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しおりを挟む側妃の一人息子のレインは、王位継承権第二位の保持者だが、王の座など全く興味なく騎士として軍部に所属していた。
王妃と兄からは度々命を狙われ、何を吹聴したのか父からは愚鈍な息子と決めつけられ遠ざけられている。側妃の実母がレインを騎士になるようにと勧めたのは、王宮での身の危険を回避するためだった。
騎士として鍛錬する中、今度は遠征話が持ち上がった。しかもレインが総大将と指名されて。騎士という称号は与えられてはいたが実力は従騎士にも満たないレインが、兵の指揮を取るなど無謀だった。
遠征自体、王妃と兄の策略としか思えなかった。僅かな兵を与えられて、異教徒に奪われた聖地を奪還しろなどと、どんな歴戦の猛者でもまず不可能だった。当然、聖地にたどり着くまでもなく返り討ちにされ、這々の体で帰還し遠征は失敗した。
王都の平民街を訪れたのは、死亡した部下の家族を慰問するためだ。此度の無謀な遠征でレインが生きて帰って来れたのは、ひとえに部下たちの献身的な犠牲のお陰だった。自分が殺したようなものだ。騎士になどならなければ、彼らが死ぬことは無かった。王族の陰謀に巻き込まれ続け、レインは嫌気が差していた。
遺族の家を一つ一つ回り、哀悼し祈りを捧げる。郊外にある自分の屋敷に戻ったのは、日が沈みかけた夕方だった。
家令が出迎える。レインは上着を脱いだ。
「留守中、何かあったか」
「シルビア様より封書が届いております」
母からの手紙は、こまめに密かに送られてくる。己の身の危険も構わずに母が未だに王宮に残っているのは、レインに王宮内での出来事を知らせるためだった。
黒の無地の封筒を受け取る。レインは二階の自室で封を開けた。
そこにはやはり兄に関する動向が記載されていた。なんでも婚約者選びがあり、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢に決まったという。レインは燭台の火で手紙を燃やした。
──可哀想に。今度はいつまで持つのやら。
兄の残虐な性癖は天性のものだ。痛めつけ苦痛を与えることに快楽を見出し、そうして何人もの女を死なせてきた。以前、兄には婚約者がいたが、その特殊な趣向を凝らした行為の為に事故死している。死体は秘密裏に処理され、知るのはごく一部のものだけだ。
とはいえ、正直自分が生き延びるのが精一杯の状況で、他人になど構ってはいられない。新しい婚約者にせいぜい夢中になってくれることを祈るばかりだ。
老人の従者が慌てた様子で部屋に入ってくる。つまずいて転んだので、普段はぞんざいに扱うレインもさすがに助け起こした。
「いい歳なんだから、あんまり無理するな」
「…レ、レイン様!た、大変です!」
「どうした」
「お、…あ、王太子殿下です!王太子殿下がお見えです!」
「兄上が?まさか」
「本当です!本当!早く下へ」
老人が嘘をつくわけがない。この慌てぶりでも明白だ。レインは急いで階下へ向かった。
エントランスには、確かに兄レイフがいた。こちらに気づくなり階段を登ってくる。
「レイン!」
凄い剣幕だ。乱暴に胸ぐらを掴んでくる。裏の顔を隠そうともしない兄に、何がそんなに逆鱗に触れることをしたのか検討も付かなかった。
「兄上、どうされました」
「ルイーズを出せ!」
「ルイーズ?誰です」
「しらばっくれるな!」
兄は懐から一枚の紙を取り出した。それは、昼に書かせた食事会の断りの手紙だった。
「この字はルイーズのものだ。侯爵家から逃げてどこに隠れたかと思えばお前の所にいたとは。ルイーズは私の物だ。早く連れてこい!」
「兄上、落ち着いてください」
「落ち着け?私はいつも落ち着いている。レイン、勝手に遠征を切り上げて帰還して、父上はお怒りだ。なぜ戻ってきた」
「戦える状況ではありませんでしたので」
「お前が騎士になったのだからと、軍功をあげられるように私がせっかく遠征を進言してやったのに。おめおめ帰ってくるとは」
こいつのせいで、どれだけの兵士たちが死んでいったことか。今、怒りに任せても、レインを生かしてくれた死んでいった者たちが無駄死となる。レインは必死に殺意を押し殺した。
「私は無能です。参謀に任せきりで兵の指揮もまともに取れず、陛下からいただいた兵士たちを死なせてしまいました」
「だったらルイーズを出せ。私なら父上に口利きしてやれる」
「そのルイーズという者を、私は知りません。何か勘違いされておられます」
「どうしてそんな嘘をつく。この字を見知らぬ誰かに書かせたのか」
これは平民街で代筆の者に、と言おうとして、すんでのところで思いとどまる。
「──ええ。知らない者です」
「彼女を庇っているんだな」
「本当に知らない者です。私は死んだ兵たちの遺族の慰問を優先する為に、食事会への参加を辞退するつもりでした。当日になって、知らせが王宮に届いていないことに気づき、慌てていた所、通りがかった少女がレターセットを所持しているからと、代筆を申し出てくれました」
「信じると思うか?そんな話」
「信じるも何も、そうとしか説明できません。彼女がルイーズという者なら、兄上は急がれた方がよろしいかと」
兄は不審な目を向ける。
「その者とは王都の外ですれ違いました。何でも外国へ向かう途中だとか。馬にも乗っていました」
「……外国…?一人か?」
「私が見た限りは」
兄はしばらく考え込んだように眉を寄せると、掴んでいた手を緩めた。
「ルイーズ…まさか…」
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