恋の呪文

犬飼ハルノ

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本編

告白するなら場所を選べよ

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「うーん。しあわせー」
 立石が速攻技で作ってくれた丸天そばを、この上なくおいしそうに池山はすする。
「なー、蕎麦は松江で買ってきたってわかるけど、この薩摩揚げはどーしたわけ?」
 そばに添えてある具は、いわゆる丸天とはちょっと形と中身が違った。
 分厚い揚げの中に人参や牛蒡が入っていたり、ころりと球の形をしたのにはタコが入っていたりする。
 台所のすみには、『出雲そば』と『薩摩揚げ』の空箱が重ねて置いてあった。
「設計部で鹿児島に借り出されていた奴が、買ってきた」
 ほうれん草のおひたしを静かに咀嚼しながら、立石は答える。
「さすが、仏の立石。みんな供物を忘れんわけな」
 右手の箸はそのままに、左手を上げて拝んだ。
「いや、そう言う意味じゃないだろう」
「そーいう意味だって。だって、鹿児島ってお前の管轄外だろうが」
 立石は、よく全国各地の土産物をもらって帰ってくる。
 それは、彼が自分の仕事も忙しいさなかに、他人の仕事も色々助けてやっている証拠である。
 いかに機械と情報が発達しているとはいえ、コンピュータ業界でのエンジニアの仕事は、突発事故を処理する時などほとんどが結局人による手作業である。機械は仕事の運用をスムーズにするが、トラブルの対処をなにもかも自分で行なうことは出来ない。しかも、顧客というものは、たいていこちらの手持ちのカード以上のことを要求してくるものだ。
 つまり、実際頼りになるのはマニュアルや機械ではなく、人の知恵と経験というわけである。
 そういう時に立石の持つ知識と友人層の厚さが、年の若いエンジニア仲間に頼りにされるゆえんであった。
「ま、おかげで俺は栄養があっておいしいものや珍しいものをしょっちゅうおすそわけに預かれるんだから、理由はどうでもいいけどさ」
 仕事が出来て人柄の良い男は、後々までお付き合いさせてもらったほうが自分のためというもの。
 もっとも、彼が設計部の男に出した助け舟は、きっと薩摩揚げの一箱や二箱では足りないに違いないが。
「ところでさあ。いつも思ってたんだけどこの出汁の味って、やっぱ、土地によって違うものなのな」
 池山はどんぶりを抱え込んで、ずずっと残り汁をすする。
「ああ。関東の味に比べてかなり薄いだろう。嫌いか?」
「ううん。逆。俺はこっちの方が好きだな。やっぱ、これっておふくろの味?」
「いいや。ほら、うちの母親は今でもほとんど包丁を握らないぐらい家事嫌いだろ?そばなんざ、出前以外で食ったことないなぁ」
「へ?あ、そーだったな。でも、なら、なんで立石はこんなに料理上手なんだろうねぇ」
 にやにやと笑いながら箸を置く。
 立石はそばを生からゆで上げている上に、出汁をきちんとかつおぶしや昆布を使って作っていた。そのこだわりと手際の良さは、昨日今日で身につくことではないのは一目瞭然だ。
「さては、お料理上手のおねーさまにでも、手取り足取り習ったな?」
 池山の瞳が期待でらんらんと輝く。
「ばあか。お前とは違うんだよ。育ち盛りに運動部なんかやっていたら、貧しいレトルト食品じゃ体がもたんだろう。そしたら、食いたいものは自分で勝手に作るしかないじゃないか」
「そういえば、お前の母ちゃんって、息子の合格祝いを宅配ピザ一枚で済ませるようなグレートな人だもんなぁ」
「ははは。あれは、さすがの俺も驚いた」
 立石の母親は少しエキセントリックな人物で家事と育児のほとんどに関わることはなかった。なので自分の食事は元より、弟妹達の面倒まで長男である彼が一手に引き受けていたのだ。
 しかし、そのおかげで今や若いみそらで『家事の達人』だ。
 ・・・なんて泣ける話なんだ。
「お前って・・・。意外と苦労人だよなぁ」
 ごちそうさまでした。と、立石に向かってしんみり手を合わせる。
「そうだな。ようやく家を出て会社勤めを始めたら、育ち盛りの池山が大きな口を開けて待っていたしなぁ」
 そう言って、にっこりと笑い返した。
「だーっ。てめーっ、その言い草はないだろう?俺は、病人なんだぞっ」
 自称病人は、二人前のそばと、色とりどりの薩摩揚げと、ほうれん草のおひたしを平らげてふんぞり返る。
「そうだったな」
 立石は笑いを堪えながら、茶を湯呑みに注いだ。
 こぽこぽという音にのって、香ばしい香りが池山の頬を緩める。
「おっ、これ、もしかしてほうじ茶じゃねーの?」
「そうだよ。お前、ほうじ茶が好きだもんな。保坂さんがお前にって、今日持ってきてくれたんだよ」
「げ。保坂ぁ?あいつ、またあることないことお前に吹き込んだりしたんじゃねーの?」
「まさか。彼女も心配していたよ。お前のこと」
「うわ、嘘だそれ。俺はそんなの信じねぇからなっ」
「そうか。そうか」
「あっ。立石、人の話は真面目に聞けと・・・」
 さらに言いつのろうとしたその時、インターホンが鳴った。
「あれ?」
 勢いをそがれた池山は、間の抜けた顔をした。
「誰か、他に来客予定があったのか?」
「いいや。どの女にも、ここ二週間、連絡取ってないし・・・」
「おやおや。そりゃまた・・・」
 そう言う間に、もう一度インターホンが鳴る。
「新聞の集金かな・・・」
 かったるいなあと池山が呟く。
「じゃあ、俺が出よう」
 立石はのっそりと席を立った。



