55 / 58
48わかっていた事ですけれど
しおりを挟むシエルはボルクが出て行くのをじっとこらえて待った。
がちゃりと扉の締まる音がするとこらえていたものが一度に噴き出す。
涙はとめどなく流れ嗚咽は止まらずシエルはベッドの中で声を上げて泣いた。
今までこんなに泣いたことなどないかのようにひたすら泣き続けた。
意識を失う前シエルは幸せの絶頂にいた。
ふたりは繋がり合い愛し合い心も身体も繋がった気がした。
脳芯は感じた事のない快感と恍惚感で埋め尽くされて幸せホルモンが身体中を駆け巡っていた気がする。
でも、気づけばそんな事は幻だったんだと現実が重くのしかかった。
そんな事わかってたことなのに。
それでも、もしかしたらって彼に期待してしまった。
出て行こうとする彼に声を掛けようとした。
頭の中では次々に言葉が浮かんでくるけど、それを言葉にして紡げないもどかしさに唇をかみしめた。
”待ってボルク。こんなことになったんだから結婚してくれるんでしょう?”
”待ってよボルク。責任取らないつもり?”
”待ってったらボルク!私を愛してるんじゃないの?”
言葉は空気の中に消えていき心は弾けたシャボン玉のように砕け散った。
もう、終わりなのね。私たち。ほんとにこれでもう終わりなんだわ。
そんな言葉をかみ砕くように飲み込む。
身体がベッドの底に沈んでもう二度と起き上がれないんじゃないかってくらい重くなって頭痛が始まって耳鳴りが聞こえてくる。
どれくらいそうしていたのかわからない。
何度か扉をノックされて返事をした。
「シエル様、国王陛下がお呼びです」
近衛兵が外から声を掛けた。
窓を見るともう太陽は眩しいほど輝いていた。
大変だわ。明け方になってうとうとしたと思っていたけどかなり寝過ごしたみたい。
「ええ、すぐに行くと伝えて」
シエルはベッドから起き上がった。ひどい有様に自分でも驚くほどだ。
急いでシャワーを浴びて髪をとかして自分で着れる簡易なドレスを身に着けた。
それでも支度にかなりの時間がかかった。
目が腫れぼったくなっているが仕方がない。
部屋を出てすぐに宰相のフランツにばったり出会った。
「おはようございます。スターフォース宰相様」
「これはシエル様、昨日はこちらにお泊りに?」
「ええ、仕事で遅くなったものですから」
フランツはいぶかしい顔をした。
「それは…そう言えば夜遅くにウィスコンティンが貴方の部屋から出てきましたが何かありましたか?」
シエルはギクッとして一瞬顔が強張る。必死で笑みを浮かべると言った。
「ええ、物音がしてそれで恐くなったので彼に一応調べてもらったのです。何でもありませんでした。お騒がせしました」
「そうでしたか。街ではおかしな噂もあるようです。お気を付けてください。火のないところに煙は立たないと言いますから」
宰相の言い方は何やら含みを持っていて、ボルクと何かあったという噂の事を言っているのだとすぐにわかった。
もう嫌な人。スタンフォース公爵もお父様と同じ嫌味な人なのかしら?
いえ、彼もそういう人だったわ。そんな事が脳裏をよぎった。
「もちろんです。お気遣いありがとうございます。では急ぎますので失礼します」
どんな時も社交辞令を欠かさないようにと教育を受けて来たのでいやでもそんな言葉が出てしまう。
宰相はにっこり笑うと廊下の向こうに消えて行った。
シエルは急いで国王の執務室に出向いた。
「お父様、ごめんなさい。昨夜遅くまで調べ物をしていたので遅くなりました」
「ああ、いいんだ。あまり無理をするな。呼んだのはほかでもないこれからスタンフォース公爵が見える。お前と話がしたいそうだ。どうだ。どちらかに決めたか?」
「お父様。私、結婚するつもりはありません。どうやって考えればいいのです?オーランド国の新皇帝なんて問題外ですわ。スタンフォース公爵など私を信じなかった人なのですよ。そんな方とこれから一生を共に過ごす事なんか考えれません。スタンフォース公爵にはお話はないと伝えて下さい!」
噂をすれば影だわ。さっき彼が嫌な人だったことを思い出したばかりだというのに…
そこにスタンフォース公爵が入って来た。
「申し訳ありません皇帝陛下。何度かノックはしたのですが…」
「これはクリゲル。いいんだ。まあ、座って話をしよう。さあシエルお前もここに座りなさい」
ルドルフはシエルの話は聞かなかったふうに笑顔でスタンフォース公爵を快く迎える。
「シエル殿、まずはあなたに謝りたい。3年前の婚約解消になった騒ぎはすべてジュリエッタの仕組んだことだった。君を信じてやれなくて済まなかった。私もあの頃よりは成長したつもりだ。君と結婚するにあたって何でも君と相談したいと思っている。君のわだかまりを解いて改めて結婚を申し込みたいと思っている。どうだろう?考えてくれないだろうか?」
相変わらず栗色の巻き毛に琥珀色の瞳は穏やかで優しそうに見えた。
彼はシエルの前に跪き手を差し伸べた。
シエルが彼の手に自分の手を重ねるとその手に柔らかなキスを落とした。
その所作はしなやかで美しかった。
それに彼は少し大人びたようにも見えた。物腰は柔らかいが口調は自分の意思をはっきり伝える。そんなところはシエルの好みだった。
「ああクリゲル、それはいい考えだ。なぁシエル。彼もわざわざこうやって出向いてくれたんだぞ。私もオーランド国の皇帝の元に嫁ぐよりクリゲルの元に嫁いでくれる方がうれしい。いつでもお前に会えるし。孫にもすぐに会える。そう思わないかシエル」
先に間に入ったのはルドルフだった。
ほら、やっぱり。そうだと思ったわ。だって宰相はクリゲルのお父様ですもの。
お父様は国王になってからいろいろと宰相にはお世話になってるんですもの。
どうしたってスタンフォース公爵に気持ちは傾くというものだわ。
私だってクリゲルのお父様は好きだし頼りにもしていたけど、さっきのあの嫌味で少しイメージが半減したわ。
何よ。私がこそこそしているみたいに。
シエルは勝手に話が進んで行くようで苛立った。
「お父様もスタンフォース公爵も少し待ってもらえませんか?お話はよくわかりますが…」
でも結婚する気持ちはない。だったら早く話した方がいいのでは?
「お父様少し席を外して下さる?」
シエルは父に退室を求める。こんな話を父に聞かれたくはなかった。ルドルフは快く了解して執務室を後にした。
シエルは大きく深呼吸すると話を始めた。
「スタンフォース公爵ひとつお聞きしてもいいかしら?」
「ああ、シエル殿なんでもどうぞ」
「あなたは私が純潔ではないとわかったらどうされるつもり?それでも結婚しても良いとお考えですか?」
「待ってくれ。シエル一体何のことだ?君が?まさか…だって君はあの皇帝とは何もなかったと聞いている。それに君が…そんなことあるはずがないだろう。ハハハ」
クリゲルはそんなシエルを見て笑い飛ばす。そんな事絶対にないと自信たっぷりに。
「私…実は…」と言いかけた時クリゲルがシエルの話を遮った。
「そうだ。今夜ディナーに招待したいんだがどうだろう?」
「ディナーにですか?」
「ああ、まずは一緒に会って話をする事から始めたいんだ。もちろん受けてくれるよね?」
「ええ、そうですね」
こんな所で話すより彼と二人きりになった時に話す方がいかも知れないとシエルは思った。
「良し!決まりだ。今夜迎えに行く。時間はいつがいい?」
「そうですね。王宮から一度屋敷に戻りませんと…では8時ではいかがでしょうか?」
「ああ、それがいい。では8時に。私はこれから会議があるので失礼する。シエル楽しみにしている」
そう言ってスタンフォース公爵は立ち去った。
**********
シエルは仕事を終えて早めに屋敷に帰ると公爵とのディナーの為に支度をした。
髪はおくれ毛を残して結い上げて、ドレスは濃い萌黄色にした。濃い緑の少し渋めな色だ。
デコルテはどうしても大きく開いているデザインになるので上にショールを羽織る。
予定通りにスタンフォース公爵の迎えの馬車が到着して彼の屋敷に向かった。
「シエル殿、今日はまた素晴らしいお姿を見れて光栄です」スタンフォース公爵から褒めたたえられる。
「お招きありがとうございます」
そしてお決まりの手の甲への口づけ。シエルは挨拶もそこそこに背中がくすぐったい気分で馬車に乗りこんだ。
屋敷は前にも来たことがあったが、3年の間にさらに派手な装飾の置物や壁の色も原色を使ってあったりと結構。いや、かなり品のない屋敷になっていた。
これはきっとジュリエッタの趣味なのだろうかとも思いながら屋敷の中に入った。
ダイニングに通されディナーが始まる。
「シエル殿、まずワインで乾杯しないか?」
「はい、あのスタンフォース公爵シエルで結構ですわ」
「そうかシエル。では私もクリゲルと呼んでくれないか」
「ええ、そうですね。クリゲル様」
クリゲルが嬉しそうな笑みを浮かべる。グラスを傾けワインを頂くと次々にメイドたちが豪華な料理を運んでくる。
シエルは話をしようとするがなかなかいいチャンスがなかった。
早く話がしたいのに‥仕方がないわ。こんな事食事中に言うのも失礼だしね。
シエルはそう思い直すとせっかくなのだからと料理を堪能した。
料理はカモ肉の燻製やマスのテリーヌ、野菜のゼリー寄せやビーフストロガノフ、チーズをたっぷり使ったパンも美味しかった。
「クリゲル様、すごく美味しかったですわ。何だか私…」
「シエル?大丈夫か?ワインを飲み過ぎたせいか?」
クリゲルは気分が悪そうなシエルの為に使用人を呼んで客室に運ばせた。
その頃にはシエルはもうぐっすり眠っていた。
クリゲルは父から聞いた事が気になってシエルにあることをしようとしていた。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】王命の代行をお引き受けいたします
ユユ
恋愛
白過ぎる結婚。
逃れられない。
隣接する仲の悪い貴族同士の婚姻は王命だった。
相手は一人息子。
姉が嫁ぐはずだったのに式の前夜に事故死。
仕方なく私が花嫁に。
* 作り話です。
* 完結しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。
にじくす まさしよ
恋愛
R18。合わないと思われた方はバックお願いします
結婚して3年。「子供はまだいいよね」と、夫と仲睦まじく暮らしていた。
ふたり以上の夫を持つこの国で、「愛する夫だけがいい」と、ふたり目以降の夫を持たなかった主人公。そんなある日、夫から外聞が悪いから新たな夫を迎えるよう説得され、父たちの命もあり、渋々二度目の結婚をすることに。
その3ヶ月後、一番目の夫からいきなり離婚を突きつけられ、着の身着のまま家を出された。
これは、愛する夫から裏切られ、幾ばくかの慰謝料もなく持参金も返してもらえなかった無一文ポジティブ主人公の、自由で気ままな物語。
俯瞰視点あり。
仕返しあり。シリアスはありますがヒロインが切り替えが早く前向きなので、あまり落ち込まないかと。ハッピーエンド。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる