86 / 319
第三章 伊勢の戦国大名
第八十五話 松阪占領
しおりを挟む俺はとりあえず取手山砦に残り、懸案の北畠の領地の様子を伺うかがった。
もちろん、直ぐに北畠具教とすぐ隣の松阪を領している大川内と日置の両氏に対して、早急に領内の治安維持と領民の保護をするように、かなり強い口調の手紙を送りつけ揺さぶりをかけていた。
正直、今何か起こるのは勘弁して欲しいのだが、俺の希望は望み薄だ。
こっちが準備も整わないうちに出張(でばる)必要が出てきそうだ。
俺の出した手紙の反応は、いずれも受け取りを拒否されて、当然領地や領民に対しての対応も何もされてはいなかった。
直後に、これまでの経緯を朝廷や幕府に申し出て、北畠の対応を批難するとともに秘密裏に同盟を結んでいる松永弾正にも俺の計画を添えて知らせておいた。
このまま政情が保ってくれればよかったのだが、直ぐに問題は起こった。
お伊勢参りの中継地として比較的栄えていた松阪の街で地元の有力商人が荷物をまとめて逃げようとしているのを街の人が見つけ、見つけた領民たちはそのまま襲ってしまい、案の定松阪の街で勢いがつき、打ち壊しにまで事態が悪化していった。
早い話が松阪で一揆が始まったのだ。
松阪を領しているはずの大川内、日置の両勢力は事態の収拾にかかる……はずなのに何もされていない。
一揆が起こっているのに、そのまま何もしていないのだ。
さすがに、これはおかしい。
俺は危険を承知で、藤林様に大川内城と松ケ島城の両城を調べてもらった。
俺も薄々そんな気はしたが、これには呆れた。
両城とも殆どの人が逃げ出しており、城には留守番しかいなかった。
平和な時代でも、そこまでの無用心はないだろうというくらいの無用心ぶりで、武士と言われる人たちは全員がおらず、いるのは付近の村から城に手伝いに上がっている数人しかいなかったと報告を受けた。
この状態をそのまま放置するわけには行かず、俺は決断を下すしかなかった。
この取手山砦にある兵糧をすべて持ち出し、松阪一帯の治安の回復に向かわせた。
幸い一揆勢は松阪の街から出ておらず、俺らが兵を連ねて町に入ると直ぐに落ち着きを見せていた。
俺は、街の中心で急いで炊き出しを始め、触れを松阪周辺の全ての村に出した。
自衛隊ならぬ九鬼勢力の治安出動及び災害救助活動もどきを始めた。
三蔵村にも連絡を出して字の書ける子供たち全員を呼び出して、領民に対して兵糧米の配給の準備にかかった。
とにかく大事な田植え時期にきちんと農作業ができるように当面生活ができるくらいの兵糧米を各村々に配給を始めた。
配給にあたっては村長に村の人数を申告させて、人数に対して一定の量を配るようにした。
この時、大活躍を見せたのが早くから寺で文字や計算を学ばせていた年長の子供たちで、配給米を取りに来る村の人たちの記録を取り、また、配給米の量などの計算を一手に行ってもらった。
こういった作業になると、今いる大人たちでは全く戦力になっていない。
子供たちが一生懸命に配給を手伝っているのを見た村の人たちも、さすがにみっともない姿を見せたくないのか素直に子供たちの指示に従ってくれ、配給は滞りなく済ませることができた。
また、配給米を取りに来ていた村人たちに対しては、援助はこれ一回でなく、みんなが収穫するまで続けること伝えることで安心させた。
今回の配給は取手山砦に蓄えていた兵糧米だけでどうにかなったのだが、これだけでは今後必要とされる分の全てはさすがに足りそうになく、直ぐに持ち船全てを使って各地に食料を求めて出航させた。
かなり綱渡りの状況だが、とにかく今は食料を集めることに全力を尽くした。
松阪周辺は俺らの救助活動が幸いしてか速やかに落ち着きを取り戻し、これ以降この周辺では餓死者は出なかった。
このあたりの治安も回復したので、藤林様に拠点を松阪の街に近い松ケ島城に移してもらい、このあたりの領有を始めた。
とにかく緊急事態といった状況は脱し、俺がこの地を離れても大丈夫な環境が整ったので、俺は直ぐに長島の願証寺に向かった。
願証寺に着くと俺は早速上人様を訪ねて、伊勢周辺の一向宗の寺の住職を紹介してもらった。
伊勢の特に松阪周辺の一向宗の寺の住職に対して、上人様から食料の供出をお願いしてもらった。
上人様は直ぐに俺の意図を察し、願証寺の住職との連名でかなり強い口調の要請の手紙を出してもらえた。
人の不幸に幸いとは表現できないが、今回に限り我々に有利に働いたのが、願正寺の住職が昨年の永禄7年2月に49歳で死亡しており、今は彼の息子の証意が28歳の若さで継いでいた。
なので、願証寺は上人様を始めご重役数人が住職の後見人としてかなりの力を持っていたので、俺の要求に対して、願証寺として支配下の寺に対してほぼ命令に近い形での要請の文書を出してもらえたのだ。
俺は出してもらった文書を持って、一度三蔵村に戻り三蔵寺の玄奘様を連れて松阪に取って返した。
松阪では玄奘様を連れて件(くだん)の寺に赴き、兵糧米を供出させ、この事実を以って、松阪周辺の寺を今度は藤林様も軍団と一緒に連れて周り、宗派を問わずに全ての寺から兵糧米を借りに周り、無事兵糧米の借り受けに成功した。
