6 / 29
6
しおりを挟むというわけでお茶会。ルイーズはお腹を空かせて参加した。会場は庭で、お茶会日和の良い天気だった。
用意された席は、なんと殿下の隣だった。長方形のテーブルの一番奥には王妃様が座り、斜めの席に殿下、向かいにはシャルロット嬢が座る。席順ではシャルロットの方が上になっているが、物理的な距離ではルイーズの方が近かった。
いよいよ婚約者を発表する時だ。シャルロットも分かるのだろう。緊張がこちらに伝わってくるほど固い顔をしていた。
王妃さま自ら紅茶をカップに注いでくださり、恐縮しながら口につける。香り豊かなアールグレイ。ミルクも少し入って、さすが王族が使うものは一味違う。次にサンドイッチを頬張る。具のキュウリが新鮮で、ぱりっとした食感が病みつきになる。本当は残すのが礼儀だが、余りに美味しくて全て食べてしまった。
「おかわりいる?」
優しい殿下の気遣いで、ルイーズは遠慮なく、おかわりをいただいた。朝食を抜いてきて本当に良かった。
次にスコーン。割ってジャムとクリームをちょっとずつ乗せて口に入れる。酸味のある赤いジャム…これはもしかして──
「トマトかしら」
思わず口に出すと、反応したのは主催の王妃さま。
「ええ、そうよ。うちの土壌は豊かだから、甘いトマトが育つの」
四十を超えている王妃は、年齢を感じさせない若々しさを備えていらっしゃる。ウエーブがかった金髪をエメラルドの髪留めでゆったりとまとめ、白い肌は真珠のように艶めいている。二十代と言われても信じただろう。
王妃とは殿下以上に言葉を交わしたことがない。挨拶にいかないのだからよっぽど不敬だと思われているに違いない。なのに全くそんな素振りを見せない。包容力のある微笑みは、ルイーズを安心させた。
「そちらの畑がどんなものなのか、拝見してみたいものです」
「あら、いつでも見られるようになるわよ。これからはね」
畑など、他人に見せるものでは無いだろうに。話を合わせてくれたのだろうか。不思議に思いつつ、スコーンを食べ続ける。
シャルロットは、ずっと思い詰めたような暗い顔をしている。もうシャルロットが王太子妃になるのは間違いないだろうに、何をそんなに暗い顔をしているのか。もしかしてマリッジブルーならぬ婚約ブルーなのかもしれない。対面で座るこの位置では、こっそり元気付けることもできない。今日この日で一番幸せなのは彼女なのだから、茶会が終わったら、うんとお祝いしてあげよう。
そして最後にお菓子をいただく。イチゴのタルトにイチゴのケーキ。どちらもつまめるくらいの大きさで、可愛らしい。味も文句のつけようが無いほど完璧で、うちのコックにも見習わせたいくらいだ。
隣にいるせいか、殿下は事あるごとに話しかけてきて実にうっとおしかった。話すよりも食べることに集中したいのに。かといって無視するわけにもいかない。相手は仮にも王太子なのだから。無下にしたいが、するわけにもいかない。てきとうに相づちを打つ。
「うちのお菓子、気に入った?」
「ええ。こんなに美味しいものを毎日食べられる殿下が羨ましい」
「それは良かった。口に合わないものを毎日食べるわけにはいかないからね」
毎日?何だか含みのある言い方のような。そうだとしてもルイーズには関係ない。なんて言ったって今日の主役はシャルロットだ。何かあるとしたら彼女の方だろう。
もちろん他の最終候補者もいる。彼女らを加えても全員で六人しかいない。つまり最終候補は四人になる。シャルロットとルイーズ以外の二人は共に伯爵と子爵の娘で、どちらもパッとしない印象だ。おそらく自分と同じく、シャルロットの引き立て役だろう。彼女らは王妃からの声がけはあるが、殿下からはいないものとして一切無視されている。出来るものならルイーズも無視してほしかった。侯爵家の娘だから義理で話しかけているのだろう。そんな気遣いは要らないのだが。
何はともあれ、無事にお茶会は終わりお開きとなった。ルイーズはてっきりこの場でシャルロットを婚約者だと発表するのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
終わったのなら帰ろうと、王妃と殿下に挨拶をしてその場を離れる。先を歩いていたシャルロットに声をかけるが、彼女は立ち止まってくれない。あれ、と思ってもう一度呼びかけるが、またも無視される。ルイーズは走り寄って肩に手を置いた。
「シャルロットさん、待って…」
「触らないで!」
パン、と手を叩かれる。あの温厚なシャルロットが声を荒げるのも珍しいが、彼女が乱暴なことをするのは初めてだった。
唐突な反応に戸惑う。見ればシャルロットは、目に涙を一杯に溜めて、こちらを睨んでいた。
「あ、あの…シャルロットさん?」
「なんて酷い人なの…初めからこのつもりで、私に近づいたのね…」
「え?どう…?どういうこと?私、何かしました?」
「よくもそんな態度を取れるわね。貴女って人にとことん騙されたわ」
とうとう目から涙が落ちる。怒りに震えながら涙を流すシャルロットの姿は、絵画の世界のように美しかった。
シャルロットは悔しそうに唇を噛むと、こう言った。
「私を当て馬にして殿下の婚約者になるなんて、絶対に許さないわ」
115
あなたにおすすめの小説
王太子殿下が私を諦めない
風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。
今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。
きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。
どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。
※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
あなたのことが大好きなので、今すぐ婚約を解消いたしましょう!
