盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 13歳編

兄さんの気遣い

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 ひんやりと冷たい空気があたりを纏う中、王城の廊下を歩く三つの足音を耳に入れながら、私は兄さんと共に控室に向かっていた。

 案内と警護のために先導する警備兵の歩みは私に合わせて緩やかで、靴底で床を鳴らす音も穏やかに思える。


 散々な目に遭った今夜はゆっくり眠れそうだ。そういえばアンが新しいアロマを手に入れたと言っていたから、寝る前にそれを灯してもらおう。

 なんて考えていた私の耳に、背後から忙しない一つの足音が近づいてくるのが聞こえた。


「兄さん、待ってください」
「ん?」
「どうされましたか」


 この中で一番耳がいい私にしか聞こえなかったのだろう。
 明らかに私たちの後を追っているような足音だったので足を止めて貰ったのだが、理由に見当がつかないようだった。

 無言で後ろを指さすと、段々と大きくなってきた足音に二人も気が付いたらしい。
 念のために警備兵が私たちを足音の主から庇うように前へ、兄さんは私を守るように腕の中に囲った。


 カッカッカッ……とリズム良く刻まれる靴の音が広く長い廊下に反響して近づいてくる。


「あれは……」


 誰よりも足音の主に近い警備兵がその正体に気付いたらしい。
 意外そうな声を上げ、抜きかけていた剣から手を離して警戒を解いたのがわかった。

 兄さんもその姿を目にしたのか、私から手を離す。


 一体、誰?

 カツン、とすぐ目の前で足音が止まったと同時に、その人が聞こえていた足音の主である証拠の荒い息が聞こえる。


「兄さん?」


 どなたですか、そう聞く代わりに兄さんを呼んだのだけれどーー。



「イーサン様、ローナ嬢。既知の間柄として、せめて挨拶だけでもと思い、追ってまいりました」



 聞こえたその声を、私が間違えるはずがなかった。


 聞き慣れない呼称は新鮮で面白いがどこか距離を感じて寂しく思い、けれど会えた事への歓喜が心に溢れて体が震える。

 目の奥がじんわりと熱を帯びて涙が溢れ、表面がウルウルと潤いを持って揺らめく。
 頬がポッと火がついたように熱くなったのだから、きっとその通りに赤く染まっているだろう。


「ああ、態々すまない。ありがとう、セシル」


 ーーセシルだ。駆け足で、追って来てくれたんだ。


 先程までの不愉快だった事なんて全て吹き飛んで、頭の中は彼一色に染まった。


 会いたかった。会って話がしたかった。

 昨日だって彼は私に会いに来てくれたけど、それは今日じゃなかったのだから意味がない。
 今日も、私はセシルに会いたかった。

 嬉しい、嬉しい。


 もしも感情が形になって現れていたら、私の体からハートが溢れて仕方なかっただろう。きっと、溢れる勢いで兄さんを押しつぶしてしまっていた。


「ローナ。言わなくともわかっているだろうが、フント侯爵家のセシルだ。挨拶に来てくれた」
「……はい」


 兄さんが敢えてセシルを私に紹介したのは、この場に私たちの事情を知らない人間がいるからだろう。


 私たちは婚約者候補の間柄だが、非常に残念なことに、世間一般からすれば母親同士が同郷の知り合い程度だ。
 私の母がレーヴェ王国の元姫で、セシルの母が同国の貴族だった事は、噂好きの貴族社会では常識のように知れ渡っているので。


「こんばんは……セシル様」
「……こんばんは」


 これ以上ないくらいに完璧なカーテシーでセシルに挨拶をしたのだが、返ってきたのは「寂しい」と言わんばかりの声色の返事。


 ……私だってこんな他人行儀、嫌!!


 でも、ここでこれ以上は望めない。
 知り合い程度の間柄なのに、男女として親しくするような節度がない子息、またはふしだらな令嬢の烙印を押されては堪らない。

 私はまだ良いけれど、セシルは将来、彼のような警備兵を束ねる役職に就こうとしているのだから。
 それを邪魔する気は毛頭ない。


 明日になればいつも通り、明日になればいつも通りと心の中で呟いて我慢する。

 今日会えただけで十分、話せたのだから万々歳。
 だから「では、さようなら」と、カミラにサラッと言ったようにすればいい、のだけれど……なかなか言葉が喉につっかえて出てこない。


 セシルの用事は私が挨拶をした事で終わりを迎えたのだが、彼もまた私のように離れるのを名残惜しく思ってくれているのか、一向に会場に戻る気配が無い。


「……そこの君。名を何と言う」


 不自然な沈黙が落ちた中で兄さんは咳払いをして、突然、警備兵にそう話しかけた。
 唐突な行動に首を傾げる。

 警備兵に何か気になる事でもあったのかしら?


「はっ。自分はリッター男爵家三男のエルマー・リッターと申します!」
「そうか。それで、君は口が固い方か」
「王家に仕える端くれとして、機密事項を守る義務を果たしている自負があります!」
「……それではこれからの事も、君が守り続けているという機密事項の一つに加えて欲しい」


 兵士として正しいのかもしれないが、元気のよすぎる声は耳が痛いなあ、なんて思いながら兄さんの行動の成り行きを見守る。


 随分と物騒な物言いだが、その声に緊張感がないことから、兄さんに何か考えがあることはわかっていた。

 だけどーーまさか、兄さんからそんな提案が出るだなんて思いもしなかったのだ。


「ここからすぐ近くにあるガゼボに二人を案内して欲しい。そこで見たものは全て、他言無用だ」


 それって、つまり。
 セシルがいるだろう方を向くと、彼もこちらを見たのか目が合ったような気がする。

 期待に膨らませた胸の高鳴りが耳奥で聞こえる。


「兄さん、それはつまり……よろしいのでしょうか」


 急く気持ちを抑え、私は努めて静かな声で兄さんに問いかけた。


「一曲分だけだ。それ以上は明日にしなさい」


 その言葉を耳に入れたと同時にパチンと泡が弾けるように我慢が切れて、私は一目散にセシルへ駆け寄ろうとしたのだがーーそれよりも先に、反射神経と足の速さでセシルの方が私が近づくよりも速かった。


 示し合わせた訳でもないのに自然と二人の手が重なって、セシルの指と私の指とを絡ませ合う。
 会いたかったと、ずっとこうしたかったと言葉にする代わりに、額をすり合わせて小さく笑った。


 エスコートには不適切な所謂"恋人繋ぎ"や、距離の近さで私たちの関係を表すには十分だったようで。
 すぐ近くに控える警備兵が驚きで息を呑んだ音がした。


「ありがとうございます、イーサン様」
「ありがとう、兄さん」


 くっついていた額を一度離してセシルが兄さんにお礼を言ったので、続けて私も心からの感謝を込めて伝える。

 兄さんは呆れたようにため息を吐いたかと思うと、髪のセットが崩れない程度に私の頭を撫でて、一人で控室の方へと歩いて行った。


「ローナ」


 兄さんの足音を聞いていた耳に熱を持って吹きかけられた私の名前に、くすぐったさから身を震わせる。

 なあに、と答える前に腰を抱き寄せられ、重なったままの手が持ち上げられて、そこに軽く触れるだけのキスが贈られた。


 手袋越しとはいえ、確かに手の甲に感じた柔らかな感触に首筋まで熱くなる。



「俺と、踊ってくれる?」



 はい、以外の答えなどーー価値が無いとさえ思えて。


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