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3シエル気づいてしまう
しおりを挟む「シエル様。お輿入れの日が決まりました。明日出発しますのでご準備を」
そう言って来たのはボルクだった。
彼はいつものようにシエルにひれ伏すように目を伏せ一礼する。
「ええ、わかったわ。あなたは大丈夫ボルク」
「私はいつでも大丈夫です。シエル様。いいえ、これからはあなたの事をシエル姫とお呼びしますのでどうかそのおつもりで」
ボルクはいつものように恭しく頭を下げた。
「でも、私は王女ではないのよ。姫だなんて…」
「ですがオーランド国への配慮として国王がそうお呼びするようにとの仰せです」
「もう、お父様ったら…私は正妻になる訳でもないのに」
思わず声を荒げたせいでボルクの顔が困った顔になる。
もう、私ったらこれはあなたのせいじゃないのに…
「ごめんなさい」
「とんでもありません。側妃も立派に王の妻ですよシエル姫…あの…申し上げにくいのですが出発してしまうと個人的なお話も無理でしょうから、今申し上げて…?」
ボルクの言葉は言いにくいのか語尾が途切れた。それに彼の指先に目を落とすとその指は親指と薬指で摺りあわされている。
なに?そんな言いにくい事?と思いながらも。
「ええ、もちろんいいわよ」
いつもは余裕たっぷりな彼には珍しい。少し間を置いて言いにくそうにボルクは話を始める。
「実はシエル姫とオーランド国の皇帝との閨の事なのですが…」
シエルは男性からそのような話をされて真っ赤になる。これって何の話なの?もう、ボルクからそんな事言われるなんて思ってもいなかったわ。
触れたくない話だった。シエルは父から話を聞いてからもこの事はなるべく考えないようにしてきた…なのに、よりによって?
どうしてこんなに腹立たしいのか自分でもわからなかったが、彼の口からそんな事を言われたくなかった。
「お恥ずかしい話をしてすみません。シエル姫がそんな顔をされるのも当然なのですが大事な事ですので…」
ボルクはなおも言いよどむ。
指はますます摺り合わせながら…
「いくら私でもオーランド国の皇城に入り皇王の寝室に入ればもうあなたをお守りすることは出来ません。でも…もしシエル姫がどうしても皇帝との閨事が耐えられないと思われたらこの笛を吹いていただけませんか?」
ボルクがポケットから出されたのは細長い数センチほどの笛だった。
「笛を?」
「はい、明日ここを出発するときからはいつもこれを首にかけておいて欲しいのです」
「でも、今皇帝との閨の時にと言ったじゃない」
「はい、その時ばかりは私もあなたのそばにいることはかないません。ですからそう言いました。ですがこの王城を出た時からシエル姫にはいつ何時危険が及ぶかも知れません。私もなるべくあなたのおそばを離れるつもりはありませんが、例えば着替えや入浴中などどうしても離れなければならないこともあるでしょう。もしそんな時危険を感じたら迷うことなくこの笛を吹いてください。私があなたのもとにすぐに駆け付けますので」
そう言われて笛を渡される。
シエルはその笛を吹いてみた。
何の音もしない。えっ?どういう事???
「ボルクどうしたの、この笛壊れているわよ」
「いいえ、壊れてなどいません。これは隼を呼ぶときに使う笛なのですが、安心して下さい。私にはこの音が聞こえるのです。だから人に気づかれずに私を呼ぶことが出来るはずです」
「あなたってすごく耳がいいの?そう言えばボルクは隼を飼いならしていたわね」
「はい、名前をガルと言います」
そう言うとボルクは、窓際に歩いて行って自分の持っていた笛を吹いた。
彼も同じ笛を?シエルはうれしくなる。
しばらくすると東の空から一羽の鳥が真っ直ぐこちらに向かってくるのが見えた。
あっという間に隼が窓の所まで飛んできた。いつの間にかボルクが窓から腕を出してその隼を止まらせた。腕には腕巻が巻き付けてあって隼の鋭い爪が食い込まないようにしてあった。
「ガル、シエル姫だ。覚えておくんだぞ」
ボルクはガルにそう声を掛けるとポケットから小さな袋を出し、その中から干し肉をガルに与えた。
ガルは手慣れた様子でボルクから干し肉を奪い取るようにくちばしでそれをついばむとシエルを見つめた。
くりくりした瞳は愛らしいが小ぶりながらも猛禽類の隼だ。くちばしも爪も鋭利だった。
「ガル、よろしくね」
少し緊張しながらシエルはガルに挨拶をする。
ガルはシエルとほんの一瞬目を合わせるとすぐに目を閉じた。そしてボルクの腕の上でじっとしていた。
「ガルありがとうな。さあ、獲物を取りに行ってこい!」
