【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112

文字の大きさ
27 / 29

27

しおりを挟む

 エルデリ王国の国王ハインリヒは、第二王子のレインが拝謁に来るのを、今か今かと待っていた。

 知らせを受けて大分経つ。レイフが殺されたから仕方なく王太子に据えたが、その途端にこのいい加減さ。王をないがしろにするその態度が気に食わない。王太子になったからと高をくくっているのかもしれない。つくづくレイフの死が悔やまれた。

 たとえ自分に刃を向けたとしても、暗殺を企てていたとしても、王はレイフを王太子のままにしておくつもりだった。 

 愛してきた我が子。ただ一時いっとき血迷っただけだ。そうに違いなかった。

 従者が第二王子の到着を知らせる。王はやっと来たかと、息をついた。

 
 第二王子は、女を伴ってやって来た。まだ少女のようで、宮廷でも滅多に見られない美女だった。

 第二王子が膝をつく。

「国王陛下、参上が遅れましたことお詫び申し上げます」

 少女も同じように裾をつまんで最敬礼する。

「遅れるならそう言え。余を待たせおって」
「とある事情から、遅くなりました」
「女か」
「ええ」

 第二王子は少女を隣に立たせた。

「この娘は、ショーデ侯爵家のルイーズ嬢です」

 であれば察しがつく。レイフを殺した父への嘆願だろう。

「それはならんぞ」強く言う。「お前の父は忠臣ではあるが、我が息子を殺したのだ。いくら余の命を救ったとはいえ、王太子を殺めたことは万死に値する」

 娘は口を引き結んだまま、じっとしている。涙を見せまいと気丈に振る舞っているに違いない。

「爵位を剥奪せず、家名を残したのだ。それだけで破格と言えよう。満足せよ」

 レインが口を開く。

「陛下、本日は別のご報告が」
「言ってみろ」
「私はこの、ルイーズ嬢を生涯の伴侶といたします」

 遅れてやって来て、急に何を言い出すかと思えば、結婚話だと?王は玉座を叩いた。

「ならんぞ!こんな時に何を言っている!」
「かねてより私はルイーズ嬢を好ましい相手と思っておりました。密かに屋敷を訪ね、情を交わしておりましたが、兄上の婚約者候補となり一度は身を引きました。しかし兄上がお亡くなりになった以上、私はこの娘を妻としたいのです」
「その兄が死んだばかりで!まだ葬式もしていないのだぞ!」
「ええ、ですから今しかないのです」
「兄が死んでさぞ嬉しかろう。でなければそんな事は言い出さない筈だ」
「国の為です。喪に服せば、二年は結婚出来ない。陛下が望まれる孫の誕生が遅れるでしょう。幸い、兄上がお亡くなりになったことを民衆は知らない。ですから先に婚儀を済ませて、その後に兄上の葬儀を済ませればいい」

 なんて身勝手で薄情な。王の怒りは収まらない。

「愚鈍な息子め。兄はあんなにもお前を慈しんできたのに。自分が王太子になった途端に欲を出しおって」
「心優しい兄上には度々ご指導いただきました。感謝しております。ですが兄上はもうおりませんので、私のしたいようにさせてもらいます」
「お前がそそのかしたのではないか?余への暗殺を企むなど、レイフがするわけがなかろう」
「遠征をしていた私に兄上をたぶらかす時などありません。侯爵が作成した報告書を読みましたが、証拠の文書も見つかっている。兄上が企んだことは間違いない」
「黙れ!だとしてもだ!お前たちの結婚など許さんぞ!」

 レインは口を閉ざした。このまま下がらせようとした所に、従僕がやって来て耳打ちしてくる。その知らせを受けて、王は驚愕する。

「…なんだと?」

 思わずレインを見下ろす。

「余の許可無しに勝手なことをしおって!」
「私は彼女に対して責任がある。それを実行したまでです!」
「馬鹿な!それくらいで!いくらでも握りつぶせただろうに!」
「私はルイーズ嬢を。陛下が取り決めた法律ですよ」

