5 / 20
夜の女王 カサンドラ①
しおりを挟む酒場「アルヴァ」で、最近話題になっている「女王」がいる。その女王がいつ現れるのか、誰にも分からない。時間も不定期だが、一度現れるとその夜は多くの客でごった返す。多くの人がひしめき合っているのに、女王が踊りだすと皆一様に静まり返って、その舞いに魅了される。女王は目元だけを見せて、鼻から下は布で覆い隠されている。夜の闇のような黒髪に、印象的な紫の瞳。その瞳に見つめられて恋に落ちない者はいなかった。女王は踊りだけを披露する。チップも受け取らない。だから皆こぞって店の酒を買って売上に貢献した。
男たちは集まって談義する。酒を煽った一人がドンとグラスを置いて喋りだした。
「女王は今日は来るのかなぁ。俺、まだ一回しか会ったことないんだよ」
「俺三回」
「俺五回」
「暇人かよ。働けよ」
「ちゃーんと働いてるからここに通えるんだぜ」
「そうそう。最近は季節外れの暑さで酒が美味いんだよ」
「今年はちゃんと刈り入れ出来て良かったな」
「去年は戦争が中々終わらないから収穫出来るか微妙だったもんな」
「まさか領主様が俺たち帰して、傭兵雇うとは思わなかったけどな」
「そりゃ刈り入れ出来ないと領主様は戦争どころじゃないからな」
「何とかなったから良かったよなぁ」
「おいそれより女王の話してくれよ。女王は来るのか?来ないのか?」
「誰にも分かりゃしねぇ。大人しく酒呑んで待ってな」
「俺はそんなに金ねぇんだよ」
「分かった分かった。奢ってやる」
「ありがてぇ。なぁ女王の素性は誰にもわからないのか?」
「あぁ、東の人ってのは分かるが、何せ踊りだけだからな」
「声も聞いたことない」
「東の人は年の割に若く見えるらしいから、年齢も分からない」
「おい、女王に絶対に声かけるなよ」
「なんで?」
「前、ショーの最中に酔っ払いが壇上に上がって来て絡んだ馬鹿野郎がいたんだよ。女王は踊るのを直ぐに止めて無言で袖に引き上げて、一週間は姿を見せなかった」
「そりゃ本当に馬鹿野郎だな」
「ソイツは出禁になった」
「女王の舞いをよく邪魔出来たな」
「あれ見たら誰も動けなくなるよな」
「ああ…溜まらないな」
「気持ち悪いぞお前」
「うっせ。…あー女王出ないかなー」
すると遠くで悲鳴に近い歓声が上がった。男たちはガタと乗り出した。奥、ステージに、女王カサンドラがパッと躍り出た。
袖に引き上げる。拍手を背に感じながら、ハンナの元へ。ハンナは汗を拭き手足の鈴を外した。
「今日も素晴らしかったです」
「ありがとう」
「お食事も用意してもらっています」
「お腹ペコペコ」
奥の個室に入ると、ハンナは手慣れた様子でエリシアの衣装を脱がすのを手伝った。いつも着ているコットンのチュニックワンピースを頭から被ってウエストを太めの帯で締める。髪を深緑のスカーフで隠す。これでエリシアの着替えは終了。部屋を出て、厨房へ。料理人に礼を言って食事を受け取る。豆のスープ。エリシアの好物だ。部屋の隅のテーブルに向かい合って座って一緒に食べた。
「美味しい…」
「ここの料理は全部美味しいです。参考になります」
「あ、ニールさんのリュートが聴こえるわ」
「ニールさん、厨房でも働いてらして大変そうですね」
「働き者なのね」
「暇してるより働いてる方がお得だと言ってましたから、そうなのかもしれませんね。お嬢さまも、すっかり『夜の女王』が板について。ご立派です」
エリシアは恥ずかしそうに俯いてスプーンを口に付けた。
「…なんだかね、自分じゃないみたい」
「分かります」
「本当?」
「本当に、カサンドラ様が乗り移ったかのような振る舞いです。この前の狼藉者の時なども」
「あれは私は何もしてないわ」
「取り乱しもせず、毅然としてらした」
「ニールさんのお陰。ニールさんが助けてくれたから」
エリシアはまた俯いた。
食事を終えて食器を洗っていると、隣から手が伸びた。
「後やっとくよ、カサンドラ」
「ニールさん」
演奏を終えたニールは休むことなく厨房に来たらしい。二十代の精悍な青年はバンダナを頭に巻いて、エプロンを着ていた。エリシアから皿を取って洗い始めた。
「早く帰りな。治安が良いとはいえ、夜は危ない」
「お嬢さま、お言葉に甘えましょう」
「はい…ニールさん、さようなら」
「気をつけて」
月明かりを頼りに歩く。夜目の効くハンナは手を引いて先導した。
「お嬢さま、もしかしてニールさんに好意持ってます?」
「まさか。何言ってるの。ニールさんは良い方だとは思ってるけれど、そんなことまでとても考えられないわ」
「お嬢さまはそうでも、ニールさんはお嬢さまに気があるようですよ」
「そんなわけないわ。こんな見た目だから、同情してくださってるのよ」
ハンナは違うと思っていた。ニールの視線はいつもエリシアに向けられている。だがエリシア自身、そこまで考えられないのは仕方ないと思った。ハンナはそれ以上指摘するのをやめた。
今夜も酒場「アルヴァ」へ。
大きな拍手や歓声の中、ステージに上がり、客に視線を送る。その中に、エリシア信じられないものを見た。
122
あなたにおすすめの小説
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
王妃を蔑ろにし、愛妾を寵愛していた王が冷遇していた王妃と入れ替わるお話。
ましゅぺちーの
恋愛
王妃を蔑ろにして、愛妾を寵愛していた王がある日突然その王妃と入れ替わってしまう。
王と王妃は体が元に戻るまで周囲に気づかれないようにそのまま過ごすことを決める。
しかし王は王妃の体に入ったことで今まで見えてこなかった愛妾の醜い部分が見え始めて・・・!?
全18話。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、どうやら周りの人たちは私の味方のようです。
ましゅぺちーの
恋愛
公爵令嬢のリリーシャは王太子から婚約破棄された。
隣には男爵令嬢を侍らせている。
側近の実兄と宰相子息と騎士団長子息も王太子と男爵令嬢の味方のようだ。
落ち込むリリーシャ。
だが実はリリーシャは本人が知らないだけでその5人以外からは慕われていたのだ。
リリーシャの知らないところで王太子たちはざまぁされていく―
ざまぁがメインの話です。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる