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しおりを挟むルシアンとセシルは、その言葉に思わず息を飲む。
王妃の眼差しは、もはや全てを見透かしているかのように鋭い。自分たちの秘めたる企みが、彼女にはお見通しなのだという戦慄が、二人の背筋を冷たく駆け上がった。
「母上、王国の命運などとは、大袈裟な……」
ルシアンは、乾いた笑いを漏らそうとした。しかし、その言葉は喉の奥で詰まり、虚しく響くだけ。
王妃の表情は微動だにせず、むしろその厳しさを増している。彼女の言葉が、ルシアンの心臓を直接掴んでいるかのようだった。
彼には甘かった王妃の雰囲気が、今夜はいつもとは違うことに嫌でも気付く。
ルシアンの頬がひきつった。もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのではないか。
いや、間違ったことはしていない。僕はセシルを愛しているのだ!
「確かに、私は我が子可愛いさ故に、側妃を娶るのも良いでしょうと言いましたが…… 」
王妃が以前、ルシアンの意向を汲み、側妃を迎えることに理解を示したことがあったのを彼は思い出していた。だが、今の王妃の口調からすれば、それは完全に的外れな発言でただの言い訳だった。
「まだ、そんなことを言うのですね。お前はまだ分かっていない。そんな事を言う暇があるのなら、急いであの子を追いなさい 」
カロリーネ王妃の声は、一段と低く、そして重くなった。
反論の言葉は出てこない。だが、それでも反抗の気持ちは消えない。
王妃は、ルシアンの態度に幾度目かのため息を落とした。
その深い溜息は、ルシアンの愚かさに対する諦めと、それでもなお彼を案じる母の愛情が入り混じった複雑な響きを持っていた。
「ブーランジェ大公は、あの子の価値を等しく見抜いている。ブーランジェに入られたら、終わりだわ」
王妃の言葉は、まるで冷水を浴びせかけるようだった。ルシアンの頭の中に、ブーランジェ大公の顔が浮かぶ。
自分とそう年の変わらないはずの彼が、既に大公という地位にありながら、あの子の持つ計り知れない価値を見抜いているというカロリーネの言葉に、ルシアンは焦燥感を覚えた。
母は、もし彼女がブーランジェ公国の手に落ちれば、フェルネ王国がこれまで築き上げてきた均衡は、一瞬にして崩れ去ると言いたいらしい。しかし、その未来が、どうしても理解できない。
あの、赤毛の痩せた地味な女にそこまでの価値があるのか?美しく華やかなセシルの方が余程、未来の王妃として相応しいのではないか?
「ですが、母上。セシルのことは父上も……」
ルシアンが言いかけた、まさにその時だった。突如として、窓の外がまばゆい光に包み込まれる。
「なんだ、これ、は?」
煌めく虹色の光が天から降り注いでいる。そのあまりの美しさに、セシルの「……きれい」と呟く声にルシアンも同意する。
こんなにも幻想的で、心を奪われる光景は、生まれてこの方一度も見たことがなかった。
思わず息も出来ずに見つめていると、不意に「おお、おお」と呻くような声が聞こえ、ルシアンは我に返って振り返った。
驚くことに、そこには気品に満ちた美しい顔を歪ませ、窓の外を凝視する母親の姿があった。
「母上?」
ルシアンの呼びかけにも構わず、王妃は激情に駆られたように叫び出した。
「あの、小娘っ!なんてことを、なんてことをーーーっ!!」
叫びながら、手に持っていた扇子を床に叩き付ける。その狂気に満ちた形相に、ルシアンは思わず身震いをした。母がこれほどまでに感情を露わにする姿を見たのは、初めてのことだった。
「こんなことをして、ただで済むと思っているのっ? 加護の糸を紡ぐのが、どれほど大変だか、紡いだ本人が一番分かっているはずなのに」
王妃の言葉に、ルシアンは再び窓の外へ視線を向けた。
よく見れば、光は降っているのではない。幾重にも重なった虹色のそれは、まるで何かを解き放つかのように、パラパラと崩れながら光を放っている。それは、まるで目に見えない糸が解けていくかのようにも見えた。
これまで、自身の判断に絶対の自信を持っていたルシアンだったが、今、目の前で狼狽える母の姿と、理解を超えたこの情景が、その自信を根底から揺るがした。喉が知らずに、ゴクリと大きな音を立てる。
「母上、これは、どういう……」
ルシアンの問いかけに、王妃は血の滲むような声で答えた。
「私の力では糸を紡ぐことも、結び直すこともできない。このままでは……」
王妃の言葉は途切れたが、その沈黙が雄弁に、事態の深刻さを物語っていた。
「母上っ! 何が起きているのか教えてくださいっ! 」
息子の声に王妃は、ハッとしたように自分を取り戻し、顔を上げる。
「そうね、ルシアン。詳しいことは陛下の前でお話しましょう。……セシル・ド・ルージェ 」
「は、はい 」
突然名前を呼ばれたセシルは、動揺を隠せない。そんなセシルに、カロリーネは前聖女の表情で言った。
「貴女には、聖女の力があると報告を受けています。貴女は、先に神殿へ向かい、聖柱へ、力を注ぎ込みなさい 」
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