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本編
あの夜のことなんだけど
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「・・・いい天気だなー。ちくしょう」
池山は上着を片手に空に向かって伸びをする。
傍らでは、江口が煙草に火を点けながら穏やかに笑っていた。
時は金曜日の二時近く。
彼らは駅から会社へと続く道をとろとろと連れだって歩いていた。
あと、目の前の森林公園を十分ほど歩けば、三十階建てのビルへと辿り着く。
重役出勤も真っ青な時間で、いっそのこと休みにしてしまいたかったのだが、一時間ほど前に大音量で怒鳴りまくる岡本の心優しい電話に叩き起こされ、池山は不承不承ながら起き上がって家を出た。
もちろん、電話の応対をしている間も同じシーツにくるまって、子供のようにあどけない顔で眠っていた江口も一緒に。
たかだか一晩明けただけで、こんなに景色が違って見えるなんて、池山には信じられなかった。
いつもと同じように青い空と、いつもと同じように生い茂る街路樹。
それなのに、威勢よく鳴く蝉の声と母親に手を引かれて歩く幼い子供たちの上げる舌足らずな高い声が、夏風に乗って心地よい。
「俺って、けっこう恥ずかしい男だったんだな・・・」
江口と一緒にいるだけで、心がこんなに天高く舞い上がるなんて。
池山はそう思いながらもつい緩んでしまう口元を片手で覆う。その感触にも昨夜のことが思い出されて、思わず顔を赤らめる。
唇も胸も手足も指先に至るまで触れられなかった所はない。それが今の池山の誇りでもあり、自信となって彼の面差しをひときわ輝かせている。
そんな池山のさまに、江口は眩しげに目を細めた。
仕事仲間たちが自分たちの到着を今か今かと苛立ちながら待っていることを知りながらも、二人の歩調は自然とゆったりとしたものになってしまう。
「あ、あの車・・・」
池山の視線の先には、大きなポプラの木が公園の入口にそそり立ち、その木陰に紺色の車が一台止まっていた。
そして、車の傍らには書類を挟んで話し込む二つの背の高い人の姿が見えた。
背を向ける形で熱心に書類を覗き込んでいるのは江口の知らない人であったが、不意に顔を上げてこちらを見た男は立石だった。
「何やってるんだ、あいつら・・・」
池山の呟きが終わるか終わらないかの内に、立石はいきなり目の前の身体を書類ごと抱き寄せ、唇を合わせる。
「あ・・・。馬鹿が・・・」
池山が小さく悲鳴を上げた。
「は・・・?」
思ってもみなかった展開と、池山の奇妙な反応に江口は首を傾げた。
「なむさん・・・」
池山の形の良い額には汗がうっすらと浮んでいる。
立石よりもいくぶん背が低く、細身のために完璧に抵抗を封じられたであろうその人は、腕の中で少しみじろいでいたようにも思えたが、やがてあきらめたようにだらりと両手を下げた。
かなり長い口づけの後、立石がゆっくりといたわるように腕を解くと、相手が逆に長い両腕を優雅に首に絡めて顔を寄せていき、彼は再び目を閉じる。
「立石、まずいってっ!」
池山が上着を握り締め、叫んだその瞬間、ストレートジーンズに包まれた右膝が立石の腹に綺麗に埋まった。
「あ~あ。だから忠告したのに・・・」
池山は汗を拭いながら足を進め、江口も後に続く。
身体を曲げ、ボンネットに手を突いて咳き込む立石の隣で、見事な膝蹴りを決めた人は、悠々と煙草を胸ポケットから取り出して火を点けた。
「よ。相変わらず容赦ないな、生ちゃんよ」
愛想を振り撒く池山に、
「悪さをしでかしたら、すぐにしつけないとあとあと面倒だと、この間読んだ『犬の飼い方入門』に書いてあったんでな」
と、煙草を持つ手を挙げた。
哀れ、立石は犬扱いである。
「がっついた立石が、もちろん悪いんだけどもさぁ。そりゃあんまりだろうが・・・。これはこれでなかなか可愛いヤツなんだから」
おそらくこれは、池山に対して嫉妬している立石がわざと見せ付けるためにしたことなのだろうから。
