29 / 29
約束された精霊婚
しおりを挟むあれから一年後の、ある昼下がりのこと。
リビングの窓を、コツコツと叩く音がする。
窓のほうを振り向くと、そこにはいつものように風の精霊が遊びに来ていた。森の精霊達と仲良く戯れるその足には、小さな手紙が握られている。
私はいつも、この手紙を心待ちにしている。
今日は何が書かれてあるのか、わくわくしながら手紙を広げるとそこには――
「わあ……グレンさんとマレッタさん、赤ちゃん産まれたんだ……!」
手紙は、グレンさんからの吉報だった。食堂の近況や、マレッタさんの出産のことが綴られている。
グレンさんとマレッタさんのあいだに産まれたのは女の子。女将さんは孫ができたように喜び、グレンさんはというと今から『誰にも渡さない』と息巻いているとか。
そんな手紙を読んでいると、娘を溺愛するグレンさんにマレッタさんが呆れている姿を想像してしまって……思わず笑いが込み上げる。
「何笑ってるの?」
そこへ、ルディエル様が外から戻ってきた。ソファへ座る私の隣に腰をかけると、一緒に手紙を覗き見る。
「ルディエル様、おかえりなさい」
「ただいま。またグレンからの手紙が届いたのか」
結婚して一年が経っても、彼の嫉妬は相変わらず継続中だ。
いまだにグレンさんからの手紙を見てもあまりいい顔はせず、私が手紙に笑っていようものならその内容にまで嫉妬する。手紙を送り合うという行為自体にも嫉妬するし、なんなら『俺もネネリアからの手紙が欲しい』とまで言う始末……
そこまでくるともう本当に可愛くて。私は、ルディエル様の嫉妬がなければ物足りなさすら覚えるまでになっていた。
「おふたりに赤ちゃんが産まれたんです。女の子だそうですよ」
「それは良かった。じゃあ……次は俺達だな」
ルディエル様は微笑みながら、まだ膨らみのない私のお腹に優しく手を当てた。
ここには、私達の大切な命が宿っている。
先日、私に赤ちゃんを授かったことが判明した。ルディエル様は泣いて喜び、精霊達は森中に花を咲かせてお祝いしてくれた。
そのお祭り騒ぎは今も続いていて、ルディエル様や精霊達からの過保護な愛情に少々戸惑っていたりする。
「身体は大丈夫? 横になったほうが……」
「いえ、なるべく普通にしていたほうがいいって、お医者様も仰っていたので。母体に異常が無ければ、安静にし過ぎて運動不足になるのも駄目なのだそうですよ」
「そういうものなのか……精霊が、ネネリアが動き過ぎて困ると言っていたんだけど」
「もう。みんな大袈裟なのですよ」
お腹の子が、いかに望まれて産まれてくる子供なのか、ひしひしと感じる。
この子はアレンフォード家の跡取り――精霊守を受け継ぐ子なのだから。
「この子も、精霊守になるさだめなのですね。ルディエル様のように」
「そうだな。けど……俺はね、本当は精霊守になんてなりたくなかった」
「えっ!?」
ぽつりと落とされたその言葉に、私は息を呑んだ。
どんなことも受け入れてきたように見えた彼にも、そんな過去があったなんて。
「小さい頃、なぜ自分はこんな家に生まれてきたのかって、嫌で嫌でたまらなかった。精霊達は跡継ぎ跡継ぎとうるさいし、精霊守になれば一生を森の中で生きることになるし、父親とは較べられたくないし……とにかく、決められた未来になんの楽しみもなくて、精霊守の子として生まれたことを呪ったな」
「そ、そんなことが……」
「でも、ネネリアと出会って変わったんだ」
過去の彼――それは、私の知らないルディエル様だった。私と出会って変わってくれたというその事実に、胸の奥が温かくなる。
「精霊達が、俺のたった一人の番としてネネリアを連れてきた。そこから、俺の景色は変わったよ。未来にネネリアがいるというだけで、すべてのことに前向きになれた。俺の恩人なんだ、ネネリアは」
「ルディエル様……」
ルディエル様が、そんなに小さな頃から私を必要としてくれていたなんて。
彼の過去までがあまりに愛しくて、私はルディエル様にそっと寄り添った。
「……この子にも、唯一の人が現れるといいですね」
「ネネリアみたいにね」
一緒に朝を迎えて、一緒に眠る。名前を呼ばれて、笑い合える。そんな何気ない時間は奇跡の連続なのかもしれない。
ルディエル様と私は目を合わせて微笑みあった。
やっとつかんだ穏やかな幸せ。
私達は、今日も森で生きていく。
【完】
99
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる