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第一章 転移、そして自立
第三十四話 干物作り
しおりを挟むすっかり日常が戻ってきた。
大人の男衆に全く人気のない隔日の勉強会は、そのまま続けており、仕事面でも、唯一の商いである炭焼きは木材の切り出しと合わせて与作さんに任せきりで全く問題がない。
門前での商いも、梅雨入り前から任せている幸代さん夫婦に完全に任せ、今まで門前に数人で行っていた所を今は夫婦二人だけで行って貰っている。
なので、その分、数人の手が空いた訳で、俺は予てからの念願だった干物作りに挑戦することにした。
張さんに頼み付近の漁師部落から樽で鯵を買ってきて貰った。
魚の買い出しは、ここより南に向かったところにある漁師の部落に行くことにしている。
ここから最も近い漁師村は、日頃門前に向かう時に通る所にあるが、そこはなぜだか、我々には相性が悪く、時折嫌がらせまで受けることがある。
それに比べ、南の部落は、最初我々がこの辺りに住み着いた頃から色々と良くしてくれていた。
玄奘様と部落の長が懇意にしていたこともあったが、それだけでなく、部落の全員の人が良いのだろう。
なので、今回もそこまでちょっと足を伸ばして買い出しに行った。
荷車で大き目の桶をいくつか用意して、それいっぱいになるくらいの鯵を買い付けた。
値段もかなりおまけをして貰えた。
早速俺は、新たに仲間に加わった家族の女将さんたちに、珊さんに用意してもらった作業台で、その鯵を干物用に捌いて貰った。
その様子を見て、そのまま任せても大丈夫と判断し、俺は、葵たちに頼んでいる塩作りの現場から、火にかける前の濃縮された海水を分けてもらい、開いた鯵をその海水につけて簡単に洗い、干していった。
虫などがたからないように見張りを頼み、2日ばかり干してみた。
見た感じにはいい感じで干物が出来上がり、このままでも売り物になりそうだったが、まずは、色々と実験が必要だった。
できた鯵の干物を次の勉強会の時に火で炙り、みんなで食べてみた。
味は少し塩辛かったが、すこぶる評判が良かった。だけれども、いくつかの問題も発見された。
まず、作った干物をどうやって運ぶかということだ。
それに最大の問題は、干物の消費期限だ。
一夜干しは味としては最高なのは分かったが、やはり常温それも夏の炎天下では日持ちせずに傷みだした。
火を通して食べることを前提でも2日が限界だろう。
とりあえず、傷みだした自作の干物は良さげのものを選んでみんなで美味しく頂きました。
早めに気づいて良かった。
傷んで食べるのを躊躇したのはほんの数匹分だけで済んだ。
最初の失敗にめげずに再度実験を重ね、今度はかなりカリカリになるくらいまで干したら、充分に日持ちする干物ができた。
これならば安心して商いが出来るが不安も残る。
そもそも干物は平安時代よりも前に、そこら中で作られており、朝廷への貢物として献上されていたので、日持ちするものだ。
なので、輸送には問題は無いが、平安時代よりこれまで、高貴な人たちが食するもので、まだまだ庶民が楽しめるものではなかった。
庶民が干物を食べるようになったのが江戸中期頃とされている。
なので、この時代に、価格が手頃であれば食べるだろうか。
庶民が日頃から食べていないものを庶民にどうしたら売ることが出来るか考えると、行き着く先は実演販売しかないことに気がついた。
市で干物をそのまま販売する傍らで、七輪で焼いて香りを辺りに漂わせ、サンプルを配ってみようかと考えてみた。
そう、あのデパ地下などでやっているやつだ。
これならば効果は出るだろう。
それで、寺中を探し周り七輪を探した。
結論から言うと七輪などあるはずがなかった。
俺が思い浮かべているような七輪は大正時代に生まれたようで、箱型の持ち運べるような七輪でさえ江戸初期に作られたと、ある先生は教えてくれた。
せっかく俺らには素焼きなら簡単に作れる準備があるのだから、自作してみることにした。
簡単に壊れても問題はないが、怪我人だけは出したくない、というか絶対に出してはダメなので、厚めに作った壺のようなものをこさえた。
炭は売るほどあるから、作った七輪もどきを使って干物を焼いてみた。
周りにいい香りを漂わせ、味も悪くはない。
一夜干しに比べると当然俺の好みから外れるが、これでも充分に商品価値はある……と思う。
実際にこの時代での商品価値など俺は知らない。
ただの当てずっぽだが、多分問題はないだろう。
干物は古くからあるものだが、庶民が食べれるようになったのは江戸の中期と聞いている。
それまではやんごとなき方たちのご馳走だったとか、なので、時代の先どりではないがこれで勝負を掛けてみることにした。
俺は、これにかかりきりになる訳には行かなかった。
塩の生産に目処が付いているのだ。
次は販売だが、どうやって塩を売れば良いのか。
現代のようにビニールの袋に詰めて売れる訳はない。
まず、あの顆粒状の塩をどうやって運ぶかということだが、壺を作ってそれに入れて運べば良いわけで、その壺も今作らせてはいるが、小売となるとどうしても数に問題がある。
小さな壺を作っては見たが、それだとどうしても塩を売るにしてもその壺の費用も上乗せになるので、価格が合わないだろう。
必死に考えて、最初は已むを得ないが、次からの購入においてはその壺を持ってきてもらったら、決まった量の塩だけを持ってきて貰った壺にいれ販売するようにした。
どこかの遊園地で販売しているポップコーンの要領だ。
そうなると、量を計る升が必要になってくる。
堺や京などの大きな街ならば買えるだろうが、この辺りで買えるといいが、とりあえず桑名の市で探してみた。
俺たちは、運が良いのか、それともご都合主義の賜物か、ちょうど大津商人が桑名まで流れてきており、その商人が升を売っていた。
かなり高価だったが、迷わず数個を買うことにした。
本当にこの時代には、全ての物が貴重品のようで、何を買うのにもそれなりの値段がするのだ。
なので、自分たちで自作できればそれを売るだけでもかなりの利益を期待できたのだ。
俺たちの主力商品の炭だけでなく、塩や干物も利益が期待できる。
後は売る場所さえ確保できれば良いだけだが、俺たちは既に門前の市に場所を確保しているし、観音寺の城下でも販売することができるのだ。
まずは、門前の市で売ってみて様子を見ることにした。
既にいくつも作ってある小さめの壺に升で計って塩を詰めてもらい、手の器用な子供たちには竹で籠を編んで貰っている。
竹籠に笹の葉を敷き詰めその上に干物を載せ運んでみる。
これならばいくつもの籠を重ねることもでき、作ってある干物全てを運ぶことが出来る。
後は、少し形が悪いが七輪もどきを積んで準備完了だ。
明日は、久しぶりに門前の市に干物を売りに張さん達と行くことにした。
なので、幸代さん夫婦とは別に荷車を出すので、ちょっとしたキャラバンである。
当然のように葵と幸も付いてきた。
塩作りは、干物作りを協力してくれたご家族に任せたようだ。
難しくはないので、ご家族の子供たちが進んで協力してくれたそうだった。
昼前に門前の市に着いた。
早速店を広げるが、今日は干物の販売の実験なので、炭の販売スペースを思いっきり小さくさせてもらった。
大八車に見栄えよく干物の入ってる籠を並べ、その前に塩の壺も並べて売り始めた。
炭は既にお得意さんがついており、順調に売れていく。
塩も、生活必需品なので、徐々にではあるが売れ始めていった。
素焼きの容器も付けての販売がかなり好評で、時間が経てば経つほど飛ぶように売れていった。
で、肝心の干物はというと、なかなか売れない。
ここまでは予想通りだ。
塩の売れ行きが予想をはるかに超えて順調なのは嬉しい誤算だが、干物販売はこれからが勝負だ。
早速、七輪もどきに炭を入れ火をおこし、干物を炙り始めた。
とても良い香りが辺りに漂い始め、お腹がすいてきたこともあったので、サンプルの干物を配る前に昼ご飯と洒落込んで、焼いた干物をみんなで食べ始めた。
気が付くと辺りに人だかりが出来始めていたので、直ぐに別の干物を焼いて小分けにして少し配ってみた。
美味しいものには誰でも目がないのは洋の東西、時代をも超えて同じであるようで、魚の浜値の5倍の値段を付けていたのだが、それでも干物としては安かったのか、直ぐに売り切れた。
実験の結果は大成功であった。
これは商売になる。
昼過ぎには俺らの売り物は売り切れた。
いつも販売している炭も来客数が多かったのもあって、いつもより早めに売り切れた。
明日からは、塩と干物の増産の検討を始めないといけない。
門前でも干物も売らないと幸代さんたちがこれから困りそうだ。
もともとは干物は観音寺城下に向けて準備しているものだが、ここでの状況を考えると、ここでも卸さないとまずそうだ。
なので、門前の分とは別に観音寺向けの分も用意していくことになった。
なんにしても順調であった。
先行きに希望が持てた一日であった。
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