やけに居心地がいいと思ったら、私のための愛の巣でした。~いつの間にか約束された精霊婚~

小桜

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約束された精霊婚

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 あれから一年後の、ある昼下がりのこと。
 リビングの窓を、コツコツと叩く音がする。

 窓のほうを振り向くと、そこにはいつものように風の精霊が遊びに来ていた。森の精霊達と仲良く戯れるその足には、小さな手紙が握られている。

 私はいつも、この手紙を心待ちにしている。
 今日は何が書かれてあるのか、わくわくしながら手紙を広げるとそこには――

「わあ……グレンさんとマレッタさん、赤ちゃん産まれたんだ……!」

 手紙は、グレンさんからの吉報だった。食堂の近況や、マレッタさんの出産のことが綴られている。
 
 グレンさんとマレッタさんのあいだに産まれたのは女の子。女将さんは孫ができたように喜び、グレンさんはというと今から『誰にも渡さない』と息巻いているとか。
 そんな手紙を読んでいると、娘を溺愛するグレンさんにマレッタさんが呆れている姿を想像してしまって……思わず笑いが込み上げる。

「何笑ってるの?」

 そこへ、ルディエル様が外から戻ってきた。ソファへ座る私の隣に腰をかけると、一緒に手紙を覗き見る。

「ルディエル様、おかえりなさい」
「ただいま。またグレンからの手紙が届いたのか」

 結婚して一年が経っても、彼の嫉妬は相変わらず継続中だ。
 いまだにグレンさんからの手紙を見てもあまりいい顔はせず、私が手紙に笑っていようものならその内容にまで嫉妬する。手紙を送り合うという行為自体にも嫉妬するし、なんなら『俺もネネリアからの手紙が欲しい』とまで言う始末……
 そこまでくるともう本当に可愛くて。私は、ルディエル様の嫉妬がなければ物足りなさすら覚えるまでになっていた。

「おふたりに赤ちゃんが産まれたんです。女の子だそうですよ」
「それは良かった。じゃあ……次は俺達だな」

 ルディエル様は微笑みながら、まだ膨らみのない私のお腹に優しく手を当てた。
 ここには、私達の大切な命が宿っている。

 先日、私に赤ちゃんを授かったことが判明した。ルディエル様は泣いて喜び、精霊達は森中に花を咲かせてお祝いしてくれた。
 そのお祭り騒ぎは今も続いていて、ルディエル様や精霊達からの過保護な愛情に少々戸惑っていたりする。

「身体は大丈夫? 横になったほうが……」
「いえ、なるべく普通にしていたほうがいいって、お医者様も仰っていたので。母体に異常が無ければ、安静にし過ぎて運動不足になるのも駄目なのだそうですよ」
「そういうものなのか……精霊が、ネネリアが動き過ぎて困ると言っていたんだけど」
「もう。みんな大袈裟なのですよ」

 お腹の子が、いかに望まれて産まれてくる子供なのか、ひしひしと感じる。 
 この子はアレンフォード家の跡取り――精霊守を受け継ぐ子なのだから。

「この子も、精霊守になるさだめなのですね。ルディエル様のように」
「そうだな。けど……俺はね、本当は精霊守になんてなりたくなかった」
「えっ!?」

 ぽつりと落とされたその言葉に、私は息を呑んだ。
 どんなことも受け入れてきたように見えた彼にも、そんな過去があったなんて。

「小さい頃、なぜ自分はこんな家に生まれてきたのかって、嫌で嫌でたまらなかった。精霊達は跡継ぎ跡継ぎとうるさいし、精霊守になれば一生を森の中で生きることになるし、父親とは較べられたくないし……とにかく、決められた未来になんの楽しみもなくて、精霊守の子として生まれたことを呪ったな」
「そ、そんなことが……」
「でも、ネネリアと出会って変わったんだ」

 過去の彼――それは、私の知らないルディエル様だった。私と出会って変わってくれたというその事実に、胸の奥が温かくなる。

「精霊達が、俺のたった一人の番としてネネリアを連れてきた。そこから、俺の景色は変わったよ。未来にネネリアがいるというだけで、すべてのことに前向きになれた。俺の恩人なんだ、ネネリアは」
「ルディエル様……」

 ルディエル様が、そんなに小さな頃から私を必要としてくれていたなんて。
 彼の過去までがあまりに愛しくて、私はルディエル様にそっと寄り添った。

「……この子にも、唯一の人が現れるといいですね」
「ネネリアみたいにね」

 一緒に朝を迎えて、一緒に眠る。名前を呼ばれて、笑い合える。そんな何気ない時間は奇跡の連続なのかもしれない。
  
 ルディエル様と私は目を合わせて微笑みあった。
 やっとつかんだ穏やかな幸せ。
 私達は、今日も森で生きていく。


【完】
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