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しおりを挟むレオナルドは広い部屋に寝かされている病人たちのところに瑠衣を連れて行った。
「ここは君に任せてもいいか?俺は井戸の水の事をみんなに知らせる」
「ええ、レオナルド。でも期待しすぎないでね」
瑠衣の体がかすかにかしいだ。レオナルドは途端に彼女がどれほどひどいけがを負っていたか思い出した。
「いや、瑠衣やっぱり君に無理はさせられない。君はあんな大けがをしていた。まだ体調は悪いはずだろう?今そんなことをしたら君が危ない!」
「そんなことを言ってられる?周りを見て…」
その部屋では何十人もの隊員たちが苦しんでいた。うめき声を上げて、お腹を折り曲げ苦しそうにしている姿を見て放っておけるはずがないと瑠衣は思った。
「いいからレオナルドは自分の仕事をして、わたしも自分の仕事をするから」
瑠衣は走って苦しんでいる隊員たちに駆け寄っていった。
「もう少しの辛抱よ。きっと良くなるから…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…」瑠衣のまじないの声が部屋に響き渡る。
瑠衣は力の限り手を広げて、声を上げておまじないの言葉を唱えた。
「ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート」
どれくらいの時間が経っただろう。
声はかすれ持ち上げた腕は痛くてたまらない。それでも瑠衣はやめようとはしまかった。
少しでも自分の力が役に立つならこの身体がどうなっても良かった。
レオナルドは用を済ませて戻って来てその姿を見て思わず声を失った。
瑠衣はあれからずっと?声はかすれ腕はプルプル震えている。巻き上げた髪はいつの間にかピンが外れくしゃくしゃの髪が顔の半分にかかっていた。眉間にはしわを寄せて必死にまじないを唱えていることが伝わって来た。
それでも瑠衣はまじないを唱えるのをやめようとしていなかった。
レオナルドは瑠衣のもとに駆け寄った。瑠衣を包み込むようにその腕をそっと握る。
「瑠衣、いいから休むんだ。君が倒れては元も子もない。それに見てごらん」
瑠衣はふっと我に返ったように周りを見た。
隊員たちをじっと見つめる。うめいていたものは穏やかな顔をして、お腹をよじって顔をしかめていたものは安堵したような顔をしている。他の隊員たちも見なあの痛みが嘘のようだと口々に言っている。
「ああ…レオナルドおまじないが効いたみたい。わたし…嘘みたい…」
瑠衣は感激したらしくレオナルドに抱きついた。
「おい、瑠衣!みんなが見てる」
「あっ、ごめんなさい」
隊員の一人が嬉しそうに言う。
「あの、あなたは隊長の恋人ですか?」
「いえ…わたしは…その…違うんです。うれしくってつい…お騒がせしてすみません」
「何だ。違うのか堅物の隊長にもやっと春が来たのかと思ったけど…」
隊員たちがどっと笑った。
「どうだ?みんな具合は良くなったか?」
レオナルドが隊員たちに聞いた。
「はい、隊長あのお嬢さんはどちらの?それにしても凄い!なんて不思議な力なんだ」
口々にみんなが言い始める。
「今はみんな自分の体の事を考えるんだ。一日も早く元気になってもらいたい。争いを収めるにはみんなの力が必要なんだ。ゆっくり休んでくれ、それから生水は決して飲まないように、原因は井戸の水らしい。手洗いも顔を洗うときも必ず煮沸消毒した水を使ってくれ、いいか?」
「はい、わかりました」口々に声が上がる。そして隊員たちはまた横になって休み始めた。
レオナルドは瑠衣を支えるように腰に手を添えた。
瑠衣は自分でも驚くほど体力を消耗していたことに驚いていた。
もう…ちょっと張り切りすぐじゃない。でもかれにこうされるなんてラッキー。瑠衣は彼に支えられるまま体を預け部屋を後にした。
彼の温かい腕の中にいると、体がとろけて行きそう…
レオナルドは瑠衣の力に改めて驚いた。
やっぱり瑠衣は聖女なのか?そう思った途端あの言い伝えの最後が思い浮かんだ。瑠衣を死なせるわけにはいかない。何としても彼女を生かす方法を考えなければ…
「レオナルドどうしたの?」
「いや、何でもない。瑠衣の方こそ疲れたろう?いきなりあんな無理をして、もうあまり無茶はしないで欲しい」
「ええ、わたしも初めてでよくわからなかったから…今度から気を付けるから」
瑠衣は心配そうに見つめる赤い瞳を見上げる。
