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第一章 転移、そして自立
第二話 天竺なんかに行かないからな
しおりを挟む新緑の若葉がつくる木漏れ日の心地よい空間を醸し出している林の中を野郎が2人……間違えた……玄奘さんと俺が歩いていた。
最初の頃は、お互いに詮索しないように気を使って、ぎこちなく会話を続けていたが、いつの頃からか、俺が玄奘さんから伊勢の国周辺の物資の相場などを聞くようになっていた。
とくに桑名や願証寺の門前町、それに津島や海津など、このあたりに市の立つ町や村での不足しがちな物資や、その価格などを聞いていた。
玄奘さんは、はじめ、俺があまりに子供らしくないというか、ほとんど市井の民が絶対に聞かないようなことを聞いて来たことを訝しみながらも、彼の知る限りにおいて包み隠さず教えてくれた。
俺の出自に関わることに関係するのかと思っていたようである。
あまり大した情報は得られなかった。
もちろん玄奘さんのせいではない。
そもそも、この時代に経済に関しての情報を集めようとする人間などいなかったのだ。
それらしいのは自分の商い品目に繋がる価格の変動を気にする者が少数いたくらいで、ほとんどの商人は日々の儲けばかりにしか目がいかないのが現状だった。
一修行僧が、そのような市の情報を詳しく知っているはずはない。
忍者が依頼を受けて調べることはあっても、修行中の僧は市井の民との会話を右から左へと流して覚えてないのが普通だ。
そういう意味では、玄奘さんはかなり優秀な部類に当たる。
まるで、忍者が敵国の国力を図るために埋伏させた者から得る情報位の価値はあると俺は思った。
それでも、欲しい情報の半分も得られなかったが。
得た情報は貴重だった。
その中でとくに重要だと思える情報が、炭に関してだ。
この時代に、お城などで煮炊きや高級士族の冬季における暖房用にかなりの量が消費されるのだが、ここのところ市井に出回る量が少なめで、価格が高騰気味であったそうだ。
陽気も春を感じさせるくらいまで暖かくなり消費の量が抑えられたこともあってか、やっと価格が下がり始めたと教えてくれた。
炭は冬場に大量に消費されるが、一年を通して需要があり、通年商品だそうだ。
この話を聞いて、炭を作れるのならばどうにかこの世界でも生きていけそうだと得心した。
ま~どちらにしても、まず寝起きする場所の確保が最優先課題には変わらない。
そして条件付きなれど、その場所を玄奘さんが提供してくれそうだという幸運に感謝しよう。
しばらく林の中を歩いていくと急に開け、その先に小屋があった。
ボロい、非常にボロい小屋だった。
玄奘さんは、質素だとか、ただの小屋だとか言っていた。
謙遜が日本人の持つ美質の一つだと思っていたので、玄奘さんの謙遜だと思っていました。
でも、謙遜どころか誇大広告じゃないかと思うようなボロさだった。
これじゃ~、となりの家のポチ(犬)のおうちの方がはるかに立派だった。
少なくともポチの家は地震で倒壊する心配はない。
しかし、この小屋は明らかに違法建築で、耐震関係については全滅じゃないかと思われる。
多分震度4くらいでも倒壊するぞ。
建築基準法を満足に満たしているのは建ぺい率と容積率くらいじゃないかな。
もっとも敷地そのものが怪しいので、それすら満たしているかどうかわからないが……心配だな。
この小屋がどれくらいボロいかというと、最近の流行りの地方にある廃墟が御殿に見えるくらいだ。
もっとも地方にある古い廃墟は、出来た当時から廃墟の訳はなく、当時はその地の有力者であるところの豪族や、庄屋、大店などの実力者が当時に許される範囲で最高の建築をしていたのが時代の経過で朽ちていったものだから、今目の前にある小屋と比べること自体が間違いなのだが。
この小屋は、古くはなく、ボロいのだ。
材料から、作りまでボロく作られている。
ま~、今は雨風さえ凌げれば良しとしよう。
もっとも目の前の小屋ではそれすら怪しいが……
「何をしている。
中に入るぞ。
ごめん、誰かいるか」
「あ~、玄奘様、いらっしゃいませ。
今日は、どうしましたか」
中から、二十歳前の恐ろしく美しい女性が出てきた。
彼女を囲っているのかな、やっぱりもげろ。
「お~~、張さんがいたか。
珊さんはいないのか」
「近くの川まで魚を捕らえに行っていますから、直ぐに戻ります」
「じゃ~、待たせてもらうかの」
「それで玄奘様は今日はどんな御用で。先日顔を出して頂いたばかりなのに」
「それがの、おい坊。
こっちに来い。
紹介するぞ」
「あら、可愛いわね。
まだ子供じゃないですか。
彼がどうしました」
「彼も、訳ありでな、ここに住まわせて欲しい」
「お嬢様、戻りました(←中国語「台湾語」)」
「あら、戻りましたわね。
珊さん、こちらにいらして」
「へい」
ひとりの男が入口から入ってきた。