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「ランドルフ様、私との婚約を解消しませんかっ!?」
子爵令嬢のミリィは、一度も対面することなく初恋の武人ランドルフの婚約者になった。けれどある日ミリィのもとにランドルフの恋人だという踊り子が押しかけ、婚約が不本意なものだったと知る。そこでミリィは決意した。大好きなランドルフのため、なんとかしてランドルフが真に愛する踊り子との仲を取り持ち、自分は身を引こうと――。
けれどなぜか戦地にいるランドルフからは、婚約に前向きとしか思えない手紙が届きはじめる。一体ミリィはつかの間の婚約者なのか。それとも――?
戸惑いながらもぎこちなく心を通わせはじめたふたりだが、幸せを邪魔するかのように次々と問題が起こりはじめる。
勘違いからすれ違う離れ離れのふたりが、少しずつ距離を縮めながらゆっくりじりじりと愛を育て成長していく物語。
◇小説家になろう、他サイトでも(掲載予定)です。
◇すでに書き上げ済みなので、完結保証です。
婚約破棄を希望しておりますが、なぜかうまく行きません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のオニキスは大好きな婚約者、ブラインから冷遇されている事を気にして、婚約破棄を決意する。
意気揚々と父親に婚約破棄をお願いするが、あっさり断られるオニキス。それなら本人に、そう思いブラインに婚約破棄の話をするが
「婚約破棄は絶対にしない!」
と怒られてしまった。自分とは目も合わせない、口もろくにきかない、触れもないのに、どうして婚約破棄を承諾してもらえないのか、オニキスは理解に苦しむ。
さらに父親からも叱責され、一度は婚約破棄を諦めたオニキスだったが、前世の記憶を持つと言う伯爵令嬢、クロエに
「あなたは悪役令嬢で、私とブライン様は愛し合っている。いずれ私たちは結婚するのよ」
と聞かされる。やはり自分は愛されていなかったと確信したオニキスは、クロエに頼んでブラインとの穏便な婚約破棄の協力を依頼した。
クロエも悪役令嬢らしくないオニキスにイライラしており、自分に協力するなら、婚約破棄出来る様に協力すると約束する。
強力?な助っ人、クロエの協力を得たオニキスは、クロエの指示のもと、悪役令嬢を目指しつつ婚約破棄を目論むのだった。
一方ブラインは、ある体質のせいで大好きなオニキスに触れる事も顔を見る事も出来ずに悩んでいた。そうとは知らず婚約破棄を目指すオニキスに、ブラインは…
婚約破棄をしたい悪役令嬢?オニキスと、美しい見た目とは裏腹にド変態な王太子ブラインとのラブコメディーです。
婚約解消は諦めましたが、平穏な生活を諦めるつもりはありません!
風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングはラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、現在、結婚前のお試し期間として彼の屋敷に滞在しています。
滞在当初に色々な問題が起こり、婚約解消したくなりましたが、ラルフ様が承諾して下さらない為、諦める事に決めて、自分なりに楽しい生活を送ろうと考えたのですが、仮の嫁姑バトルや別邸のメイドに嫌がらせをされたり、なんだかんだと心が落ち着きません。
妻になると自分が決めた以上、ラルフ様や周りの手を借りながらも自分自身で平穏を勝ち取ろうと思います!
※拙作の「婚約解消ですか? 頼む相手を間違えていますよ?」の続編となります。
細かい設定が気にならない方は未読でも読めるかと思われます。
※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるく、ご都合主義です。クズが多いです。ご注意ください
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
【完結】ちびっ子元聖女は自分は成人していると声を大にして言いたい
かのん
恋愛
令嬢に必要な物は何か。優雅さ?美しさ?教養?どれもこれも確かに必要だろう。だが、そうではない。それがなければ、見向きもされず、それがなければ、壁の花にすらなれない。それとはなにか。ハッキリ言おう。身長である!!!
前世聖女であったココレットが、今世は色恋に花を咲かせようと思っていた。しかし、彼女には今世身長が足りなかった。
これは、自分は成人していると声を大にして言いたい元聖女のはじまりの話。
書きたくなって書いた、勢いと思いつきのお話です。それでも良い方はお読みください。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる