【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112

文字の大きさ
15 / 29

15

しおりを挟む

 なんと奇跡的に雇ってもらえることになった。しかも部屋も貸してくれるという。上手く行き過ぎて怖いくらいだ。ルイーズは一人密かに飛び上がった。

 ルイーズの職場は新聞屋、ではなく、別の通り沿いにあるカフェだ。そこのカフェの給仕をするわけでは無い。道路沿いにあるテラス席が、ルイーズの職場だ。

 ルイーズはそこで、代筆屋として働くことになった。

 代筆屋とは、字の書けない人に代わって文書を作成する仕事だ。手紙の代行が主で、部屋代と席代を引いた残りは丸々ルイーズの稼ぎとなる。とっても良い条件だ。

 だがそれだけが仕事ではない。手紙の代行は、副業とでも言えた。ノックスが新聞を発行するためには情報が必要となる。

 その情報を、情報屋から回収するのが、ルイーズの役目だった。

 情報屋は複数いて、顔を知られたくなかったり、字が書けない者もいる。ノックス一人で情報屋といちいちやり取りするよりも、ルイーズに任せた方が効率が良いという。

 もちろん扱うのは比較的軽い情報だ。機密性の高いものは、直接ノックスの元へ行くことになっている。危険が無いとは言い切れないが、有るとも言い切れなかった。

 カフェが始まる時間から仕事を始めて、夕方に引き払う。トゥールーズ通りに戻り、本屋に入る。太っちょ店主はやはり新聞を読んでいる。

「店長さん、ただいま」

 ルイーズが声をかけると新聞から顔を出す。吊り下がった目尻を見ると、顔の形と相まってか、ルイーズには店主がアザラシに見えた。

「おかえり。午後から雨降ったろ。濡れなかったかい」
「パラソルあるから大丈夫。それよりノックス編集長は?」
「いつもの通りさ」

 肩をすくめた店主は再び新聞に目を通し始める。ルイーズは階段を駆け上がった。

 二階の事務所に入る。一番奥に座っているノックスが顔を上げた。

「遅い。どこで油売ってた」
「カフェですよ。最後のお客さんの仕事が長引いていただけです」
「そんなん明日にすればいいだろ。こっちの締め切りの方が大事なんだからな」

 早く寄越せと言わんばかりに睨まれる。ルイーズは近づきながら今日の分のネタの紙束を取り出して机の上に置いた。

「あ、それとコレもどうぞ」

 隣にバケットサンドを置く。カフェで買った物だ。

「どうせ食べてないんでしょ?差し入れです」
「いらんと言ってるだろう」
「ノックスさんの好きなハムとチーズ入ってますよ。あ、コーヒー入れますね」

 文句が続く前に給湯室へ向かう。薪を燃やして湯を沸かし、挽いた豆に注ぐ。良い薫りが広がって、それだけで心が落ち着く。ルイーズは紅茶派だが、コーヒー派になりそうだ。

 盆にカップを乗せて、ノックスの机の上に置く。いらないと言いつつも、既にバケットを頬張っている。

 カップはあと二つ。両側の机にもそれぞれ従業員が座っている。どちらも取材だの何だので、事務所に居ないことのほうが多いが、今日は二人とも揃っている。締め切りでもないのに珍しい。

「今日は何か集まりでもあるんですか?ノービスさん」

 近い方の机にコーヒーを置きつつ聞いてみる。茶髪の癖っ毛の青年は、人懐っこい笑みを見せた。

「ううん偶然。いつもありがとう。助かるよ」
「いいえこれくらい。あ、カフェの給仕さんから貰った飴ありますけど舐めますか?」
「え、いいの。やったー」

 少しのんびりした性格だが、これでもやり手だ。よく特ダネを掴んでは新聞の売上に貢献している。去年、結婚して、そろそろ子供が産まれるそうだ。


 もう一つの机にもコーヒーを置く。こちらは何も聞かずに飴を置く。根っからの甘党なのを知っているからだ。
 こちらも同じ茶髪の癖っ毛の青年。姿は瓜二つ。彼はノービスと双子だった。

「どうぞ、ノーマンさん」

 ただこちらは眼鏡をしている。ノービスとは対称的に酷く無口で、笑顔も皆無。真面目一辺倒で、締め切りを破ったことが一度も無いと言う。

「すまない」

 と謝るのもノーマンの癖だ。ルイーズは、いいえ、と答える。

 
 グリーン新聞社は、この三人の従業員で回している。他の新聞社と比べると規模は小さいそうだ。発行部数も少ない。ただ、大通りに事務所を構えるくらいには稼いでいる。一歩踏み込んだ記事が掲載されるから、他の新聞社からも一目置かれているとかいないとか。ノックス編集長の言葉だから本当の所は分からない。

 代筆業を終えて帰宅すれば、ルイーズの仕事は終わりなのだが、あまりにも皆が殺伐としているから放っておけず、自分が出来ることをしようと思って、こうしてコーヒーを淹れたり、書類整理をしたりする。最初はノックス編集長に邪魔だ帰れとか言われたが、最近は諦めたのか言わなくなった。

 これ幸いにと今にも死にそうなノックス編集長に、カフェで作ってもらったバケットサンドをあれこれと差し入れしている。安くしてくれるし、試作だと言って無料で貰える時もあるから、ルイーズは毎日持って帰った。上司の健康を気遣うのも部下の務めだ。

 この作戦は上手く行って、少し顔色も良くなったように見える。聞けば双子も、下の本屋の店長も密かに心配していたようで、これにはかなり感謝された。ルイーズは良い人助けをしたと満足だった。

「おいクソガキ」

 ただ口の悪さは直らない。ルイーズは、不機嫌な顔をしてノックス編集長の机の前に立った。

「名前で呼んでください」
「秘密だって教えなかったくせに何言ってやがる」
「編集長が『ロニー』って名付けたんだから、そう呼んでください」

 そう、今のルイーズはロニーと名乗っていた。男の子らしい可愛い名前で、ルイーズは気に入っている。

 編集長はバケットサンドを半分ほど食べ進んでいた。片手で齧りながらもう片方のペンで記事を書き上げていく。食事をしながら作業をするなんて、と最初は面くらったが、よくよく考えれば、バケットという形は仕事をしながら食べるための形をしているように思う。編集長の食べ方は理に適ったものだと納得した。

「で、何かご用ですか?」
「ここに来てどれくらいになる」
「二週間ですかね」

 夏に近い春に転がり込んで早二週間。季節は夏に突入していた。

 編集長が引き出しを開ける。一番上の引き出しにはお金が入っていて、臨時で頼まれごとがあればそこからお小遣いを貰ったりする。

 そこから取り出したのは銅貨だった。一枚二枚…五枚、机の上に積み重ねた。

「明日は休暇をやる。これで夏物の服を買ってこい」
「服?これで足りてます」
「うちにも体裁ってもんがあるんだ。ツギハギだらけの服は雑巾にして、もう少しマトモなの買ってこい」

 ルイーズは自分の服をつまんでみる。ここに来たばかりの頃に買ったシャツで、最初はあんまりにもブカブカで大き過ぎて、首元や袖をちくちく縫って詰めたりしてみたが、まともに裁縫なんぞしたことが無く、結果不格好になっていた。

「そんなに酷いですか…?」
「浮浪者に見える」

 きっぱりと言われ、でもルイーズは嬉しかった。最初の、かつら屋一目で貴族と見破られたのを思えば、ルイーズは立派に平民として馴染んでいると思えたからだ。

 とは言え、ルイーズも下っ端ながら名誉ある『グリーン新聞社』の一員だ。もう少し、お上品な服をと求められるのなら、その期待に応えなければならない。

 臨時収入は銅貨五枚。予算内の服を買えばいいだけのこと。遠慮なく受け取り懐に入れた。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

【完結】婚約破棄と言われても個人の意思では出来ません

狸田 真 (たぬきだ まこと)
恋愛
【あらすじ】  第一王子ヴィルヘルムに婚約破棄を宣言された公爵令嬢クリスチナ。しかし、2人の婚約は国のため、人民のためにする政略結婚を目的としたもの。  個人の意思で婚約破棄は出来ませんよ? 【楽しみ方】  笑い有り、ラブロマンス有りの勘違いコメディ作品です。ボケキャラが多数登場しますので、是非、突っ込みを入れながらお楽しみ下さい。感想欄でもお待ちしております! 突っ込み以外の真面目な感想や一言感想などもお気軽にお寄せ下さい。 【注意事項】  安心安全健全をモットーに、子供でも読める作品を目指しておりますが、物語の後半で、大人のロマンスが描写される予定です。直接的な表現は省き、詩的な表現に変換しておりますが、苦手な方はご注意頂ければと思います。  また、愛の伝道師・狸田真は、感想欄のお返事が初対面でも親友みたいな馴れ馴れしいコメントになる事がございます。ご容赦頂けると幸いです。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

【完結】ツンな令嬢は婚約破棄され、幸せを掴む

さこの
恋愛
伯爵令嬢アイリーンは素直になれない性格だった。 姉は優しく美しく、周りから愛され、アイリーンはそんな姉を見て羨ましくも思いながらも愛されている姿を見て卑屈になる。 アイリーンには婚約者がいる。同じく伯爵家の嫡男フランク・アダムス フランクは幼馴染で両親から言われるがままに婚約をした。 アイリーンはフランクに憧れていたが、素直になれない性格ゆえに、自分の気持ちを抑えていた。 そんなある日、友達の子爵令嬢エイプリル・デュエムにフランクを取られてしまう エイプリルは美しい少女だった。 素直になれないアイリーンは自分を嫌い、家を出ようとする。 それを敏感に察知した兄に、叔母様の家に行くようにと言われる、自然豊かな辺境の地へと行くアイリーン…

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」 婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。 ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。 表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723) 【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19 【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+ 2021/12  異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過 2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過

王太子殿下が私を諦めない

風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。 今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。 きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。 どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。 ※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

処理中です...