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第三章 伊勢の戦国大名
第七十五話 後始末
しおりを挟むさ~、戦の時間は終わった。
次は政治の時間だ、外交の時間と言い換えてもいい。
かのプロイセン(ドイツ)の名将であるクラウゼヴィッツの著書『戦争論』に有名な記事がある、それは「戦争とは他の手段を以ってする政治の継続である」という名文だ。
戦の次には政治が、外交があるのだ。
尤も我々にあるのは謀略だけかもしれないが、謀略だって政治の手段だ。
そう我々はこの伊勢の地に、善良なる庶民が安寧に暮らせるようにすることを目的として、それを邪魔する勢力を駆逐するために動いているのだ。
そのための、最初にこの地での最大勢力であり、庶民の平和な暮らしにとって害しかなさない北畠家の排除もしくは殲滅の為に戦ったのだ。
今回の戦は伊勢の地で行われたが、本質は志摩の防衛戦だ。
次からが本格的に北畠を排除していく。
しかし、いくら頭の中がお花畑のような連中しかいないといっても相手は歴史ある名門だ。
何も対策せずにこのまま戦を仕掛けたら、京都あたりから色々と邪魔が入ることは、過去の歴史??未来か、今俺が置かれている状況なら未来になるがややこしい。
話を戻して、俺が知っている歴史では信長ですら滅ぼすことができなかったくらいだ。
信長の場合には、自分の子供を養子に出して北畠家を乗っ取る形で収めたが、そんな悠長な手段は我々には使えないし、使うつもりもない。
しかし、何も手段を講じずには攻め込むことも難しいのは変わりない。
なので、京都が文句を言い難くする手段を講じるのだ。
既に、第一弾は放っていた。
藤林様に依頼して、幕府の木っ端役人に今回の謂なき戦について北畠に対してペナルティを課すようにお願いを出しておいた。
当然、幕府も朝廷も動くはずはないのだが、我々には非のない戦を北畠からふっかけられてきたのだ。
そのことも含めて京都の街に流言を流しておいた。
当然、今回の戦を終えたので、京都に対して、不当な戦を仕掛けてきた北畠を糾弾するように今度は上層部にも伝わるように抗議文を提出した。
その時に、北畠からの使者が言っていた『力がないから九鬼一族を排除した』と言っていたことも合わせて文書で幕府と朝廷にそれぞれ提出したのだ。
当然無視されることを前提にだ。
なぜかって、それはこのあと俺らが北畠を攻めるからだ。
??……まだ納得がいかないようだから説明しよう。
俺らが北畠を伊勢から駆逐したら、流石に幕府や朝廷は我々に対して不当に占拠した伊勢を北畠に返すように圧力をかけてくるだろう。
何も事前に手段を講じずに攻め込んで占領したのならば、ヘタをしなくとも朝敵扱いで今度は我々が悪者となって周りから攻め込まれて終わる未来しか見えない。
なので、我々は北畠と同じ手段で戦を行ったら北畠が伊勢から逃げ出したとなるようにするのだ。
どんなときにでも色々と言ってくる連中はいるだろうが、北畠には許して、我々には制裁がなされるとなるとおかしいという世論を作っていきたいのだ。
世の中の政治が公正になされているとは言うつもりもないが、しかし公(おおやけ)に不正で動けない。
明らかに非が北畠にあるように世論に訴えていくのだ。
どんな時代でも政治はある力学を持って働くので、それでも占領後の伊勢の返還を求めてくるのは分かっている。
そこで、太古の昔からわかりやすい理由でこれを防げばいい。
政治の力学を持ち込ませないのが我々に残された唯一の手段だ。
それは、北畠が正当性もないのに、それも統治において何ら非もない九鬼一族に対して攻撃を加え、九鬼嘉隆様の兄を討ち取ったのだ。
当然の権利として、一族の仇討のために、返還を求めるには北畠具教親子の首を要求する。
彼らには絶対に飲めない条件だ。
なので、占領した伊勢の地は返せないという理屈だ。
政治情勢が色々とややこしい難しい地の国盗り合戦にはできないのだ。
信長のなんとかというゲームなどでは攻め込んで占領したらオシマイなのに、現実はそう簡単にはいかない。
とにかく名門はめんどくさい。
早速、藤林様が配下を使って動いてくれた。
なので、俺は次の戦に備えて準備をしていくのだ。
何よりも今回は防衛戦なので、少ない兵士でも勝てたが、次は占領戦だ。
戦術をきちんと立てておかないと夢物語になってしまう。
俺らは軍勢をこの地から引き上げさせ、防衛の前線司令部をおいてある取手山砦に戻ってきた。
この砦に戻り、本格的に伊勢攻略の準備を始めた。
