【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112

文字の大きさ
9 / 20

夜の女王 カサンドラ⑤

しおりを挟む
 
 女王の正体は誰も知らない。マスターも知らないそうだ。付き人の女性と二人きりでこの国にやって来たらしい。だからいつかは去っていくだろうとも言われた。
 客の男たちはテーブルを囲んで酒を煽った。
「女王、いつまでいてくれるのかな」
「女二人だけって危ないよな」
「付き人は相当の腕の持ち主って噂だぜ」
「え?俺は女王が武術の達人って聞いた」
「どっちも初耳なんだが」
「何にしろ今まで二人でやってきたんだ。生きる術があるんだろ」
「女王いなくなっちゃうのかぁ。ここは治安良いから、いてくんねぇかな」
「隣のバスク領は酷いみたいだな」
「ああ…こないだ仕事で行ったんだが…物乞いが多くてな。同じ国でああも違うとはな」
「ここも代替わりして大分変わったもんな」
「領主さまさまってな」
 給仕がつまみの焦がし豆を置いた。客が親しげに話しかける。
「よ、オリビアちゃん。この所ずっと働いてんな」
「そんなことないよ。昨日はお休み。これ、買ってたの」
 オリビアは髪に付けたブローチを見せた。蝶の形をしていた。男は良い趣味してると褒めた。
「なぁ俺たち女王の話ししてたんだけど」
「ここでカサンドラの話をしない人はいないよ」
「まぁそうなんだけどさ、いつまでいてくれるのかって話をしてたんだ」
「いつまで…?知らないけど、秋の収穫祭の話はしてたから、春まではいるんじゃない?」
「当てになんねぇな」
「冬に出てく人はまずいないよ」
「それもそうか。じゃ、改めて乾杯しようぜ、オリビアちゃんも」
「アタシはいらなーい。仕事中なんでーす」
 手を振ってオリビアはテーブルを離れた。男たちは掲げた杯をそのまま下ろした。それぞれ無言で口を付ける。焦げ豆を摘む。塩が程よく効いて酒によく合う。自然と酒が進んだ。
 カランカランと戸口の鐘が鳴る。誰かが来店したらしい。男たちは最初無関心だった。
 誰かが席に無言で着くと、男たちは顔見知りと知って声をかけた。
「よぉあんちゃん!久しぶりじゃねぇか」
「仕事忙しかったのかい?レオン」
 マティアスだった。彼は誰の声がけにも答えず、置かれたビールを一気に飲み干した。オリビアに追加を頼んでいた。構わずに話しかけた。誰もがこの男は寡黙で女王にぞっこんなのを知っていた。
「残念だったな。女王はもう終わったぜ」
「……………」
「アンタ、商人の割には愛想無いよな。どこで売ってんだよ」
 マティアスはやはり答えない。周りは肩をすくめた。
 追加のビールがテーブルに置かれる。直ぐに飲もうとしたマティアスは、思いとどまって隣の男たちに身体を向けた。
「おい、お前らの中に森の者と知り合いの奴はいるか」
「森の者ぉ?」
「木こりかい?」
「いや、それってもしかして、ロマ人か」
 その名前に誰もが目をむいた。そしてマティアスに詰め寄った。
「止めときなあんちゃん。ロマは山賊よりも酷いって聞くぜ」
「俺の爺ちゃんなんかはそいつに殺されたんだ」
「取り引きしたって何の得にもなんねぇ。身ぐるみ剥がされるだけで済みゃ良いほうだぜ」
 口々に言う言葉に耳を傾けながら、マティアスはまた黙って飲んだ。

 ニールのリュートをバックに、カサンドラは舞い踊る。夜の「アルヴァ」は今夜も盛況だった。カサンドラは日によって衣装を変える。今日は白の衣装だった。肩にかけたショールを見事に操って演出した。
 マティアスも勿論いつもの席に座っていたが、おもむろに立ち上がると、そのまま壇上に上がってきた。カサンドラはいつもマティアスをそれとなく注視していたが、まさか大胆にも上がってくるとは思わなかったのでドギマギした。
 周りの男たちは止めない。それどころか盛り上がっている。何故なら壇上に上がるということは、カサンドラに「勝負」を挑んでいるのを意味するからだ。
 カサンドラと踊ったものは転がされる。それに耐えきって転ばなかった者はカサンドラとの勝負に勝ったことになる。まだ勝者はいないが、この一ヶ月であらかたの常連は勝負を済ませていた。レオンことマティアスも何度か周りから上がれ上がれと言われていたが無視していた。だからてっきりカサンドラは、その勝負に挑まないものと思っていたのだが──

 マティアスが手を差し伸べる。外野がやいのやいのと騒ぎ立てる。カサンドラは意を決して手を取った。周りが一気に歓声を上げた。
 カサンドラはニールに目配せする。ニールは心得たものでダンス用の曲を弾き始めた。カサンドラ用にアップテンポにアレンジされている。二人は踊りだした。

 以前、少しだけ付き合わされたワルツでマティアスの癖は心得ていた。急なステップの変更。今回もそうだった。カサンドラは難なくついていった。今度はカサンドラが仕掛ける。手を引く。すると向こうは反射で引き戻そうとする。その力を利用してカサンドラは背後に回り、背中を押して場外に飛ばしてやろうとした。
 今、と思って手を引こうとした。だがその前に引かれた。カサンドラは自分と同じことをしようとしているのだと思ってワザと逃げずにレオンの懐に飛び込んだ。足を引っ掛けてやろうと思ったのだ。レオンは不敵に笑った。レオンも身体を近づけた。
「え?」
 レオンはカサンドラの腰を抱いてそのまま持ち上げた。カサンドラの身体が仰け反る。気づいたときにはレオンの、マティアスの顔が近くにあった。
「カサンドラ」
 どきりとした。今まで聞いたことのないような、優しい声音だった。
「私の妻になってくれ」
 青い瞳が視界の全てだった。何の抵抗も出来なかった。

 それからは大変だった。周りの観客がレオンを引き剥がして乱闘騒ぎになり、店は大いに荒れた。エリシアはハンナと店から逃げ出して小屋に引きこもった。

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

王妃を蔑ろにし、愛妾を寵愛していた王が冷遇していた王妃と入れ替わるお話。

ましゅぺちーの
恋愛
王妃を蔑ろにして、愛妾を寵愛していた王がある日突然その王妃と入れ替わってしまう。 王と王妃は体が元に戻るまで周囲に気づかれないようにそのまま過ごすことを決める。 しかし王は王妃の体に入ったことで今まで見えてこなかった愛妾の醜い部分が見え始めて・・・!? 全18話。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、どうやら周りの人たちは私の味方のようです。

ましゅぺちーの
恋愛
公爵令嬢のリリーシャは王太子から婚約破棄された。 隣には男爵令嬢を侍らせている。 側近の実兄と宰相子息と騎士団長子息も王太子と男爵令嬢の味方のようだ。 落ち込むリリーシャ。 だが実はリリーシャは本人が知らないだけでその5人以外からは慕われていたのだ。 リリーシャの知らないところで王太子たちはざまぁされていく― ざまぁがメインの話です。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する

ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。 その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。 シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。 皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。 やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。 愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。 今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。 シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す― 一部タイトルを変更しました。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...