに向き合っている。ローズの言葉を待っている。
「──私も、同じです」
「同じなら言ってくれ」
「…ここでは嫌です」
 そこでようやく周囲の雑踏に気づいたらしい。アルバートは周りを見渡して、もう一度ローズに向き直った。
「…リラ、遅いな」
 誤魔化すように呟く。それに同意するように頷いた。

 よくやく入場。リラが三人分のチケットを渡して中に入る。すぐ目の前に、大きな噴水が湧き上がっていた。
 天井に届かんばかりの噴水に、水しぶきが降りかかる。中央には三美神の彫像が立っているそうだが、水の勢いに負けて姿は見えにくくなっている。時たま、噴出が止んだ合間に顔を見せる程度だから、像では無く、水をメインに設計されているらしい。波状に噴出する様は、それだけで一種の彫像に相応しい。
 のだが、ローズには全くそれどころではなかった。先のやり取りですっかりのぼせてしまったローズは、待ち望んでいた噴水も、めずらしい植物や木々たちも、全く目に留まらなくなっていた。あの告白の音が耳に残って、何度も何度も聞かせてくるのだ。たまらない。
 アルバートは、ローズが疲れにくいように、腕につからまらせていた。気遣って、歩調はゆっくり。
「ローズ」
 声を掛けられて、ローズは大げさに仰け反ったので、アルバートは目を丸くした。
「どうした?」
「いえ。…何でしょうか」
 アルバートはパンフレットの地図を見せた。
「南翼と北翼、どちらから行きたい?」
 地図を覗き込む。地域ごとで展示が分かれており、あまり馴染みのない東の国のものは、北に集中していた。
「北から。アルバート様がよろしければ」
「勿論」
 アルバートは頷いたが、
「嫌です」
 と、言ったのはリラだった。
「そちらは、私の国のものばかり、つまらないです」
「お前なぁ」
「私、南に行きます。見終わったらそちらに行きます。旦那様、大きいから目立ちます。見つかります」
 ちゃっかり自分用のパンフレットまで購入していた。それを拡げてみせた。リラは主人そっちのけで楽しみたいようだ。
 アルバートはやれやれと手を振った。
「分かった。行ってこい」
 リラはニコニコして足取り軽やかに向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、ローズはもしかして、わざと二人きりにしてくれたのだろうかと、ふと思った。

 一本に真っ直ぐ伸びた道があり、左右に植物が植えられていた。そこをただ進めば良いだけのシンプルな観覧スタイルだった。人一人通れるほどの小さな小道が伸びていたりもするが、ローズの体力を考慮してそこまでは入らなかった。休めるベンチが頻繁に置いてあるから、休み休み進めた。
 どんな名前の植物なのか、名札が付けられているものもあったが、基本は名無し。目で楽しむのを主目的にしているらしい。庭を歩くのとそう変わらなかった。
 アルバートは指を指した。そこには濃いピンクの花が咲いていた。
「君の花だ」
「…バラ、ですか?」
 それはローズがよく知る薔薇とはかけ離れていた。花びらが五弁しかなく、土でなく、砂地から茎が生えていた。
 パンフレットを見て、アルバートは言う。
「薔薇の原種だそうだ。赤い実をつけるらしい」
「実を…美味しいのかしら」
「そうかもな。後でリラに聞いてみるか」
 アルバートは周囲を見回して、先へと促した。ローズも周りを見ると、人は程よく離れていて、閑散としていた。ここは緑ばかりが多く花が少ない。他のエリアと比べ見劣りするのだろう。
「落ち着いたか?」
「え?」
「俺が馬鹿なことを言ったから」
 急に先の話を振られ、ローズは顔を上げた。陽の光が降りそそいで、金の髪が煌めく。中々表情を見せないアルバートだが、優しい眼差しをしていた。さっきのテレサのように、ローズは見とれて視線を逸らせなかった。
「そんなこと…思いません」
「言っていないと気づいたから、早く言わなければと思った。確かに、あの場で言うべきではなかったな」
 ふと、視線が外れる。ローズは咄嗟に腕を引いた。アルバートがこちらを見直す。
「お慕い、しております」
 口をついてから、正気に戻る。羞恥がいてきて、ローズは慌てた。
「わ、私も、言ってないと気づいたんです。い、言わないとって…思って」
「…嬉しい」
 アルバートは微笑んで、伏し目がちに何故か袖口のボタンを撫ではじめた。照れ隠しだったのかもしれない。そのささやかな仕草を、一生忘れないと思った。

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