 澄ました顔でレインが答える。レインは一度ルイーズを見やると、王に向き直った。

「そして。これも陛下がお決めになった」

 死罰の免除は、かつて王妃の弟が罪を犯した際に新たに取り付けた法だった。まさかこんな方法で悪用されるとは。

「お前…!貴様ぁ!」
「非常の事態でしたので、陛下の同意なく教会が結婚許可書を出してくれました。よって私たちは今は夫婦です。このまま陛下が結婚をお認めにならないのであれば、私は王位継承権を放棄します。陛下がもっとも憎むべき隣国の王子に継承権が移りますが、私の知ったことではない」

 王位継承権を持つ者は、第二王子の他にもいる。隣国の王子の母親が、王の実の姉だが、その王子がこの国を継承したなら、この国の名は消滅する。その危険を孕んでいた。

 脅されている。気づいたときにはもう遅かった。
 王がどれだけ憤慨しようと、教会に認められた結婚を覆すことは不可能だ。それだけ教会が属する教皇の力は絶大だった。

 おそれながら、と、か細い声が聞こえる。ここにいる女は一人しかいない。王は発言を許可した。

 小さな少女は、王の前にひざまずいた。

「…私の父は長年陛下にお仕えしてまいりました。父の罪は重く万死に値しますが、長年の忠義に免じ、どうか命だけはお助けください」
「父を助けるために身を捨てたか」
「捨てたかどうかは、今後の殿下との生活をご覧になってから判断してください。父も殿下も国のために尽くして参りました。私もそれなりの教育を受けて参りました故に、及ばずながらご助力する所存です」

 あくまで国のためだという。こんなイカサマをされて、納得出来るわけがない。
 しかしここには王位を継ぐものが一人しかいない。この一人を失ってまで、王は国を乱すつもりは無かった。孫に期待するしかない。

 脅しに屈したことになる。王は怒りを押し殺し損ねて、傍に置いてあった燭台を投げ捨てた。

 カラン、と虚しく音が響く。狼狽ろうばいする者はいなかった。

「──よかろう」

 王は玉座に深く沈み込む。息を深く吐いて、座り直す。

「二人が夫婦だと言うなら認めてやる。改めてレイン第二王子を王太子とし、ショーデ侯爵令嬢を王太子妃とする。侯爵の処刑は取り止めとし、恩赦…いや、そもそもレイフ第一王子は。何も罰など無い。そなたらが婚姻を結んだ後に、病で急死したとしても誰の責任でもないな」

 従僕から杖を奪う。それを支えに立ち上がる。
 
「ただし、余は早急な跡継ぎを望んでいる。女を産んだらどうなるか分かっているだろうな」
「──私はショーデ侯爵家の女です。必ずや男児を産みます」
「であればもう言わぬ。下がれ」

 二人は礼を取り部屋を出ていく。扉が閉まってから、王は王冠を投げ捨てた。


しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

王太子殿下が私を諦めない

風見ゆうみ
恋愛
公爵令嬢であるミア様の侍女である私、ルルア・ウィンスレットは伯爵家の次女として生まれた。父は姉だけをバカみたいに可愛がるし、姉は姉で私に婚約者が決まったと思ったら、婚約者に近付き、私から奪う事を繰り返していた。 今年でもう21歳。こうなったら、一生、ミア様の侍女として生きる、と決めたのに、幼なじみであり俺様系の王太子殿下、アーク・ミドラッドから結婚を申し込まれる。 きっぱりとお断りしたのに、アーク殿下はなぜか諦めてくれない。 どうせ、姉にとられるのだから、最初から姉に渡そうとしても、なぜか、アーク殿下は私以外に興味を示さない? 逆に自分に興味を示さない彼に姉が恋におちてしまい…。 ※史実とは関係ない、異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。

あなたのことが大好きなので、今すぐ婚約を解消いたしましょう! 

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「ランドルフ様、私との婚約を解消しませんかっ!?」  子爵令嬢のミリィは、一度も対面することなく初恋の武人ランドルフの婚約者になった。けれどある日ミリィのもとにランドルフの恋人だという踊り子が押しかけ、婚約が不本意なものだったと知る。そこでミリィは決意した。大好きなランドルフのため、なんとかしてランドルフが真に愛する踊り子との仲を取り持ち、自分は身を引こうと――。  けれどなぜか戦地にいるランドルフからは、婚約に前向きとしか思えない手紙が届きはじめる。一体ミリィはつかの間の婚約者なのか。それとも――?  戸惑いながらもぎこちなく心を通わせはじめたふたりだが、幸せを邪魔するかのように次々と問題が起こりはじめる。  勘違いからすれ違う離れ離れのふたりが、少しずつ距離を縮めながらゆっくりじりじりと愛を育て成長していく物語。  ◇小説家になろう、他サイトでも(掲載予定)です。  ◇すでに書き上げ済みなので、完結保証です。  

婚約破棄を希望しておりますが、なぜかうまく行きません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のオニキスは大好きな婚約者、ブラインから冷遇されている事を気にして、婚約破棄を決意する。 意気揚々と父親に婚約破棄をお願いするが、あっさり断られるオニキス。それなら本人に、そう思いブラインに婚約破棄の話をするが 「婚約破棄は絶対にしない!」 と怒られてしまった。自分とは目も合わせない、口もろくにきかない、触れもないのに、どうして婚約破棄を承諾してもらえないのか、オニキスは理解に苦しむ。 さらに父親からも叱責され、一度は婚約破棄を諦めたオニキスだったが、前世の記憶を持つと言う伯爵令嬢、クロエに 「あなたは悪役令嬢で、私とブライン様は愛し合っている。いずれ私たちは結婚するのよ」 と聞かされる。やはり自分は愛されていなかったと確信したオニキスは、クロエに頼んでブラインとの穏便な婚約破棄の協力を依頼した。 クロエも悪役令嬢らしくないオニキスにイライラしており、自分に協力するなら、婚約破棄出来る様に協力すると約束する。 強力?な助っ人、クロエの協力を得たオニキスは、クロエの指示のもと、悪役令嬢を目指しつつ婚約破棄を目論むのだった。 一方ブラインは、ある体質のせいで大好きなオニキスに触れる事も顔を見る事も出来ずに悩んでいた。そうとは知らず婚約破棄を目指すオニキスに、ブラインは… 婚約破棄をしたい悪役令嬢?オニキスと、美しい見た目とは裏腹にド変態な王太子ブラインとのラブコメディーです。

婚約解消は諦めましたが、平穏な生活を諦めるつもりはありません!

風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングはラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、現在、結婚前のお試し期間として彼の屋敷に滞在しています。 滞在当初に色々な問題が起こり、婚約解消したくなりましたが、ラルフ様が承諾して下さらない為、諦める事に決めて、自分なりに楽しい生活を送ろうと考えたのですが、仮の嫁姑バトルや別邸のメイドに嫌がらせをされたり、なんだかんだと心が落ち着きません。 妻になると自分が決めた以上、ラルフ様や周りの手を借りながらも自分自身で平穏を勝ち取ろうと思います! ※拙作の「婚約解消ですか? 頼む相手を間違えていますよ?」の続編となります。 細かい設定が気にならない方は未読でも読めるかと思われます。 ※作者独自の異世界の世界観であり、設定はゆるく、ご都合主義です。クズが多いです。ご注意ください

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

【完結】ちびっ子元聖女は自分は成人していると声を大にして言いたい

かのん
恋愛
 令嬢に必要な物は何か。優雅さ?美しさ?教養?どれもこれも確かに必要だろう。だが、そうではない。それがなければ、見向きもされず、それがなければ、壁の花にすらなれない。それとはなにか。ハッキリ言おう。身長である!!!  前世聖女であったココレットが、今世は色恋に花を咲かせようと思っていた。しかし、彼女には今世身長が足りなかった。  これは、自分は成人していると声を大にして言いたい元聖女のはじまりの話。  書きたくなって書いた、勢いと思いつきのお話です。それでも良い方はお読みください。

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

処理中です...