この時代だからか、どの寺もかなりの量の兵糧米を蓄えていたので、集めた兵糧米はかなりの量になり、緊急に兵糧米を集める必要性はなくなった。
ここに来て初めて俺らは落ち着くことができた。
本当に薄氷を踏む思いの数日間だったが、当面の危険は去ったといっていい。
この後は、北畠の出方を待つばかりなのだが、厄介なのが、ほかの地域もここと大差がなく、いつ暴発するか時間の問題で、北畠との対応と両面の対応を迫られる危険性は残る。
本当に悩ましい限りだ。
「で、この後どうしますかね。」 と九鬼様が集まった一同に声をかけてきた。
「当然北畠あたりから文句の一つも来るだろうな。
その対応については決めておかねばならないな。」
「最悪、戦もありそうですしね。」
「あいつらに戦なんかできるのか。
戦ができるくらいならば、夜逃げ同然で逃げ出さなかっただろう。」
「でも、我々が占領していたら面白くはあるまいて。」
「意地でも攻めて来るやもしれないな。」
「攻めて来る前に朝廷あたりから何か言ってきそうですしね。
あいつらあれでも名門の出だ。
簡単に幕府や朝廷を動かすだろう。」
「空殿、どうしますかね。」
「決まっていますよ。
返せと言ってきたら素直に返しましょう。」
「「「「え~~~~」」」」
「でも、その前に我々が出した兵糧や費用は請求しますよ。
占領している領地を返すのは彼らがきちんと払ってからですね。
それまでは借金のカタに占領は続けますよ。
あいつらが払う保証がどこにもないからね。」
「幕府や朝廷が何か言ってきたらどうしますか、何か考えがお有りですか。」
「同じですよ。
幕府でも、朝廷でも代わりに立て替えて払っていただけたら返せばいいんですよ。
どちらもきちんと支払いを済ませてもらってから返却するとお答えすればいいんですから。」
「そんなんで大丈夫ですかね~」
「わかりません。
わかりませんが、踏み倒そうとすればその時点で幕府も朝廷も権威を著しく落としますから、早々無理は言ってこないかと思いますよ。
今の幕府も朝廷も持っているのは権威くらいしかありませんし、その権威も失くしたらどうにもならないことくらい分かりそうなものですしね。
大体、こうなる以前に幕府や朝廷にどうにかしてくれときちんと文書を出していますから彼らだって動きたくとも動けませんよ。
それよりも問題なのがほかの地域の状況がここと全く同じだということなのです。
いつ他でも一揆が起こるかわかりませんよ。
そっちのほうが心配です。
早くここいらを完全に落ち着かせ他にも対応できるようにしておきましょう。
藤林様は引き続きほかの地域の監視を続けてください。
今回の反省もありますし、ほかの地域の観察では領主の動向もきちんと把握しておいてください。」
「確かに今回は驚きましたね。
まさか逃げ出していたとは思いませんでしたよ。」
「今ではここを占領したので隣になってしまいましたが、安濃津周辺でもあまりここと変わりはありませんよ。
それよりもここの救済が伝われば自分たちも助けてくれと言ってくるやもしれませんね。」
「むしろ言ってこないと考える方がおかしいでしょう。
彼らは既に瀬戸際に立たされておりますから。
誰が領主でも彼らにとって問題ではないでしょう。
誰でもいいはずですよ、助けてくれる人ならばね。」
「幸いここには寺からの借り受け米がかなりありますから、ここと同じくらいの救済ならばすぐにでも可能ですね」
「それだけが救いですね。
直ぐに動けるようにしておいてください。
どうせ夏までは保たないでしょうからね。」
今の俺は、恐ろしいくらいの人材の不足に恐怖している。
一時的な占領としているが、ここを完全に自分たちの領地とすることには変わらない。
やはり武将クラスの補強が課題だ。
北畠領内での調略はありえない。
今までの彼らとのやり取りで欲しい人材は一人もいなかった。
むしろいらない人ばかりだ。
やはり竹中様を落として彼の一族全部を取り込まないとこの危機は乗り切れそうにない。
ここを落ち着かせたら、今度は藤林様か九鬼様を連れて根性を決めて調略に当たらないと、俺らに明日はない。
既に賽さいは投げられているのだからやるしかない。
気をつけるのはやる順番だけだ。
優先順位だけを気をつけて自分の役割を演じるそれしかないな…は~~~~~~。
20
あなたにおすすめの小説
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜
涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。
ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。
しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。
奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。
そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる