やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

文字の大きさ
28 / 29

世界でいちばん優しい檻

しおりを挟む
 精霊が泣きやんだことで、ブレアウッドの雨も嘘のようにぴたりと止んだ。
 街の人々はやっと胸を撫で下ろし、徐々に以前の日常を取り戻しつつある。

  
 私はというと――ブレアウッドに戻ったあの日から、アレンフォード家に住むこととなった。ルディエル様からの強い申し出があったためだ。
 
 しかし、いざこの屋敷で暮らし始めると、どこにいても精霊達の視線を肌で感じる。まるで檻の中で監視されているような。
 おそらく見張られているのだろうなあ……と思う。勝手に街を出て、彼らを絶望させた代償は大きかった。一度失った信用を回復するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 
 一度ソルシェ家へ戻り、色々と片付けを済ませたいとも思ったのだけれど、ルディエル様にはそれも強く止められてしまった。「もうあの家に行く必要は無い」と。

「でも、屋根裏部屋にはまだ私の私物が置いてあるのです。そのままでは勿体なくて」
「では、俺が取りに行くことにしよう。ネネリアをあいつらに会わせたくはない」
「あの……ミルフィ達はどうしてるのでしょうか」
 
 私がここに戻っていることは、きっと義母達も分かっているだろう。なのに、あちらからは何の動きもないのが不気味だった。

 義母もミルフィも生活能力は皆無。食事の用意もできない人達だ。彼女達には嫌な思い出しかないけれど、野垂れ死んで欲しいわけではない。
 あの人達とは縁を切るつもりで家を出た。ただ、私という雑用係がいなくなった今、彼女達がどうやって暮らしているのか――気にしないつもりだったのに、ふと考えてしまった。 
  
「私、義母からはてっきり、ソルシェ家へ戻ってくるように言われるかと思ったのですが」

 私はまだ、「ネネリア!」と怒声が飛んでこない日々に慣れないでいる。こんなにも平和でいいのだろうかとさえ思う。それはすべて、アレンフォード家に住まわせていただいているからなのだけれど――
 
「あいつらのことは……精霊に目を光らせて貰ってるよ」
「え!? 精霊が?」
「ああ、本人達に精霊は見えないが、そのように伝えてある。そうしたら渋々ながらも家事や仕事をやり始めたようだ」

 あの二人が家事をしているなんて驚きだ。ゴミひとつ捨てられなかったあの人達が。想像できない。

「だから、何も心配は要らない。ネネリアは余計なことを考えなくていいんだ」
「は、はい……?」

 たしかに、ミルフィなんかは精霊をとても怖がっていたから、監視の効果は絶大だろう。

「ありがとうございます、ルディエル様」
「ああ。それと、今朝届いたこの手紙も一応渡しておくが……」
「あっ! グレンさんからですね!」
  
 私の心残りはもうひとつ、セルヴェイルにも残っている。
 働いていた食堂のことだ。女将さんには一ヶ月の間、何から何までお世話になっていた。
 なのに、挨拶もしないまま出てきてしまったのだ。
 
 グレンさんは別れ際に『俺から言っとく』と言ってくれていたけれど、無断で出てきたも同然だった。そのことで気を揉んでいたのだけれど。

 そんな私に、今朝、風の精霊から手紙が届いた。
 私は、すぐにグレンさんからの手紙だと分かった。 

「……よかった、女将さんにもちゃんと事情を伝えて下さったみたいです。迷惑をおかけしたので気掛かりだったんですけど、また遊びにおいでって言って下さっていてホッとしました。それと、部屋に残したままの荷物も送って下さるって」
「ねえ、ネネリア」
「はい?」
「グレンって誰」

 ルディエル様は、グレンさんの手紙をスっと取り上げると、私の目をジトリと見つめた。

「あ……ご紹介がまだでしたね。グレンさんはセルヴェイルの精霊守様なのです。時々くる風の精霊、あの子はグレンさんのところに住んでいて」
「ネネリアはあっちでも精霊守と仲良くなったの?」 
「えっ」
「グレンとかいう男と、どういう関係?」
 
