名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第七十四話 おかしな勝どき

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 翌朝になって俺はゆっくりと朝食を食べていた。
 既に、雑賀党の皆さんと、藤林様率いる伊賀組の皆さんは今朝早くにここ前線司令部を発ち戦場に赴いていった。

 なので、ゆっくりしているのは俺と俺についている百地丹波、それに九鬼様からの伝令役の数人だけだ。
 本当にここが前線司令部かと思うのだが、ここの仕事は何もない……いや、ひとつあった。
 食事を終えたら、俺はここの唯一の仕事にかかることになる。
 俺の仕事と言ってはそれしかないのだから。

「このあたりの草は食べてしまったようだね。」

「元々、牧草地ではありませんし、豊富な飼葉などありませんよ。
 あれば、この戦に持ち出されていますから。」

「そうだね、それじゃ~、今日は少し遠くまで散歩を兼ねて移動しますか。」

「ここには一人を残しておきますから、連絡は付くと思います。
 で、どちらまで足を伸ばしますか。」

「川原が見渡せる丘の上あたりまで行こうかと思っているのですが。」

「分かりました、留守番は任せておいてください。
 お気をつけて。」

 そう、今のやり取りで勘の良い方には分かったと思うが、俺に残された仕事とは、大砲をここまで運んでくれた牛の世話だ。
 なにせ、うちの連中はほとんどが家畜の世話をしたことがないのだ。

 俺もないのだが、誰かがしないといけないし、そもそも俺が連れてきた牛なのだから、俺が世話をしている。
 戦が終わったら大砲をまた戻さないといけないのだから、牛はここに止め置く必要がある。

 ポクポク……本当に長閑だ。
 今日は天気もよく、見晴らしもいいから遠くからでも川原が見渡せるだろう。
 前線司令部を置いている小屋から2時間ばかり山道をゆっくりと牛を連れて歩いて行った。
 丘の頂上付近につくと、辺は一面開け、草が豊富に生えている。
 牛の鼻に結んである紐の逆の一端をまばらに生えている木の幹に結びつけ、俺は川原がよく見える位置まで移動した。

 時折風に乗って鉄砲の音が聞こえてくるが、軍勢同士の衝突する音は聞こえてこない。
 まだ、北畠の軍勢は川原に着いてはいないようだ。

 妨害作戦の罠が有効に作用しているのだろう。
 行軍速度が一般に歩く速度よりも遅くとも、あの距離ならばとっくに着いていなければならないくらいの距離しかない。

 ここについて1時間ばかりした頃に、九鬼様の陣のある反対側の川原に北畠の軍勢が見えてきた。

「あれ、数が少なくない?
 昨日の報告では500を削ったって話だよね。
 今日はまだ半日も立っていないから、削れても300くらいの予想だったのに、あれ、1000もいないんじゃなの?」 と俺についてきている丹波少年に聞いてみた。

「ここから見た感じでは7~800っていったところでしょうか。」

「他はどこに行ったのかな。
 少なくともあと400はいるはずだよね。
 それに、あの軍勢、なんだか慌てていない?
 これから戦う気があるのかな~」

「どう見ても戦意があるとは見えませんね。
 敵がここまで来ていることを予測していなかったようですね。
 いるはずのない敵が急に現れたので、ひどく慌てているようですね。
 あ、見てください空殿。
 敵が慌てていながらも対岸に陣を敷こうとしていますよ。」

 俺は、ある考えが浮かんできた。

「ここから九鬼様の所に伝令を出せませんかね。」

「問題はありませんよ。
 私が急いで行ってきますから。」

「それじゃ~お願いしますよ。
 で、内容ですが『敵陣の後方に大砲を適当に打ち込んでください。』とお願いできますか。
 当てる必要はありません、脅しですから。
 それよりも絶対に本陣には当てないでくださいと伝令をお願いします。」

 それを聞いた丹波少年は直ぐに丘を降りていった。
 本当に早いな、箱根の山下りの記録でも作れそうな勢いだ。

 30分ばかり経った頃になって九鬼様の陣から敵である北畠の陣の後方に向けて大砲が打ち込まれた。
 適当な間隔で、まるで訓練でもしているような感じすらある砲撃だ。

 しかし、効果は途端に現れた。
 北畠の陣は大混乱に陥っている様子で、陣を構築していたはずの後方から、どんどん人が逃げ出していく様子がここからでも見えた。

 昨日からのゲリラ戦で元々戦意も乏しかったところに未知の攻撃がそれも大音量とともになされると、そこには恐怖しかないのだろう。
 戦場の恐怖に加えて未知の恐怖が加わるのだ。
 よほどの豪の者でない限りまず耐えられない。

 ま~初見殺しとでも言えばいいのだろうか。
 これで、今回の防衛戦は終わったな。

 しばらく見ていると、丹波少年が藤林様を伴ってやってきた。
 俺のところに着くと、直ぐに藤林様が報告をくれた。

「戦はまもなく終わります。
 元々、北畠の連中は松阪の大川内城にて一旦軍勢を整えてから一挙に田城城に攻め込む作戦だったようです。
 昨日からの我々の嫌がらせでほとんど戦もできないくらいに落ち込んだ戦意をどうにかする目的で、急いで大川内城を目指していたようで、川原に出て九鬼様の陣を見た段階で、戦は終わっていたようなものでした。
 止めは大砲が打ち込まれたことで、軍は崩壊して殿すら置かずに元来た道を引き返していきました。
 で、このあとどうしますか。
 定石では追撃戦となりますが、そうなると侍たちを打ち取ることになってしまいます。」

