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第三章 伊勢の戦国大名
第八十四話 崩壊の兆し
しおりを挟む俺らは菩提山城を出てから観音寺の自分たちの拠点である伊勢屋に向かった。
菩提山城は美濃と近江の国境に位置しており、そのまま山を降りれば近江にすぐに入ることができる。
この辺は美濃から京に抜ける重要な街道が走っており、菩提山城からすぐにその街道に出ることができた。
その街道を進めば本当に直ぐに近江に入ることができる。
しかし今の近江は実質北と南の二つに分かれて互いに敵対していた。
なので、街道通りに進んでも観音寺までの間に関所ばかりが多数有り、金ばかりかかってなかなか進めない。
商人がこのルートを使いたがらない訳が良くわかった。
だからなのか、俺らの八風峠を通る商人は決まってこのルートの整備を願ってくるわけだ。
このルートは国境をまたぎ尚且つ途中の所有があやふやなために今まで誰も整備などしてこなかったので、道が荒れ放題だった。
俺らが利用するに不便なために少しずつ整備をしていたから俺らに要求を突きつけてきたのだろう。
俺らだって自分たちが使うのだから整備するにやぶさかでないし、実際にその整備も行っているのだから、『早く整備しろ』とやたらにせっつくのはやめてほしい。
俺にだって都合ってものがあるのだから……と思っていたが、このルートで荷を運びながら通ると本当にめんどくさいし、金が掛かるのがよくわかった。
商人たちがやたらにせっつく気持ちも理解できた……でも整備は少し後回しになってしまうだろうな。
俺らにだってできないことはたくさんある。
商人たちの気持ちを理解できたので、余裕が出来たら最優先でするということでって俺に言い訳をしてもしょうがないか。
そんな気持ちを抱えながら観音寺にある伊勢屋に到着した。
菩提山城から60kmもない距離なのにそれも下りくらいしかない山道と湖畔の平坦な道でしかなかったのに途中の彦根で1泊しないと到着できなかったのには不満が残る。
せっかく立派な街道なのに満足に通れないのはいかがなものだろうか……本当に何度目かわからないけどこの戦国の世の非効率的な仕組みにはホトホト参る。
愚痴ばかり言ってもしょうがないので元気に伊勢屋に入っていった。
店に入ると店主を任せている茂助さんが取手山砦にいる藤林様からの手紙を持って俺のところにやってきた。
「空さん、藤林様から手紙と伝言を預かっております。
できるだけ早くにお会いしたいと言っております。
これがお預かりしました手紙です。」 と言って俺に手紙を渡してきた。
少しくらい休ませて欲しかったが、何やら急いでいる様子で、緊急事態でも発生したかな。
俺は今回の旅でほとんど商売ができなかったために余った商品をロバと一緒に茂助さんに渡して手紙を受け取った。
最近俺がくずし字の読めないことが周りに露見してからは、村で回る手紙の類たぐいはきちんとした教科書のような字で書かれるようになっていた。
当然今回もらった手紙もそうで、俺でも読める手紙を受け取り読み出した。
あまりありがたくない内容だった。
まだ夏前でやっと田植えが始まるかという時期なのに藤林様が監視をしている北畠の領内の崩壊が始まっていた。
手紙には藤林様が監視を続けている松阪周辺の村のうち比較的小さな貧しい村のいくつかで餓死者が出始めていると言ってきた。
また、配下の忍びからの情報として、松阪周辺でなくとも例えば安濃津周辺でも同様に貧しい村から崩壊が始まっているようで、同様に北畠の全土で緩やかに崩壊が始まっているようだと言ってきていた。
自分たちの予想よりもかなり早い崩壊の始まりで、できるだけ早急に対応についての話し合いがしたいと手紙には結ばれていた。
北畠の崩壊そのものは我々としては歓迎なのだが、領民を巻き込んでの崩壊となると喜べるものではない。
人道的見地からだけでなく、自分たちの領地にも難民としての問題も発生するので、速やかな対応策が必要となってくる。
直ぐに取手山砦に向かって関係者を集めての打ち合わせが必要となった。
俺らは休むまもなく取手山砦に向かった。
ここ観音寺からはいつもの八風峠を通るルートが一番早く取手山砦に到着するので、そのルートで向かうことにした。
途中の峠で付近の状況の様子などの情報も仕入れ、3日で取手山砦に着いた。
すでに砦では藤林様が九鬼様を交えて情報の交換を行っていた様子で、志摩も含めて付近の状況の分析を始めることになった。
自分たちの足元は、商いからの収益を使って十分に食料を集めていたので、状況的には良好とも言えるが、伊勢の地は昨年の嵐の影響もあってか昨年の収穫の不良もありかなり厳しい様子であった。