 ルディエル様が疑惑の目で私を見ている。
 彼が嫉妬深いことはもう知っているけれど、どうやらグレンさんとのことも誤解されているような気がする。私は慌てて弁解した。

「ただお店のお客様として話してただけですよ!」
「それにしては、ずいぶんと親しいようだけど?」
「いえ、グレンさんにはちゃんと婚約者がいらっしゃいますよ。精霊が選んだ女性で、それはもう溺愛していて」
「婚約者がいる男と、手紙を送り合うほど仲良くなったんだね、ネネリアは」
「――ですから! 私が好きなのは、ルディエル様ですってば!」
 
 何を言っても疑われる。嫉妬深過ぎるルディエル様に、私は少しだけ腹が立った。思わず大きな声が出てしまって、そんな私に彼は目を丸くしている。

「す、すみません、怒るつもりは――」
「――初めて、ネネリアから『好き』って言われた」

 意に反して、ルディエル様は口を覆い、顔を真っ赤にして固まってしまった。

「ねえ、ネネリア。俺のこと好きなの?」
「えっ?」
「もう一度聞きたい、言って」

 ルディエル様は急に距離を詰め、私の顔を覗き込んだ。間近にせまる彼の顔は、頬を染めながらも嬉しそうに笑みを浮かべている。

「あ、あの」

 そういえば私は、ルディエル様に好きだと伝えたことがなかった。
 もしかしたら、彼の嫉妬や不安はそんな私の態度が原因なのかもしれない。ならば、ルディエル様が望むとおりに言葉にしたいと思うけれど――

(改めて言葉にするのは恥ずかしいものなのね……)
 
 だって、期待のこもったルディエル様のお顔がすぐそばにあるのだ。その美しい瞳で、早く早くと無言でせがまれて、私はますます言えなくなった。

「精霊達がいると恥ずかしい? なら、姿を消してもらうから」
「そ、そういうわけでは」
「お前達、見られているとネネリアが緊張する。二人きりにしてくれないか」

 ルディエル様がそういうと、室内を漂っていた精霊達は本当にすぐ姿を消してしまった。私の告白に協力的過ぎる。

(そんな風に気を遣われたら、なおさらドキドキしてきたわ)
  
 それでも赤い顔で口ごもる私を見て、ルディエル様はフッと笑う。そして私の頬を両手で包み、諭すように呟いた。

「……俺は、これからは何でも言葉にして伝えていこうと決めたんだ。ネネリアがまた迷わないように」
「あ……」
「ネネリアとずっと一緒にいたいから。だから、ネネリアも何でも言ってほしい。嬉しいことも悲しいことも、俺に腹が立ったことでも。俺はネネリアの気持ち、すべてを知りたい」

 彼から伝わってくるのは、なんでも受け止めたいという不器用なまでの覚悟。
 まっすぐなルディエル様の気持ちが私の中に流れ込んできて、不思議なくらい恥ずかしさは無くなった。

「……ありがとうございます、ルディエル様。私もずっと一緒にいたい。この森と精霊達と、ルディエル様とともに」
「ネネリア……」
「私、ルディエル様が好きです」
 
 私の生まれて初めての告白を、ルディエル様はこの上なく嬉しそうな微笑みで受け取ってくれた。その甘い笑顔にホッとする。

 しかしホッとしたのも束の間――間近に迫るルディエル様の顔に、私の胸は再びうるさく騒ぎ始めた。
 キスされる。覚悟をしてぎゅっと目を閉じると、意外にも彼の唇は赤い頬に落とされた。

(ほ、頬?)

 安心したような、少し残念に思うような……そんな心地がしてゆっくりと目を開けると、蕩けるような瞳と目が合った。
 余裕のないルディエル様の、切なげな眼差し。これまで隠されていた、ありのままの表情。
 とても愛しい。

「嫌?」
「……嫌なわけありません」 
  
 やがてどちらともなく近付いた唇は、お互いの想いを何度も何度も伝えあって――
 私達は、幼なじみの関係に終わりを告げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...