「ああ…瑠衣、君はなんて可愛い人なんだ。愛しくてたまらない」
レオナルドの節くれだった指が瑠衣の乱れた髪をかき上げ額にキスをすると、手の甲でその頬を優しく撫ぜた。
瑠衣は彼のその手の甲に頬を摺り寄せずにはいられない。
ふたりの瞳が絡み合うと、瑠衣の心臓がぐわんと大きく脈打って胸の奥がズキンと痛んだ。
「わたしはあなたが思うほど可愛くなんかないから…」
瑠衣はレオナルドから離れようと体をよじる。
彼を信じてしまうのが恐い。もしこれが噓だったら…心のわだかまりはそう簡単に、ほぐれそうにはない。
彼の抱き留めた手がゆるんだ。その途端瑠衣は頽れそうになる。
「瑠衣ほらしっかりして、いいから俺につかまるんだ」
瑠衣はレオナルドに支えられて歩きだす。
大きな古い屋敷に入る前にさっきの井戸の前を通りかかる。
「レオナルドちょっと待って」
「どうした?」
「井戸の水をなんとかしないと…」
瑠衣はいきなり井戸の前に立つとまたまじないを唱え始めた。
「ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート。ヒィールウーンドウォート…」
「瑠衣無茶だ。そんな無理をしたら君の体がもたない!」
レオナルドが言うのも構わず瑠衣はまじないをつづけた。
やがて真っ赤な色をしていた井戸の水が、次第に透明になっていった。
瑠衣はうれしかった。自分が役に立てる事が…
「あともう少し…ヒィールウーンドウォート…ヒィールウーンドウォート」力の限り声を上げて一心にまじないを唱えた。
「瑠衣!もういい。やめるんだ!」
あまりにも荒々しいレオナルドの声にビクンとなって瑠衣はまじないをやめた。
「レオナルド邪魔しないで、わたしみんなの役に立ちたいの。だから…」
「わかってる。瑠衣の気持ちは痛いほど、でも…」
瑠衣は急いで井戸の中を覗き込んだ。
井戸に桶を放り込んで水をくみ上げる。しゃがみ込んでそっと桶の中を見る。桶の中の水はそれは透き通ったきれいな水になっていた。
「ああ…レオナルド。きっともう大丈夫よ。水がこんなに澄んでいるもの」
瑠衣は満面の笑顔を浮かべてレオナルドを見上げた。
「あっ!」瑠衣の目の前がいきなり真っ暗になった。彼女はその場で意識を失った。
「瑠衣!しっかりしろ。おい誰か来てくれ」
レオナルドはすぐに人を呼んで医師を自分の部屋に呼ぶように伝えると瑠衣の顔に近づけて息をしているか確かめる。かすかに温かい息がレオナルドの唇にかかると大きく息を吐きだした。
「瑠衣!しっかりしろ…こんな無理をするなんて、君は…君はばかだ」
レオナルドはぐっと瑠衣を抱き上げると足早に自分の寝室に向かった。
瑠衣をベッドに寝かせると、彼女の胸に耳をそっと当てた。瑠衣の心臓の鼓動がかすかに聞こえる。レオナルドはやっと息をした。
瑠衣のエプロンを外し胸のボタンをゆるめると医師が入って来た。
「どうしましたか?」
「やり過ぎなんだ。瑠衣はみんなを助けたいと言って…」そこから後は言葉にならなかった。
彼女の優しさがたまらなく愛しい。でもその優しさが恐かった。
レオナルドが毒矢を受けた時も、彼は人間を殺すまいと剣はふっていても致命傷を負わすようなことはしなかった。そして深追いしすぎて結局人間の放った毒矢にやられた。あの時瑠衣がいなかったらもしかしたら死んでいたかもしれないのだ。
瑠衣が役に立とうと力を発揮すれば、その力を悪用しようとする獣人や人間が出てくるかもしれない。国王も瑠衣を利用して戦争を始めるかもしれない。
もしも瑠衣がそんなことに巻き込まれでもしたら…
「隊長、彼女は大丈夫ですよ。ゆっくり休んでしっかり栄養のあるものを食べれば回復するでしょうから」
医師は心配ないと言った。
「良かった。彼女はゆっくり休ませます。ありがとう先生」
「ですが、あんなけがをしていたのに一体どうやって?」医師は不思議そうに彼女の腕や顔を見つめている。
「ええ、わたしも驚いているんです。先生この事はどうか内密にお願いします。プリンツ王国とのもめごとに彼女を巻き込みたくはありませんから」
「ええ、ですが彼女は人間ですよ?いいんですか。こんなことを隠していて」
「時期が来たらみんなにはわたしから話をしますから」
「まあ、隊長がそうおっしゃるなら、じゃあ何かあったらすぐに呼んでください。失礼します」
医師はそう言うと部屋を出て行った。
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