そのような時に無理をして我々との戦を行って大事な兵糧をそれも多量に失うことになり、それが祟ったようだった。
同じ伊勢を領している神戸家はまだ崩壊というわけではなく、戦ができないくらいの状況なので、こちらからちょっかいをかけなければどうにか収まっているようなのだが、北畠はいけない。
戦前に無理矢理に兵糧を集めたのもいけなかったのだが、そのあとが致命的となっている。
大量の兵糧を失ったあとに、攻め込まれる不安からさらなる税として無理やり兵糧を集めたようなのだ。
もともと領民たちも昨年の不良から夏を越すのに不安があり、我々の領地である志摩での乱取りをかなり期待していたようなくらいだったのだから、当てが外れ、かつ、さらなる徴税では無理も出よう。
最新の情報では松阪の街の様子はかなり不穏当な空気が流れており、いつ打ち壊しが起こっても不思議の無い様子で、商人たちは徐々に財産を他の地に移す準備をしているそうだ。
しかし、そんなことをやれば一挙に打ち壊しに繋がりかねないのに、その地を領している大川内氏や日置氏は現状何もしていない様子だ。
まずいよ、まずい。
非常~~~~にまずい。
どこか一箇所でも打ち壊しがあれば、一挙に広がりかねない状況だ。
もし、そんなことにでもなれば、下手をすると長島も暴発する。
そんな事が起これば、どこよりも早く伊勢の地が無法の地となってしまう。
天正年間の加賀のように、一向宗徒が伊勢を押さえればその後の日本が本当に不幸となる未来しか見えない。
今長島が暴発すれば、信長どころか誰にも抑えることができない。
そう、誰にも……本願寺でも下手をすれば抑えることができなくなる。
それだけは絶対に避けなければならない。
俺は方針を大きく変えた。
一挙に伊勢を落とすのではなく、暴発しそうなところを全て抑えていくことにする。
今なら、兵力よりも大量の食料を持ち込めば民は抑えられる。
その後北畠をどうするかだ。
自衛隊の災害救助じゃないが、とりあえず災害救助として食糧を持って乗り込み治安を俺らが回復させる。
当然北畠からは返還の要請が来るので、費用を請求して、費用が払われれば駐留している領地を返還することにした。
どうせ彼らじゃ支払えないのだから。
これは案外いい手かも知れない。
えげつないけど、借金のカタとして押さえただけで占領していないと強弁できるのだ。
その上で住民の協力を仰ぎながら兵力を整えていく。
この方法ならば夏前には安濃津周辺までは抑えることができそうだ。
船を使って遠く九州から東北まで兵糧を出来るだけ安く大量に集めることに方針を変え、みんなに協力を求めた。
「領民を助けよう。
その前に北畠に現状について治安を回復するように要請をかけよう。
被害が隣国にまで及ぶのでどうにかしろと。」
「そんな要請など無視されますよ。」
「無視されることは計算のうちに入っている。
できるならばとっくにしているはずなのだが、できずにいるから治安が悪くなっているのだ。
でも、我々に被害が出ているけど、本来の領主が何もしないのでは、しょうがない。
我々は自分たちの領民を守るために隣国に介入するのだ。」
「でも、空殿。
我々が占領したら、北畠は幕府や朝廷を使ってでも返せと文句を言ってきますよ。」
「もちろん、返せと言ってきたら返すさ。
我々が支払った費用や兵糧をそれも利息をつけて返してくれたのならね。」
「「「「は!」」」」
その場にいた全員が一斉に悪人の顔になった。
俺の言わんとしたことが理解できたようだ。
我々にあって今の北畠にないものだ。
金については断然我々の方が持っている。
足りなければ堺から借金をしてもいい。
我々には船がある。
九州や東北まで足を伸ばせばここよりは断然安く兵糧をかなりの量集めることが出来る。
今の我々の財力でもどうにかなりそうだ。
一挙にやるわけじゃないので、一度に大量に物資も必要とはならないが、占領は計画的に行うしかないだろう。
問題は占領地の維持だ。
兵を集めることはできても将はいない。
やはり拝み倒してでも竹中半兵衛を引き込まないと簡単に詰むな。
ここまで手を広げてしまったんじゃ後戻りはできそうにない。
ギャンブルだがこのまま進めるしかない。
どこかで人材の折り合いをつけなければ、この自転車操業のようなギャンブルは詰むな。
その最初のギャンブルが竹中半兵衛だ。
彼を仲間にできるかどうかで、このあとの展開が大きく変わる。
というよりもできなければ詰んで『 The end 』というやつだ。
『Game over』とも言うな……考えないようにして俺は自分の仕事をしていこう。
でも……この先どうなるのだろう……いかん、いかん。考えない、考えない。
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