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12ボルク泣く
しおりを挟むボルクになだめすかされシエルはやっと落ち着きを取り戻した。
そしてボルクにやけどの手当てをしてもらうことに。
「いえ、これくらい怪我のうちには入りませんから」
「な、何を言ってるんですか。大切なお身体なんですよ。もし後でも残ったら私の責任です」
ボルクはそれはもう後が残るのではないかと大騒ぎした。
でも、シエルの手の甲は思ったほど赤くならず冷やすとほとんど痛みもひいていた。
スープがかかったのがほんの一瞬だったため少し赤くなっているだけで後に残る心配ななさそうだとボルクはほっと息を吐いた。
そして薬草を火傷した手の甲に塗るときれいな布を掻きつけてくれた。
その後べルールに連れられて女性用のテントに戻るとシエルはやっと一息ついた。
「シエル様ほんとに痛くはありませんか?」
「ええ、ボルクが大げさなんです。こんな火傷すぐに治りますから」
「良かったです。シエル様もうお手伝いなどなさいませんように」
「ええ、よくわかったわ」
それからべルールとアマルとで一緒に食事をした。
べルールはその後もシエルの世話をこまめにやいてくれたし、食事もとても美味しかった。
あの黒パンはスープに浸して食べると驚くほどおいしくて5切れも食べたほどだった。
それなのにシエルの気持ちは浮かなかった。
それからしばらくするとテントの外からシエルを呼ぶ声がした。
「シエル姫、もし良ければ星がきれいなので見に行きませんか?」
「星がきれい。あっ」
シエルの落ち込んでいた気持ちはほんの少し上向いた。イクルが言っていた流星が見えるかも知れないと…
「はい、ぜひ」
べルールがストールを出してくれてそれを肩にかけるとテントの外に出る。
待っていたのはボルクで。
ランプに浮かび上がった彼の顔は彫の深い顔立ちに影が差してそれは魅力的だった。
シエルの胸はどきりとする。
もう、てっきりイクルかと思ったのに。
戸惑いを隠すように聞く。
「ウィスコンティン様どうして星の事を?」
「イクルと話していましたよね?まさかイクルと出かけるおつもりだったのですか?」
彼がいぶかしい顔をする。
「ま、まさか、行こうとも思っていませんでしたわ。あっ、でもせっかくのお誘いでしたら」
「もちろんです。気分転換にと思いましたので」
「ありがとうございます」
さっきの無様な姿が脳内をよぎる。
またしても彼にすがってしまいましたわ。
シエルは後悔したように身を小さくする。
「どういたしまして、私にはこれくらいの事しか出来ませんので」
それはどういう?
あっ、そうですね。皇帝に身をゆだねるのは私の仕事ですものね。
そう言えば先ほどより気が楽になっている気がした。
ボルクはシエルの手を取る。
ランプの灯りを頼りに脚を進める。
テントを張った裏手の岩場に登ると満点の星空が一望出来た。
それはまさに星が掴めそうなほど近くに感じられる。
「うわぁ、きれい」
シエルはため息を漏らす。
しばし星に見とれる。
するとボルクは今度は岩場の上に寝転んで見せた。
「さあ、シエル姫も寝転んでみて下さい」
「えっ?ここにですか?」
シエルは渋々と言った感じで彼の隣に寝転ぶ。
ボルクは何のためらいもなく岩場の上に寝転んでいる。
シエルもその場に腰を下ろしてゆっくり寝転ぶ。
彼はその間ずっとシエルを観察するように見ている。
まあ、ボルク。また転んだりしたらって心配してるの?
私はただ、このようなところに寝転んだことがないだけなんです。
シエルはそんな事を思いながらゆっくり背中を地面につけた。
空を見た。
あっ!
それはまさに星が降ってくるようでシエルはうふっと喜びの声が出た。
「きれい…こんなにたくさんの星が空にあるなんて初めて知りました。まるでダイアモンドでも散りばめたみたいです」
「ええ、ほら、あれがオリオン。こっちはペガサス。あっ!流れ星が…」
ボルクが指さす先に星が流れる。
「あっ…」
シエルはとっさに手を組むと目を閉じる。
どうかボルクが幸せになりますように…私の大好きな人が幸せでいられますように。
「何を願ったんです?」
「言えません。そんな事言えるわけがありません。ボルク趣味悪いですよ。さあ、明日も早いんですから。もう帰らなくては」
シエルはしどろもどろになりながら立ち上がる。
「ええ、それに冷えて来ましたから、またあなたに熱を出されては困りますし」
「そうね」
シエルは汚れを気にして服の土を払う。
そんなシエルの手を突然ボルクが引いた。
ふたりでその場に座り込むような格好になった。
ボルクはシエルの手を握りしめる。
向かい合わせになってじっとシエルを見つめる。
その瞳には先ほど見た星の煌めきが移り込んだのではないかというほど煌めいている。
「いいですかシエル。あなたは決して皇帝の暇つぶしなんかではありません。セルベーラ国の将来を担ってあなたはオーランド国に嫁ぐのです。胸を張って自信をもってオーランド国に嫁いでください。そうでなければ…」
「そうでなければ?」
「いえ、何でもありません。さあ、帰りましょうか」
ボルクは立ち上がると今度はシエルの手を引き上げた。
「そうでなければどうなのですか?」
ボルクは困ったように口を歪めた。
その拍子にやけどをしていないシエルの手がその口元に伸ばされる。
柔らかで女らしい手がボルクに触れてボルクの全身は震える。
「シエル……」
どうしようもない思いに脳が痺れビリビリと身体に電流が伝う。
ボルクがシエルの手をそっとつかむと思いが繋がり合うかのように無意識のうちに互いを求めていた。
ほんの少し唇が重なり合わさる。それだけでふたりの世界は輝き蕩けた。
ただ、無性に彼女が欲しい。そんな欲望が沸き起こり何もかも置き去りにして彼女を奪ってしまいたい劣情に襲われる。
下肢の欲望はそんな感情をすぐに直結させてむくむくと性欲をもたげてくる。
ボルクは痛いほどその欲望に突き上げられ腰をシエルの腹部に擦り付けた。
シエルはそんことを知ってか知らずかさらに身体を寄せて首に手を回す。
「ボルク‥わたしを」
唇の隙間から漏れた声が。彼女のか細い声が。
ボルクの脳芯を揺らす。
このまま彼女を押し倒して奪ってしまえたら…
欲望に支配されようとする情欲の前にシエルの包帯を巻いた手が目に入った。
いいのか?
苦悩し苦しみそれでもなお前を向こうとする人の。
そんな愛しい人の気丈なほどのプライドが。
それは崇高で気高く、自分が最も大切にする事でもあるのだから。
そんなものを奪う権利がお前にあるのか?
神が降臨してボルクに一撃でも与えたかのように脳天につんざくようなと声がとどろいた。
「お前は何をしているだ!」と。
ボルクはシエルの手をそっと取り払うと首を横に振る。
「さあ、帰りましょう。ここは冷えます」
彼の声はかすれている。
「でも…」
「シエル姫…さあ…」
ボルクはシエルの手を取ると岩場を下りて行く。
テントの前に着くとシエルはまだ何か言いたげにボルクを見上げた。
愁いを含んだ茜色の瞳に胸が疼いた。
ボルクは優しくシエルを押し出すようにテントの膜を上げる。
「もうお休みください。明日も早いので。ではおやすみなさい」
ボルクはべルール達にも挨拶をするとすぐにテントの入り口の膜を下ろした。
その夜ボルクはひとりになるとシエルの事を思い男泣きに泣いた。
どうしてあんな皇帝のところなんかに。
行かせたくないのに。
彼女にはもっともっと幸せになってほしいのに。
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