藤林様率いる忍衆には、伊勢の全土に『北畠具教自身が仕掛けた戦において、志摩勢に対して何もできずに尻尾を巻いて逃げ出した。
その際に、我が身可愛さから、自身の領民を弾除けに使い、自分たち侍だけが怪我を負わずに逃げ帰ることができたが、弾除けにされた領民たちは皆大怪我を負って苦しんでいる』という流言を流してもらった。
ボンクラの上に残酷で、領民のことなどこれっぽっちも考えない酷い領主だという印象を伊勢の地全土に蔓延させるのだ。
負けた北畠は、今度は自分たちが攻められるかもしれない恐怖を持っているはず。
しかも、今回の負け戦での被害は大きかったはずだ。
当然領地防衛のために戦力の立て直しを図る。
そのためには銭がいる。
しかし、銭などそうそう余分に持っているはずはない。
となると領地に対しての増税が課される。
ここまで行けば我々にも勝機がある。
というか、ここまでさせないと我々だけでは伊勢の占領はできない。
我が軍勢に悪政に苦しむ領民救済のための解放軍としての顔を持たせるためだ。
我々は、不当に殺された一族の仇討と、苦しめられている領民救済のために軍を起こすのだと印象づけるのだ。
これは、伊勢の地だけでなく付近一帯と京都にもそのように印象付け、なし崩し的に伊勢の領有を認めさせる戦略だ。
それもこれも、素早く圧倒的に伊勢を占領しなくてはならないので、九鬼様たちと雑賀党には引き続き戦力の増強をお願いして、この場の打ち合わせを終えた。
藤林様には、京都と伊勢の工作に全力を注いでもらった。
でも、藤林様とてスーパーマンじゃない。
伊賀全ての忍者を使っても難しい工作になるのに、伊賀は藤林様と対立する勢力が治めているために、藤林様について伊賀の地を出たわずかばかりの忍者しかいないのだ。
どうしても力不足は否めない。
京都と付近の大名に対しての印象工作が弱すぎる。
俺は、借りは作りたくはなかったのだが、戦国のチート大名である松永弾正を頼れるか探りを入れることにした。
どうせ、今回のことも情報が上がっており、俺のこともバレているのだろうから、こちらから挨拶と報告に上がることにした。
その場合に九鬼嘉隆様を連れて行くかどうかで悩んだが、藤林様を九鬼様の家老扱いで付いてきてもらい、今後の対応について松永弾正と話し合いを持つことにした。
一応、九鬼様に信書を作ってもらい、それを持参することにした。
当然信書の中身は俺と藤林様とで考えて、九鬼様には花押だけもらった。
なんでコミュ障気味の研究しかやってこなかった元大学生で小学生くらいの外見の俺が、戦国時代のチート武将と政治対決を図らなければならなくなったのかと、自身の運のなさを恨んだが、これまでの経緯から逃げることは許されないので、諦めて大和行きの準備を始めた。
準備をするために俺らは一旦三蔵村に戻り、俺らが扱っている商材から土産になりそうなものを選んで準備を始めた。
ちょうど近くまで戻ってきたので、俺は三蔵寺に玄奘様を訪ね、一緒に願証寺の上人様の下に向かった。
前線基地を松阪に作る際に世話になったことのお礼と戦の報告を兼ねての訪問だ。
上人様には直ぐにお会いでき、先の戦についての上人様のご尽力にお礼を申し、戦の結果について報告した。
あまり褒められた作戦でないことは俺自身理解しているが、それこそ『悪人をや』ってやつじゃないが、悪人になることを恐れずに綺麗事で戦をしていないことまで包み隠さずに話した。
俺は、この恩ある二人には隠し事をせずに報告してきたし、これからもできる限りの報告をしていきたい。
信長が、ここ願証寺を取り囲むまでは、絶対にふたりの信用を無くしてはならないのだ。
上人様はただ黙って俺の報告を聞いていた。
今後の作戦についても何も言わずに聞いてくれただけだ。
ただ最後に一言
「今が踏ん張り時かもな。
だが、一人だけで頑張らずに仲間を頼れよ。」
とそれだけを言ってくれただけだ。
でも、今の俺にとってこれほどありがたく心に染み入る言葉はなかった。
いつしか俺は泣いていたのかもしれない。
今まで生きてきた中で、心を通わす瞬間など無かった俺が、俺の心情を汲み取ってくれ、なおかつ勞(いたわ)ってくれる人が身近に居ることがこれほどありがたく感じたことがなかった瞬間だ。
一緒にいた玄奘様もただ黙って俺の肩を優しくポンポンと叩くだけだった。
たったこれだけのことなのに言いようのない幸せを感じていた。
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