池山は親友に同情の視線を送る。
「・・・ふうん。幸せの絶頂にあると、何事にも寛大だな」
「へ?」
振り返ると、ほぼ同じ高さにある瞳がにいっと自分に笑いかけてきた。
「念願成就して、めでたく朝帰りどころか昼間に堂々と同伴出勤とは、やっぱり池山和基のスケールのでかさは並みじゃないね」
人差し指をすすっとのばし、、池山の襟元からわずかに見える昨夜の名残りをちょんとつっつく。
「ちょっ・・!長谷川っ・・・!」
耳まで真っ赤になってゆでだこ状態の池山に、口を押さえて笑うその人を江口はじっと観察するように見つめた。
長い漆黒の髪を無造作に一つに結び、身体に沿うようにカッティングされたシャツを羽織ったその姿は、池山よりもいくぶん高い身長とスレンダーな体型、そして化粧っ気一つないにもかかわらずぴしりとめりはりのきいた顔のせいで、やや野性的でユニセックスな雰囲気を醸し出していた。
「・・・どこかで・・・」
首を捻る江口に、池山は紹介を始める。
「長谷川生。男のようなみてくれだがシングルマザーの高校教師だ。見ての通り、可哀相な立石が口説き続けて幾星霜、の人だよ」
「・・・私はこいつに口説かれてやった覚えなんざ、さっぱりないねえ。何かの間違いじゃないか?」
いけしゃあしゃあとした物言いに、
「そこまで言うか・・・」
と、立石は目頭を押さえた。
完全に、立石が負けている。
彼の片思いは相変わらず困難を極めているらしい。
「それよりも池山。今日は昼から出勤だと立石から聞いたから、ここでずっと待たせてもらったんだけど」
長谷川はプジョーの助手席から紙包みを取り出す。
「ランカスターホテルの支配人がすぐに届けてくれたんだが、渡す暇がなくてな」
『ランカスターホテル』という言葉に、立石と江口は顔を見合わせる。
社内で色とりどりな噂と憶測を読んだ新聞の記事は、彼らの記憶に新しい。
「ああ、道理で・・・」
真っすぐで姿勢の良い後ろ姿に覚えがあるはずである。
明け方の薄明りがゆっくりしみ渡り始める頃、腕の中で池山がぽつりぽつりと説明(弁解とも云う)した新聞記事の件で、江口との事を相談する為に会った元彼女とはこの人だったのかと思い到った。
開けてみた包みの中からは、見覚えのあるダイバーズウォッチが出てきた。
「ああっ!そっちにあったのか。良かったなぁ。安い奴だけど、気に入ってたんだよ、これ。・・・どこにあった?」
思わず歓声をあげる池山に、長谷川は意味ありげな微笑を浮かべる。
「シャワールームのドアノブにぶらさがってたそうだ」
「ああ、あそこかぁ。そういえば、風呂に入るとき、外したっけ」
うんうんと無邪気に頷く池山に、立石は憮然として問うた。
「・・・ランカスターホテルに泊まったのか?」
「うん。あそこのバスルーム、いいぞー。こんなにでかい長谷川と俺とで一緒に入っても、充分余裕なんだわ。ジャグジー付きで」
時計を腕にはめて光にかざし、独り悦に入る。
「お前と、長谷川が一緒に・・・?」
眉間にしわ寄せる立石の顔を見て、慌てて池山は両手を振り回した。
「い、いやっ、あのさぁっ。別に変な意味で使ったんじゃなくて、温泉の混浴みたいなもんだよっ」
「ほぉーう。混浴か・・・」
自分は一度も一緒に入ったことがないのに。
ますます立石の眉間のしわは深くなる。
「あ、だからさぁっ、立石ぃ・・・」
腕を組んだ姿勢で不機嫌に唸る立石に池山は困り果てた。
「・・・変な意味って、どんな意味だか」
あさっての方を見ながらの長谷川の呟きに、江口は思わずぷぷーっと吹き出した。
「ほらっ、長谷川からもちゃんと言ってくれよっ。俺達は仲良く飲んだだけだって!」
実際、例によってほとんど覚えちゃいないのだが。
当事者に助けを求めると、彼女は腕を組んだまましばらく池山の顔をまじまじと見つめた後、
「まあ・・・。酔っていたからなぁ」
とだけ答えた。
「『酔っていたから』っていったい・・・」 池山自ら頭を抱える。
酔っていたからやってしまったのか、酔っていたからやらなかったのか、その解釈は微妙である。
「まあ、部屋に連込んで飲ませたのは私だしな・・・」
にやにやと笑いながら池山の肩をたたいた。
「安心しろ。これは墓場までもって行ってやるから」
「え…?俺、食われたの?」
「墓場まで持っていくようなことなのか…」
「池山さん、本当に覚えていないんですか?」
三人の男が口々に言うのをただ黙って煙草をふかして眺めていた。
・・・完全に遊ばれている。
「お前・・・。相変わらずいい根性だな」
恨めしげな目で見つめる三組の瞳に、長谷川は煙草を深く吸い込みながら苦笑いした。
「まあ、せっかくだから、ちょっと・・・。ひと舐め、ふた舐め、くらいかな…」
男たちは顎をはずす。
「ひと舐めって!!舐めたのかよ!!」
「どこを!!」
「何をしたんだ、長谷川!!」
一斉に吠える犬たちから半歩下がって耳をふさいだ。
「いや、あんまり無防備に転がってるから、ちょっと舐めてみたんだけど・・・」
更に顎をがくがくさせている三人をしり目に続ける。
「喘がれたから、萎えて、やめた」
「・・・は?」
池山は頭のてっぺんからつま先まで身体が沸騰するかと思った。
「だって、あんまり色っぽく鳴かれるとな…。逆に冷めると言うか」
「あ、あえいだ・・・?」
江口は口を押さえて赤面する。
そりゃ、色っぽいだろうとも。
明け方までのやり取りを思い出して、やっぱり隣の男を連れてこのままベッドへ戻りたいと歯がみした。
「いや、だから、どこを」と詰め寄ろうとした立石は、聞けばもっと酸欠になりそうな気がして踏みとどまる。
何を考えているか丸わかりな男たちの顔を順番に眺めた後、長い溜息をついて、長谷川は告白した。
「だから、そのまま転がして、朝まで仕事した」
仕事がはかどったのは良かったが、最初から部屋に仕事を持ちこんでいたからそうなったのかと思わなくもないが、それはあえて口にしない。いや、したくない。
最後の一言にあからさまな安堵の表情を浮かべる立石の顔にいらだちを感じながら、仕方なく先を続ける。
「今さら寝るのもなんだしってゆっくり朝風呂に浸かっていたら、起きた池山が飛び込んできて…」
池山は上着を片手に空に向かって伸びをする。
傍らでは、江口が煙草に火を点けながら穏やかに笑っていた。
時は金曜日の二時近く。
彼らは駅から会社へと続く道をとろとろと連れだって歩いていた。
あと、目の前の森林公園を十分ほど歩けば、三十階建てのビルへと辿り着く。
重役出勤も真っ青な時間で、いっそのこと休みにしてしまいたかったのだが、一時間ほど前に大音量で怒鳴りまくる岡本の心優しい電話に叩き起こされ、池山は不承不承ながら起き上がって家を出た。
もちろん、電話の応対をしている間も同じシーツにくるまって、子供のようにあどけない顔で眠っていた江口も一緒に。
たかだか一晩明けただけで、こんなに景色が違って見えるなんて、池山には信じられなかった。
いつもと同じように青い空と、いつもと同じように生い茂る街路樹。
それなのに、威勢よく鳴く蝉の声と母親に手を引かれて歩く幼い子供たちの上げる舌足らずな高い声が、夏風に乗って心地よい。
「俺って、けっこう恥ずかしい男だったんだな・・・」
江口と一緒にいるだけで、心がこんなに天高く舞い上がるなんて。
池山はそう思いながらもつい緩んでしまう口元を片手で覆う。その感触にも昨夜のことが思い出されて、思わず顔を赤らめる。
唇も胸も手足も指先に至るまで触れられなかった所はない。それが今の池山の誇りでもあり、自信となって彼の面差しをひときわ輝かせている。
そんな池山のさまに、江口は眩しげに目を細めた。
仕事仲間たちが自分たちの到着を今か今かと苛立ちながら待っていることを知りながらも、二人の歩調は自然とゆったりとしたものになってしまう。
「あ、あの車・・・」
池山の視線の先には、大きなポプラの木が公園の入口にそそり立ち、その木陰に紺色の車が一台止まっていた。
そして、車の傍らには書類を挟んで話し込む二つの背の高い人の姿が見えた。