 二度目のインターホンを鳴らした後も、中は静まり返ったままだった。
「もしかして、あれから一度も目を覚ましてないのか・・・?」
 まさか、倒れたりしていないだろうな。
 最悪の事態を思い描き、心配ではやる心を押さえきれないまま、三度目を鳴らそうとしたその時、内鍵が静かに回り、ゆっくりとドアが開いた。
「おや。江口じゃないか」
 ひょっこりと、浅黒くて小さめの顔が、自分よりいくぶん高い位置からのぞく。
「・・・立石さん。どうしてここに?」
「まあ、同じマンションの住人だからな。ちょっと様子見がてら、一緒に飯を食っていたんだよ」
 部屋の奥から、かちゃかちゃと食器を重ねる音が聞こえてくる。
「じゃあ、池山さん、もう体の具合は大丈夫なんですね」
 ほっと江口が息をつくと、
「そうだと思うけど。まあ、上がれよ」
 立石は中へと促す。
 玄関に入ると立石はきびすを返し、まるで自分の家であるかのように慣れた足取りで奥へと向かう。
 江口は立石の後ろ姿をしばらくじっと見送った後、靴を脱いだ。



「立石、なんだった?」
 大事そうに両手に抱え上げた湯呑へゆっくり口をつける。
 おなかはまんぷく。
 ほうじ茶はうまい。
 池山は、この上なく幸せな気分だった。
「見舞い客だよ」
「へ?」
 顔を上げると、そこには、今朝自分が必死になって追い出したはずの男が立っていた。
「江口ぃっ?なんでお前が来るんだよっ」
 池山の頭の中は、真っ白になった。
「・・・池山さん」
「立石ッ、なんでこいつを入れたんだよっ」
「さて・・・な」
 立石は二人に背を向けて、黙々と食器を洗い始める。
「おいっ、そりゃないだろっ」
 ばさっ。
 テーブルの上に江口は紙包みを置く。
 池山は驚いて口をつぐんだ。
「・・・・ネクタイも、シャツも、俺はいりません。お返しします」
「・・・は?」
 ひきつり笑いをしながら池山は江口の顔を見つめる。
 彼の目は、完全にすわっていた。
 赤信号が池山の頭の隅でちかちかと点滅している。
 やめろ。
 何を言いたいか知らんが、いや、うすうす気がついているから、今、ここで言うのはやめてくれ~!
 心の中で池山は絶叫した。
 しかし。
 江口は深呼吸を一つして、言葉を続けた。
「だから、昨夜のことは、俺、絶対、忘れません」
 ぼと。
 池山は、両手にしっかりと握りしめていた湯呑を落とした。
 ごろごろごろごろ。
 テーブルの上を有田焼の湯呑はゆっくりと転がっていった。
「俺、池山さんのことが好きです!」
「わあぁーーーーーーーっ!」
 OH MY GOD!
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