「追撃はしませんよ。
 引き上げましょう。
 今回の我々は防衛側で侵略側ではありませんから。
 でも、藤林様の配下の方には更なる仕事を頼みたいのです。」

「我々に?…
 何をすればよろしいのでしょうか。」

「北畠領内に流言を流してください。
 『足軽たちを弾除けにして逃げ帰った』とね。」

 俺と藤林様は『ニタ~~~』って悪人顔をして頷きあった。

 最後の北畠の軍勢が川原から引き上げたのを確認したのか、九鬼様の陣から勝鬨が上がった。
 でも、おかしな勝鬨かちどきであった。
 最初はバラバラに声を上げていたが、徐々に大きな声で揃っていった。
 俺が藤林様に聞いても、この勝鬨はおかしいですねと言っていた。

 後で聞いたら、彼ら九鬼様陣営は戦に勝ったのは分かったが、自分たちが勝鬨を上げてもいいか迷っていたそうだ。
 なにせ、ほとんど戦いをしていなかったのだから、正直戦場で、唯一戦っていたのは大砲を打ち込んだ少数に限られる。
 彼らに言わせると、なんともおかしな戦いだったと言っていた。

「さ~~、俺らも戻りましょうか。
 既に次の戦いは始まっていますよ。
 北畠から領民たちを開放する戦いが。」

 俺たちは直ぐに撤収を始めた。
 その日のうちに全員が一人も欠けることなく取手山砦まで戻ってきた。
 夜に急遽祝宴を開くことにして、張さんたちに無理を言って準備をしてもらった。

 夜の宴会では、戦の勝利後の欠かすことがない首実検は当然行われなかった。
 なにせ、一人も侍首をとっていなかったのだから、それに、今回の戦はできる限り人は殺さないことが目標だったために首実検はなかった。

 論功行賞も、微妙であった。
 なにせ、戦場での戦いはほとんどなかったので、誰が論功一番かわからない戦であった。
 通常、きちんと論功を称さないと士気にも関わるのだが、今回の最大の功労者は雑賀党の皆さんであることは衆目一致するところなので、そんなに問題にはならなかった。

 でも、きちんと仕事に対して、評価することはとても大切なことなので、誰ひとりの酔っぱらいの出ていない時に俺はみんなに、それぞれの将を評価した。
 きちんと計画通りの結果を出したことを評価したのだ。
 特に忍者働きをしてくれた人たちをみんなの前に出して、その働きに感謝を述べた。

 忍者の人たちはこのような公の席に呼ばれたことがなかったので、祝宴に呼ばれただけで感激していたところに働きを公に認め称されたのでその場で号泣する人まで現れた。

 その後俺はみんなに対して、 「俺は、武士ではありません。
 なので、武士の世界でのしきたりなど知りませんし、知っていてもそのしきたりに従うつもりはありません。
 なので、俺の下で仕事をしてもらう以上は知ってほしいことがあります。
 俺の評価は、最初の作戦に従ってきちんと目的を果たすことを評価します。
 当然、戦場では作戦通りには行かないことのほうが多いでしょうが、作戦の元になる目的を理解した上で行動をした人を評価します。
 今回の戦では、北畠の侍たちの領民に対する評判を著しく貶めることにありました。
 なので、大切だったのが、足軽たちを攻撃したけれども、侍たちには傷一つ負わせることなく領地に返すことなのでした。
 これから、逃げ帰った侍たちはどうなるか楽しみです。
 彼らは、領民である足軽たちを弾除けにして、逃げ帰ったのですから。
 そういう意味でも、足軽たちに攻撃をしても侍たちに怪我を負わせなかった雑賀党の皆さんを高く評価します。
 また、これからも流言等で活躍される忍者の方も同じように評価します。
 俺には侍の首に価値などないのです。
 これからの戦でも同様でしょう。
 難しいかもしれませんが、皆様にはこれからも戦の評価は戦の目的を理解して、その目的の達成を目指してください。
 ひとつの戦はそれだけでは終わりません。
 大きな戦略の元に行われるのです。
 今回の戦も同様で、北畠からこの伊勢の地を奪取するための最初の一コマに過ぎません。
 既に次の戦が始まっているのです。
 皆様にはしばらくは鋭気を養って頂き、しかるべき時に勇猛に戦ってもらえることを希望します。」

 俺の演説?を聞いたみんなは、最初理解ができなかったのか静まり返ったが、徐々に歓声が上がっていった。
 俺は、やってしまったかもと非常に焦ったが、どうにか俺の気持ちが伝わったと考えよう。
 多分、半分も理解はできていないだろうが、とにかく蛮勇を嫌い、侍首に価値を認めないことだけは伝わっただろう。

 みんなが俺の気持ちを理解できるように、まだまだ、あの評判の悪い勉強会の必要性も強く感じた一瞬だった。
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