【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

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後日談①

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 無駄にうるさいな、というのが最初の印象だった。エッジワーズ伯爵の人となりは先の戦争で把握済みだ。戦争はさすが強いものだが、政務事態は右から左。財務を纏める有能な部下も居ないらしい。マティアスがうるさいと思ったのは、案内された客間の装飾に対してだった。
 壁に取り付けられた絵や彫像もそうだが、暖炉が特に気に入らない。無駄に装飾を凝らしてちっとも休まらない。マティアスは暖炉に背を向けて椅子に座った。
 コンコンと扉を叩く音。取り次ぎ役のメイドから来客の知らせ。マティアスは通すように言った。
 入ってきたのは少女だった。水色の、レースをふんだんに使ったきらびやかなドレスを纏っていた。ウェーブがかった金髪を腰まで下ろし、それがトレードマークになっている。
 マティアスは立ち上がり、胸に手を当て、形ばかりの礼を取った。
「エッジワーズ伯爵令嬢」
「アナベラと申します」
「アナベラ嬢、お会いでき光栄です」
 少女は口元だけ笑みを称えた。扇子を広げ、胸元で仰ぎ始めた。
「古来より、美姫は国を滅ぼすと言いますが、それはただの男の言い分でございましょう。自分の無能さを棚上げして、女のせいだと言い訳する。そう思いません?」
「つまり、男のせいだと?」
「それがそうとも言いきれませんの。実際、閣下は姉に魅了されてしまったようです。踊り子の娘ですから、手練手管はお手の物でしょう」
「話が見えないな」
「目を覚まして頂きたいのです。閣下は優秀な将軍でしたのに、ツングへの第二回派兵をお止めになったそうではないですか。父と並び立つ大将軍が、戦に及び腰とは情けない。姉と離れるのが嫌で腑抜けになってしまわれておられます。閣下、今ならまだ間に合います。是非、ご出陣なさってください。私も伯爵夫人として、お支えする心得があります」
 扇子を閉じて、アナベラは手を差し出した。手を取れということらしい。マティアスは冷たく見下ろした。
「魅入られているのは認めよう。美しい黒髪に繋ぎ止められている自覚もある」
「やっぱり」
「だが美しいだけの人ではない。公私に渡って共に歩んでいけるのは、あの人しかいない。戦争するには金がかかる。そちらの借金がどれだけ膨らんでいるか、家令に聞いてみるといい。その衣装も、その扇子も、いつまでも身に着けていられないぞ」
 アナベラは一気に怒りを露わにした。しかし貴族の令嬢らしく声を荒げるような真似はせず、否、上げられないのか、扇子をただ震わせていた。
「…借金くらいは把握しております」
 低く、アナベラは言った。
「だから何だと言うのです。伯爵家であればいくらでも出どころはあります」
「私が何故ここに来たのか教えてやろう。先の戦争の始まりは、エッジワーズ伯爵による通告無しのツング侵攻だった。これまでもエッジワーズ伯爵の暴走行為に目を瞑ってきたが、今回はさすがにやり過ぎたようだな。陛下はエッジワーズ伯爵公フェルナンド卿の爵位を剥奪することになった」
「っな…!嘘です!」
「二人の息子にも継承されない。娘婿である私が、エッジワーズ伯爵を兼任する」
「そんなこと…有り得ませんわ!」
「目を覚ませ。安心しろ。私の妻は優しいからな。それなりの生活は保証してやる」
 失礼、とアナベラの横を通り過ぎて部屋を出た。無礼な小娘と話をし続けるのも限界だった。向こうの為に無駄に待つ必要など無かった。さっさと行ってさっさと終わらせて、エリシアに早く会いたかった。


 そろそろ戻ってくる頃だろうと、エリシアとハンナは屋敷のエントランスで待っていた。ハンナは何度も部屋で待つようにと言っても聞いてくれない。諦めて一緒に待つことにした。
「奥様、せめて椅子にお座りください」
「だって、心配で、落ち着かないの。お父様が簡単に納得するとは思えないもの」
「陛下の親衛隊も同行していますし、きっと大丈夫ですよ」
 すると玄関からメイドが小走りでやって来た。マティアスの馬車が見えたという。エリシアは直ぐに外に走った。

 馬車がエリシアの前で止まる。近侍が扉を開けるが、マティアスは降りてこない。使用人も誰もそれを不審がらない。エリシアが歩み寄ると馬車から手が差し伸べられた。その手を取って乗り込む。短い沈黙。この夫婦は秘密主義で、キス一つすらこうして人目を憚って行うのだ。使用人たちは二人が降りてくるまで目を逸らし続けた。

 寝室に入ってから、マティアスは頬に口付けした。さらりと髪を梳いて、ベットに座らせる。
「留守をよく護ってくれた」
「何もしておりませんよ。レオン様こそ、お疲れでしょう。お休みください」
 レオンは頷いて、隣に座った。
「仕事の話をしたいんだが」
「是非」
「フェルナンド卿の爵位放棄の親書は受け取った。サインも入っているから、ほぼ間違いなく来月には受理される」
「お父様、抵抗なされたでしょう」
「実戦では右に出るものはいないからな。監視も兼ねて、王宮で騎士団見習いの教官に付くことになった」
「それで納得するとは思えません」
「領地の負債を全て俺が受け継ぐ約束をした」
「それは…大変なご決断を…」
 負債がどれ程なのか分からないが、あの父があっさり身を引いたのだ。余程の金額なのだろう。
「しばらくはエッジワーズに居ることが多くなる。何年も帰れないかもしれない」
「お支えします」
「…すまない」
「私への配慮は無用です。レオン様、何かお飲みになりますか?オレンジブロッサムの熟成がようやく終わったんです」
「ああ、頼めるか」
 エリシアは立ち上がって、控えているメイドに伝えに言った。エリシアが戻ると、レオンはまだ荷解きを終えていない荷物を漁っていた。
「レオン様…?」
「…あった。エリシア、これを」
 それは小さな麻袋だった。受け取って中を見ると、黒い粒が。エリシアが聞く前に、レオンが答えた。
「アネモネだ」
「アネモネ?種は始めてみました」
「球根が一般的らしいが、種からでも咲くらしい。一度試してみてくれ」
「はい、咲いたら直ぐにお知らせします」
 エリシアはチェストの鍵付きの引き出しに入れた。大事なものは、全てそこに入れていた。
「エリシア」
 名を呼ばれる。振り返ると、レオンが掌を見せてきた。少しはにかんでいる。エリシアも察して、くすりと笑った。
「ハーブティー、冷めてしまいますよ」
「一曲だけ」
「はい…お付き合いします」
 手を取る。レオンの肩にもう片方の手を置く。見つめあって、何の合図も無しに、二人は同時にステップを踏み出した。


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