ボルクが腕をぐっと前に突き出すとガルは翼を広げて大きく羽ばたいた。
そしてあっという間に空に舞い上がって行った。
「すみません。話がそれました。とにかく、その…皇帝は好色と聞いております。あなたに無理な要求をするようなら…」
「でも、そんな事出来るとは思えません」
シエルは俯き視線を落とす。
それが出来るくらいなら…
「いいえ、あなたがお嫌なら私は何があってもあなたをお助けします。人にはどうしても我慢できないこともありますから」
「でも、そんな事をしたらボルクが何をされるかわからないのよ。そんな事させるわけにはいきません」
「それを考えるのは私の仕事です。シエル姫はそんな心配をなさらなくてもいいんです。私の事など…あなたの助けになるなら私はどんな事でも喜んでします。話は以上です。では、明日。私も準備がありますので」
「そんな事無理ですから…」
シエルの言葉など聞く気はないとばかりにボルクは回れ右をして部屋から出て行こうとする。
なぜか、彼の顔は赤くなっていて、いつものようなきびきびした動作でなくおたおたと慌てていて、指先は親指と人差し指で擦りあわされていた。
シエルはそんなボルクを見て、また?と思ったがそんな彼の行動も今のシエルには気にかける余裕はなかった。
シエルの気分はどんよりとした空のように沈んでいた。
皇帝はもう40歳は過ぎている。シエルの父親ほど年の離れた人のもとに嫁ぐのだから。
そしてどんな形であっても閨事を避けては通れない。万が一にも子供でも出来たらもう二度とこの国には戻っては来れないだろうとも。
そして見ず知らずの皇帝に身を任せなければならない事が一番辛かった。
いっそボルクが私の伴侶になってくれたらどんなにいいだろう。
ふと沸き上がった思いは、ずっと心の奥に秘めていた思いだった。
彼と初めて会ったあの日からシエルはもう恋をしていたのかもしれなかった。
あの少し恥じらうように笑ったボルクを見た日から……
**********
翌日、一行はセルべーラ国を出発した。
側妃といえども国から国への輿入れ。荷物は最低限に抑えても馬車3台分ほどあり、シエルの乗る馬車は豪華な金色彫り物がされていた。
馬車は国境超える辺りにある砂漠を横断するときには馬車は置いてラクダで行くと聞いているのに。
王都アドゥールの人々に晴れの日の艶やかな娘の姿を見せたいとの父の親心だったのかもしれない。
シエルに付き添うのは侍女のべルールとアマルだった。べルールはベテランの侍女でずっとシエルの世話をして来た侍女だし、アマルはシエルと年も近いよく気の付くメイドだったが、この輿入れでシエルのお供の侍女としてついて行くことになった。
ボルクは自らシエルの手を取るとゆっくりと彼女を馬車に乗せてお辞儀をした。
「ありがとうウィスコンティン様」
そう言った時ボルクの顔が一瞬驚いて目を見開いた。
私の事を姫と呼ぶなら私もあなたをそう呼んだ方がいいでしょ。
だったここを出ればあなたと私はもう友達のように触れ合うわけにいかない事くらい私にだってわかってるから。
シエルはボルクを指先見たかった。彼がどう思ったのか気になって、でも指先は見えなかった。
彼は苛ついているようにも見えたがその顔は穏やかにも見えた。
もう、私ったらそんな事気にしている場合じゃないのに…
彼女たちの乗った馬車の周囲には王国騎士隊がぐるりと警備についていた。
その先頭には黒い見事な馬に乗ったボルクがたっていた。
「皆のもの、くれぐれも油断なきよう。姫をオーランド国間でご無事にお連れせなばならんのだからな!」
「隊長、充分心得ています。我々にお任せください!」
ボルクは騎士隊長として指揮を取るらしい。
副隊長には彼の友人らしいサージェスと言う人だと聞いた。
シエルはそんな会話を心地よく聞いていると、すぐ横にボルクの馬が見えた。
「シエル姫何かあったらいつでも近くの者に声を掛けて下さい。どんな事でもすぐにお知らせ下さい」
きびきびとした彼の声は何よりも心強かった。
「ええ、ウィスコンティン様ありがとう。私にも何かあればどんな事でも行って下さい。どんな事でも協力しますから」
そうだ。私は自分の事ばかり言ってはいられない。この人達を安全にこの国にまた送り届けなければならないのですから。
オーランド国に入るまでには10日間ほどかかると聞いた。その間には砂漠地帯や険しい山もあるらしい。
シエルはぐっと唇を噛んでいた。
もはや、自分のわがままなど言っている場合ではないと。
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