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4.離宮・王妃の回想(1)
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流れているオルゴールの曲は、耳に馴染んだ懐かしい母国の曲。そのせいか、音色に目を閉じると、瞼の裏にリガーレ公国が浮かんだ。
子どもの時分によくやった遊びを辿るように半生を振り返る。
まだ女名のライラではなく男名のライルと呼ばれていたころだ。
剣術と勉学に追われるのは身分ある家に生まれた子どもなら当然だ。ライルの息抜きは空を飛ぶことだった。鳥の姿をとると赤い目以外、身体の全てが真っ白になる。カラスの突然変異種だ。
ライルは窓辺から飛び立ち、城壁を超えて空から領地を見渡す。山が連なり、川が流れ、平地には農耕地が広がっている。
リガーレは自給自足はできるが、小さな公国だ。おまけに領地の半分近くが固い岩山なので、あえて隣国から攻め入られもしない。目こぼしされた平和を大公家も領民も呑気に享受していた。
だが、不幸が突然産声をあげた。
それは岩山で発見された鉱物だった。鉄よりも固い。だが熱に弱く加工がしやすい。剣にすれば切れ味は鋭く、持てば軽い。盾にすれば頑丈で剣も矢も弾く。
新しい鉱物は、公国の名をとってリガーライトと名付けられた。
これがあれば、大陸中の勢力図が変わるだろう。とんでもない代物だ。とんでもない厄災だ。
大公は頭を抱えた。
リガーライトを巡って、リガーレ公国は戦場になってしまう。素晴らしい武器や防具は作れても、兵士の数が圧倒的に足りない。そもそも戦の経験もない。そうこうしてる間に襲撃をされるやもしれない。
無敵の鉱石は小さな公国の手に余る。いずれかの強国に守って貰わなければ、噂を聞きつけた国に襲われて早々に滅亡するだろう。王と大臣たちは震え上がった。
そこへ運良く救いの手が現れた。勢いのある新興勢力の一つ、ディルア王国だ。
ディルア王国はまだリガーライトの存在を知らない様子で、ニケであるライルの身柄と引き換えに不可侵条約を提示してきただけだった。一見して乱暴な要求だが、渡りに船とはこのことだ。
大公は泣く泣く承諾するどころか、歓喜した。リガーライトの存在を打ち明け、製造した武器を譲渡する代わりに国防を願った。両国にとっても満足のいく条件だ。
世継ぎだったはずの公子を除いてだが。
急ごしらえの支度が済むと、ライルは馬車へ放り込まれた。そこへ肥えた大臣が「失礼」と乗り込んでくる。世話役の女官も続いた。
一台だけの馬車は相乗り。国のために犠牲になるというのに、雑な扱いがライルの癇にさわった。
「供は大臣一人か」
「十分だ。わたしの役割はあなたをディルア王国へ引き渡すだけだ」
「っ……無礼者め」
「事実だ。あなたは公子というだけで最高の教育を受け、庶民とはかけ離れた贅沢な生活を送ってきた。その意味はなぜか考えたことはあるか。国中で最も高貴な従僕にさせるためだ。あなたは公国の運命と全ての公国民の命を背負っている。一人の犠牲で済むのなら安い。だから悪名高いディルア王の逆鱗に触れて早々と死ぬのだけはやめていただきたい。公国のために権力者へ取り入って生きるのだ。わたしはせいぜいあなたに高値がつくよう上手く進言してやろう」
開いた口が塞がらなかった。生まれてこのように慇懃な態度を取られたことも、矢のように降る暴言を浴びたことも初めてだった。
ライルは怒りで震えた。同乗した女官も青ざめている。だのに当の大臣は何食わぬ顔をして「ほら、外の景色でも目に焼き付けておけ。もう二度と見られない母国になるぞ」と追撃までした。
「結構だ」
どうせ記憶に残すのなら、枯れ葉の落ちかかった秋より、花が盛りの春がいい。
ライルは俯いて寝たふりをすることにした。そうすればいくらこの大臣でも、口を閉じるだろう。
公子としての在り方は、今更説かれなくとも教育係から叩き込まれている。けれどそれはあくまでも将来公国を担う立場として。
大公位の継承権を失い、母国を離れ、他国へ売られる自分はあまりにも惨めだった。
ディルアからの保護を取り付けた途端に弟のシャラフとは引き離された。次期大公となるので、影響があるといけないからだそうだ。
最後の別れもできなかった。『ライル兄様』と呼び、ライルの袖を引っ張っていた幼いシャラフを想うと目尻が湿った。
生きていればいつか会えるだろうか。手紙は許されるだろうか。
考えても自分にはどうにもできないと分かっていた。ニケとして生まれていなければ、ディルアに目を付けられることもなかった。リガーライトが発見されなければ、リガーレは平和だったはずだ。軍事力がもっとあれば、他国の侵略にも怯えなかっただろう。
要因がいくつも重なって傾いた天秤は、二度と元には戻らない気がした。
何度か馬車の馬を変え、ディルア王国へ入った。
王都へ近づくに従って、途切れ途切れだった屋根が連なり、人も多く行き交っている。のどかなリガーレと違い、活気のある都市だ。土壌の色が違うのだろう。町並みが明るく見えるのは、黄身色が強い土煉瓦のせいだ。
「わたしの飼い主の住みかはあれだな」