「珊、いつも言っているでしょ。ここに住むことを決めたのだから、誰もいなくとも、ここの言葉で話さないとダメよ(←中国語「広東語」)」
「お~お~、来たようだな。
こっちに来い。
紹介したい人がいる」
二人が揃ったところで、玄奘さんが
「この坊が、浜で打ち上げられていたので、連れてきたのじゃ。
なんだか訳ありでの、ここで保護したいのじゃ。
すまぬが、一緒にここで住まわせてくれんかの。
色々手伝うことは約束しておるしな」
「え~、私達は、玄奘様にここで保護されている身。玄奘様がよろしければ構いません」
「お、俺、お嬢様よかったら、いい」
「お~~、二人共ありがとうな。
おい、坊、自己紹介じゃ、とりあえず、明かせるところまででいいから、みんなに自分のことを教えろ」
「分かりました、玄奘様。
私は空(ひろし)と申します。
生まれはこの地ではありませんが、気がついた時には浜で玄奘様に助けてもらっていました。
今皆様にお話できることはこれくらいです。
しばらくご厄介になりますのでよろしくお願いします」
「ま~、まだ小さいのにしっかりしたご挨拶だこと。
私は張と申します。
そこの者は珊といいます。
よろしくね」
「お~、そうだ。
そこの女性は張泊麗(チョウハクレイ)でこっちの男性が珊珸允(サンゴジジョウ)といい、ともに明の国からきたそうだ。
詳しくは、おいおい聞いてくれ」
猪八戒(チョハッカイ)に沙悟浄(サゴジョウ)だと、おまけに玄奘(ゲンジョウ)ときたら『西遊記』しかないじゃないか。
俺は孫悟空(ソンゴクウ)じゃないからな、孫空(マゴ ヒロシ)だからな。
俺は絶対に天竺なんかに行かないぞ、行くならあんたたちだけで行ってくれ。
……え、違うの猪八戒じゃなく張泊麗で、沙悟浄ではなく珊珸允だと、本当に紛らわしいな。
俺も人のことは言えないが、本当にも~、中学時代のトラウマを思い出してしまいそうになったよ。
中学時代に、もしこの組み合わせがいたら、俺は学校を追い出されていたな。
「お前ら天竺にでも行ってろ」なんて言われて、かなり酷いいじめになっていただろう。
あの時に出会わなくて良かった。
さすがに、この時代の日本では、さほど有名じゃないはずだろう。
名前を知られてもいじめはないはずだ、そう信じたい。
「では、我は寺に戻るとしよう。
後は仲良くやってくれ」
「分かりましたわ」
「では、行くとしようか」
俺は行かないからな、天竺なんかには行かないからな………。
興奮してしまった。
大丈夫なんだよな。
でも、これからのことを考えないとな。
「張さん、珊さん、これからよろしくお願いします。
で、一つ聞きたいのですが、よろしいでしょうか」
俺はとりあえず住むところが決まったので、今度は食料の心配をし始めた。
「な~に、私に分かることならなんでも聞いてね」
「ありがとうございます。
では、遠慮なく質問させていただきます。
皆さんは何を食べておりますか、ここでの食事はどのようにしておられますか。
あいにく私は身一つで投げ出されたようで、何も持ち合わせがないのですが」
「そ~ね、今は珊が川から魚を捕らえて食べてるわね」
「あ、あと、お嬢 様が、持ち物 売る。 お金 買う 米」
「あ~、そうよね、でももうほとんど売り物がなくなってきたので、あまりそれは期待できないわよ。
でも、まだ少しお金はあるからしばらくは大丈夫なのよね」
「そうですか、私が来たことで、ますます苦しくなりますね。
あの~、みなさんに相談なのですが、いいでしょうか」
「な~に。」
「ここで、炭を焼いてそれを売って商売したいのですが。
そのお金が入れば、とりあえずここで生活できますから」
「炭なんか作れるの?」
「少し、準備やいろいろ試さないとダメでしょうが、それは私がやります。
みなさんにお願いしたいのは、炭を売る時に一緒にいて欲しいのです。子供だとどうしても舐められますし、売上金を取られかねないので、炭ができたらお願いしますがいいでしょうか」
「それは構わないわ。
そ~よね、その方がいいわよね」
「炭が作れるまで、しばらくただの穀潰しですが、よろしくお願いします」
「穀潰しだなんて、気にしなくてもいいわよ。
あなた、まだまだ子供なんですから。
私たちで守れることなら守りますよ。
食事の件は気にしないで」
「ありがとうございます」
良かった、猪八戒さんと沙悟浄さん……違った張さんと珊さんがいい人で助かった。
でも、これからいろいろ忙しくなりそうだな。
早く商売でも始めて、自活できるようにしないと大変だな。
まだまだ戦国の世は終わらずにかなりの動乱があるはずだ。
たしか、そ~だ、長島は大虐殺があったんだ。
できればそれを防ぎたいのだが、今の俺じゃ無理だな。
とにかく今は3人が生き残ることが重要だな。
あとは助けてくれた玄奘さんの命も救えたらいいかな。
当面はそれを目標に生きていこう。
間違っても天竺に向かうことのないようにしないと。
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