背を向ける形で熱心に書類を覗き込んでいるのは江口の知らない人であったが、不意に顔を上げてこちらを見た男は立石だった。
「何やってるんだ、あいつら・・・」
池山の呟きが終わるか終わらないかの内に、立石はいきなり目の前の身体を書類ごと抱き寄せ、唇を合わせる。
「あ・・・。馬鹿が・・・」
池山が小さく悲鳴を上げた。
「は・・・?」
思ってもみなかった展開と、池山の奇妙な反応に江口は首を傾げた。
「なむさん・・・」
池山の形の良い額には汗がうっすらと浮んでいる。
立石よりもいくぶん背が低く、細身のために完璧に抵抗を封じられたであろうその人は、腕の中で少しみじろいでいたようにも思えたが、やがてあきらめたようにだらりと両手を下げた。
かなり長い口づけの後、立石がゆっくりといたわるように腕を解くと、相手が逆に長い両腕を優雅に首に絡めて顔を寄せていき、彼は再び目を閉じる。
「立石、まずいってっ!」
池山が上着を握り締め、叫んだその瞬間、ストレートジーンズに包まれた右膝が立石の腹に綺麗に埋まった。
「あ~あ。だから忠告したのに・・・」
池山は汗を拭いながら足を進め、江口も後に続く。
身体を曲げ、ボンネットに手を突いて咳き込む立石の隣で、見事な膝蹴りを決めた人は、悠々と煙草を胸ポケットから取り出して火を点けた。
「よ。相変わらず容赦ないな、生ちゃんよ」
愛想を振り撒く池山に、
「悪さをしでかしたら、すぐにしつけないとあとあと面倒だと、この間読んだ『犬の飼い方入門』に書いてあったんでな」
と、煙草を持つ手を挙げた。
哀れ、立石は犬扱いである。
「がっついた立石が、もちろん悪いんだけどもさぁ。そりゃあんまりだろうが・・・。これはこれでなかなか可愛いヤツなんだから」
おそらくこれは、池山に対して嫉妬している立石がわざと見せ付けるためにしたことなのだろうから。
池山は親友に同情の視線を送る。
「・・・ふうん。幸せの絶頂にあると、何事にも寛大だな」
「へ?」
振り返ると、ほぼ同じ高さにある瞳がにいっと自分に笑いかけてきた。
「念願成就して、めでたく朝帰りどころか昼間に堂々と同伴出勤とは、やっぱり池山和基のスケールのでかさは並みじゃないね」
人差し指をすすっとのばし、、池山の襟元からわずかに見える昨夜の名残りをちょんとつっつく。
「ちょっ・・!長谷川っ・・・!」
耳まで真っ赤になってゆでだこ状態の池山に、口を押さえて笑うその人を江口はじっと観察するように見つめた。
長い漆黒の髪を無造作に一つに結び、身体に沿うようにカッティングされたシャツを羽織ったその姿は、池山よりもいくぶん高い身長とスレンダーな体型、そして化粧っ気一つないにもかかわらずぴしりとめりはりのきいた顔のせいで、やや野性的でユニセックスな雰囲気を醸し出していた。
「・・・どこかで・・・」
首を捻る江口に、池山は紹介を始める。
「長谷川生。男のようなみてくれだがシングルマザーの高校教師だ。見ての通り、可哀相な立石が口説き続けて幾星霜、の人だよ」
「・・・私はこいつに口説かれてやった覚えなんざ、さっぱりないねえ。何かの間違いじゃないか?」
いけしゃあしゃあとした物言いに、
「そこまで言うか・・・」
と、立石は目頭を押さえた。
完全に、立石が負けている。
彼の片思いは相変わらず困難を極めているらしい。
「それよりも池山。今日は昼から出勤だと立石から聞いたから、ここでずっと待たせてもらったんだけど」
長谷川はプジョーの助手席から紙包みを取り出す。
「ランカスターホテルの支配人がすぐに届けてくれたんだが、渡す暇がなくてな」
『ランカスターホテル』という言葉に、立石と江口は顔を見合わせる。
社内で色とりどりな噂と憶測を読んだ新聞の記事は、彼らの記憶に新しい。
「ああ、道理で・・・」
真っすぐで姿勢の良い後ろ姿に覚えがあるはずである。
明け方の薄明りがゆっくりしみ渡り始める頃、腕の中で池山がぽつりぽつりと説明(弁解とも云う)した新聞記事の件で、江口との事を相談する為に会った元彼女とはこの人だったのかと思い到った。
開けてみた包みの中からは、見覚えのあるダイバーズウォッチが出てきた。
「ああっ!そっちにあったのか。良かったなぁ。安い奴だけど、気に入ってたんだよ、これ。・・・どこにあった?」
思わず歓声をあげる池山に、長谷川は意味ありげな微笑を浮かべる。
「シャワールームのドアノブにぶらさがってたそうだ」
「ああ、あそこかぁ。そういえば、風呂に入るとき、外したっけ」
うんうんと無邪気に頷く池山に、立石は憮然として問うた。
「・・・ランカスターホテルに泊まったのか?」
「うん。あそこのバスルーム、いいぞー。こんなにでかい長谷川と俺とで一緒に入っても、充分余裕なんだわ。ジャグジー付きで」
時計を腕にはめて光にかざし、独り悦に入る。
「お前と、長谷川が一緒に・・・?」
眉間にしわ寄せる立石の顔を見て、慌てて池山は両手を振り回した。
「い、いやっ、あのさぁっ。別に変な意味で使ったんじゃなくて、温泉の混浴みたいなもんだよっ」
「ほぉーう。混浴か・・・」
自分は一度も一緒に入ったことがないのに。
ますます立石の眉間のしわは深くなる。
「あ、だからさぁっ、立石ぃ・・・」
腕を組んだ姿勢で不機嫌に唸る立石に池山は困り果てた。
「・・・変な意味って、どんな意味だか」
あさっての方を見ながらの長谷川の呟きに、江口は思わずぷぷーっと吹き出した。
「ほらっ、長谷川からもちゃんと言ってくれよっ。俺達は仲良く飲んだだけだって!」
実際、例によってほとんど覚えちゃいないのだが。
当事者に助けを求めると、彼女は腕を組んだまましばらく池山の顔をまじまじと見つめた後、
「まあ・・・。酔っていたからなぁ」
とだけ答えた。
「『酔っていたから』っていったい・・・」 池山自ら頭を抱える。
酔っていたからやってしまったのか、酔っていたからやらなかったのか、その解釈は微妙である。
「まあ、部屋に連込んで飲ませたのは私だしな・・・」
にやにやと笑いながら池山の肩をたたいた。
「安心しろ。これは墓場までもって行ってやるから」
「え…?俺、食われたの?」
「墓場まで持っていくようなことなのか…」
「池山さん、本当に覚えていないんですか?」
三人の男が口々に言うのをただ黙って煙草をふかして眺めていた。
・・・完全に遊ばれている。
「お前・・・。相変わらずいい根性だな」
恨めしげな目で見つめる三組の瞳に、長谷川は煙草を深く吸い込みながら苦笑いした。
「まあ、せっかくだから、ちょっと・・・。ひと舐め、ふた舐め、くらいかな…」
男たちは顎をはずす。
「ひと舐めって!!舐めたのかよ!!」
「どこを!!」
「何をしたんだ、長谷川!!」
一斉に吠える犬たちから半歩下がって耳をふさいだ。
「いや、あんまり無防備に転がってるから、ちょっと舐めてみたんだけど・・・」
更に顎をがくがくさせている三人をしり目に続ける。
「喘がれたから、萎えて、やめた」
「・・・は?」
池山は頭のてっぺんからつま先まで身体が沸騰するかと思った。
「だって、あんまり色っぽく鳴かれるとな…。逆に冷めると言うか」
「あ、あえいだ・・・?」
江口は口を押さえて赤面する。
そりゃ、色っぽいだろうとも。
明け方までのやり取りを思い出して、やっぱり隣の男を連れてこのままベッドへ戻りたいと歯がみした。
「いや、だから、どこを」と詰め寄ろうとした立石は、聞けばもっと酸欠になりそうな気がして踏みとどまる。
何を考えているか丸わかりな男たちの顔を順番に眺めた後、長い溜息をついて、長谷川は告白した。
「だから、そのまま転がして、朝まで仕事した」
仕事がはかどったのは良かったが、最初から部屋に仕事を持ちこんでいたからそうなったのかと思わなくもないが、それはあえて口にしない。いや、したくない。
最後の一言にあからさまな安堵の表情を浮かべる立石の顔にいらだちを感じながら、仕方なく先を続ける。
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