小高い丘から見下ろすようにそびえ立つ城。
吐き気がするほどうんざりした。
ディルア王との謁見は、それから五日も待たされた。
子どもの時分によくやった遊びを辿るように半生を振り返る。
まだ女名のライラではなく男名のライルと呼ばれていたころだ。
剣術と勉学に追われるのは身分ある家に生まれた子どもなら当然だ。ライルの息抜きは空を飛ぶことだった。鳥の姿をとると赤い目以外、身体の全てが真っ白になる。カラスの突然変異種だ。
ライルは窓辺から飛び立ち、城壁を超えて空から領地を見渡す。山が連なり、川が流れ、平地には農耕地が広がっている。
リガーレは自給自足はできるが、小さな公国だ。おまけに領地の半分近くが固い岩山なので、あえて隣国から攻め入られもしない。目こぼしされた平和を大公家も領民も呑気に享受していた。
だが、不幸が突然産声をあげた。
それは岩山で発見された鉱物だった。鉄よりも固い。だが熱に弱く加工がしやすい。剣にすれば切れ味は鋭く、持てば軽い。盾にすれば頑丈で剣も矢も弾く。
新しい鉱物は、公国の名をとってリガーライトと名付けられた。
これがあれば、大陸中の勢力図が変わるだろう。とんでもない代物だ。とんでもない厄災だ。
大公は頭を抱えた。
リガーライトを巡って、リガーレ公国は戦場になってしまう。素晴らしい武器や防具は作れても、兵士の数が圧倒的に足りない。そもそも戦の経験もない。そうこうしてる間に襲撃をされるやもしれない。
無敵の鉱石は小さな公国の手に余る。いずれかの強国に守って貰わなければ、噂を聞きつけた国に襲われて早々に滅亡するだろう。王と大臣たちは震え上がった。
そこへ運良く救いの手が現れた。勢いのある新興勢力の一つ、ディルア王国だ。
ディルア王国はまだリガーライトの存在を知らない様子で、ニケであるライルの身柄と引き換えに不可侵条約を提示してきただけだった。一見して乱暴な要求だが、渡りに船とはこのことだ。
大公は泣く泣く承諾するどころか、歓喜した。リガーライトの存在を打ち明け、製造した武器を譲渡する代わりに国防を願った。両国にとっても満足のいく条件だ。
世継ぎだったはずの公子を除いてだが。
急ごしらえの支度が済むと、ライルは馬車へ放り込まれた。そこへ肥えた大臣が「失礼」と乗り込んでくる。世話役の女官も続いた。
一台だけの馬車は相乗り。国のために犠牲になるというのに、雑な扱いがライルの癇にさわった。
「供は大臣一人か」
「十分だ。わたしの役割はあなたをディルア王国へ引き渡すだけだ」
「っ……無礼者め」
「事実だ。あなたは公子というだけで最高の教育を受け、庶民とはかけ離れた贅沢な生活を送ってきた。その意味はなぜか考えたことはあるか。国中で最も高貴な従僕にさせるためだ。あなたは公国の運命と全ての公国民の命を背負っている。一人の犠牲で済むのなら安い。だから悪名高いディルア王の逆鱗に触れて早々と死ぬのだけはやめていただきたい。公国のために権力者へ取り入って生きるのだ。わたしはせいぜいあなたに高値がつくよう上手く進言してやろう」
開いた口が塞がらなかった。生まれてこのように慇懃な態度を取られたことも、矢のように降る暴言を浴びたことも初めてだった。
ライルは怒りで震えた。同乗した女官も青ざめている。だのに当の大臣は何食わぬ顔をして「ほら、外の景色でも目に焼き付けておけ。もう二度と見られない母国になるぞ」と追撃までした。
「結構だ」
どうせ記憶に残すのなら、枯れ葉の落ちかかった秋より、花が盛りの春がいい。
ライルは俯いて寝たふりをすることにした。そうすればいくらこの大臣でも、口を閉じるだろう。
公子としての在り方は、今更説かれなくとも教育係から叩き込まれている。けれどそれはあくまでも将来公国を担う立場として。
大公位の継承権を失い、母国を離れ、他国へ売られる自分はあまりにも惨めだった。
ディルアからの保護を取り付けた途端に弟のシャラフとは引き離された。次期大公となるので、影響があるといけないからだそうだ。
最後の別れもできなかった。『ライル兄様』と呼び、ライルの袖を引っ張っていた幼いシャラフを想うと目尻が湿った。
生きていればいつか会えるだろうか。手紙は許されるだろうか。
考えても自分にはどうにもできないと分かっていた。ニケとして生まれていなければ、ディルアに目を付けられることもなかった。リガーライトが発見されなければ、リガーレは平和だったはずだ。軍事力がもっとあれば、他国の侵略にも怯えなかっただろう。
要因がいくつも重なって傾いた天秤は、二度と元には戻らない気がした。
何度か馬車の馬を変え、ディルア王国へ入った。
王都へ近づくに従って、途切れ途切れだった屋根が連なり、人も多く行き交っている。のどかなリガーレと違い、活気のある都市だ。土壌の色が違うのだろう。町並みが明るく見えるのは、黄身色が強い土煉瓦のせいだ。
「わたしの飼い主の住みかはあれだな」
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ディルア王との謁見は、それから五日も待たされた。
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