名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第八十八話 破綻寸前

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 打ち合わせを終えると俺ははたと困った。
 ここ松ヶ島城で俺のやることがないのだ。
 ここでの仕事は付近の監視か謀略の下地作りしかない。
 なので俺の出る幕はない。

 明日竹中様が一旦菩提山城に戻るというので、俺も一緒に三蔵村に戻ることにした。
 本当にしばらく村に戻ってきていなかったので、一度三蔵寺に行き経過の報告などと願証寺の近況などを聞きに玄奘様を訪ねてもいいかなとは思っている。

 竹中様は来た時の経路を逆に移動するというので、三蔵村までは一緒に移動できるし、三蔵村からは毎日出ている定期便と一緒に近江まで移動できる。
 藤林様配下の者がお供として警護に当たるが、近江まで出てしまえばあのあたりは政情も安定しており旅人の移動には問題はない。

 尤も常に六角氏と浅井氏との間で小競り合いがあるのでいつ何時政情が不安定になるかもわからないが、ここ数日の単位では全く問題はない。
 それに菩提山の近くまでは我々のキャラバンも一緒に行動しているので竹中様の安全は確保できる。

 こちらに戻る時には、面倒でも一旦観音寺にある伊勢屋を訪ねてもらうことになっている。そこから堺を経由して堺~三蔵村の間を結ぶ定期航路を走っている我々の船に乗ってもらい賢島まで来てもらう手筈になっている。

 引越しの荷物が多く、また大所帯になっていてもこのルートならば行商隊の一行と何ら変わらないので安全に移動ができるそうだ。
 このルートを提案してくれたのが雑賀孫一さんで彼の配下で商いを司っている紀伊乃屋さんのルートを使い堺まできてもらうのが最も安全だと言っておられた。

 確かに紀伊乃屋さんだったら大きな商隊をいくつも行き来させているだろうし、それが一つや二つ増えたところでどこも変には思われないだろう。
 それに以前お借りした紀伊乃屋さんの屋号を記した目印もお借りしているので途中にある関も難なく通れると孫一さんは保証してくれた。

 この時代軍勢に限らず人がまとまって動こうものならとにかく目立つ。
 土地の勢力に目をつけられればどんな因縁をつけられるかわかったものじゃない。
 それに竹中様一族の移動は美濃の斎藤勢にとっては調略されての移動なので、半ば罪人が逃げるようなものだ。
 許す訳にはいかないだろう。

 幸い竹中様の領地である菩提山は近江都の国境にあり簡単に美濃を抜け出せるが、途中の浅井領や六角領を通る時に捕まれば通報されるかもしれない。
 勢力の争いに巻き込まれないように捕まえて送り返さないとも限らないのだ。

 こういう時には慎重に誰にもわからないように動くに限る。
 我々には堺に強いパイプもあり、有効に活用すればまずばれずに移動できる。
 堺までくれば、我々には最大の強みである高速船がそれこそ毎日は言いすぎだが頻繁に堺との間を行き来している。
 特に帰りの便はいつも空荷なので、引越しにはもってこいだ。

 竹中様の見立てでは引越しが終わるまでにはひと月もあれば大丈夫とのことで、それならば本格的な伊勢侵攻には間に合いそうだ。
 とにかく準備が出来たものから順次移動することになっているので、竹中様本人は1週間もかからずに菩提山を出る事になっている。

 とにかく竹中半兵衛の調略に成功し、また、一族全員の引き抜きもでき、その一族の移動も心配ないとなればここには俺の仕事はなくなる。
 俺もしばらくは伊勢の攻略については何も仕事をしなくてもいい状態になるので、しばらく放っておいた三蔵関連の仕事をしようと思っている。

 特に新たな商いについてや干物の増産についても何かしらの手当をしないと本当にあちこちから怒られそうだ。
 気持ちを切り替えて俺らは船に乗り三蔵村に向かった。

 基本、今までの伊勢侵攻は武力によるドンパチは無く、謀略によるものなので静かに攻略そのものは進んでおり、表面的にはこの辺は平和そのものだ。

 船が村に着くと丁度観音寺に向けての行商隊が出発するところだったので、行商隊に竹中様を預け港で竹中様たちと別れた。
 俺はそのまま三蔵寺に向かい、玄奘様を訪ねた。

 俺が三蔵寺の山門をくぐるとものすごい威圧感を感じた。
 山門の先にはものすごい形相の女性が二人俺らの進路を塞いで待ち構えているのだ。
 俺は恐怖に駆られ、直ぐに回れ右をして山門を出ようとしたところで声をかけられた。

「お帰りなさい、空さん。」

「これからどちらに行かれますのかしらね。」

「た、ただいま。
 げ、元気にしていたようだね。」

「え~~、とても忙しく元気に仕事をさせていただきましたよ。」

 このあと俺はものすごい形相で怒っている葵と幸に捕まりそのまま寺の中に引き摺り込まれた。
 数刻は正座させられお小言を頂いた後にやっと解放された。
 確かに緊急事態で物事が動いていたので、慌ててここを出てからしばらくここに戻れなかったが、その後ここも大変だったようだ。

 とにかくこの辺はまだ戦や一揆などといった物騒な問題は出ていないのだが、それでも山間部等では南伊勢と同じように飢饉が始まり餓死者も出始めているようだった。
 その影響もあるのか干物や塩、それになぜか炭といった生活必需品の需要が高まり、あちこちから引き合いがあったそうで、その手配でてんてこ舞いだったとか。

 俺が張さんも連れて行ったので全体の調整を葵が幸に手伝ってもらいながらあちこち回っていたそうなのだ。
 なのであの形相で怒っているのも俺には理解ができた。

 観音寺での干物の要求は鬼気迫る勢いで、俺は増産の空手形を出してその場を収めたが、堺からの要求も似たようになっているのだとか。
 今では作る傍からどこかに運んでしまう勢いで、俺がここを離れてからは自家消費分も全て出荷して対応している状況だと説明を受けた。

 これは本当に腰を据えてかからないと村が崩壊してしまうので、俺は覚悟を決め対応に入った。

 まず、状況の整理で、どこからどれだけの要求があるのか調べてみたが、全くわからないとの返事で、幸が言うには「あるだけよこせ」と観音寺と願証寺の門前それに堺が皆同じ事を言っていると言うのだ。

 次に、では我々はどれだけの在庫があるのかと聞いてみたが……「在庫???それ何?」って答えが返ってきた。
 そう言えば在庫の管理なんかやっていなかったし、教えてもいなかった。
 では、今どれだけの生産量があるのか聞いてみたが、予想した通りにわからないとしか答えが返ってこない。

 なので、とにかく現場責任者の村長のふたりを呼んでもらった。
 与作さんに龍造さんは呼んだらすぐに来てくれた。
 そこで、俺は二人に村の状況を聞いたら、答えがとにかく忙しいしか返ってこない。
 なので、一つ一つ丁寧に聞き取りをしようと龍造さんに干物の生産量を聞いてみた。

 「大体でいいのですが、毎日干物はどれくらい作られていますか。」

 「取れた分を全部干物に加工しているので、水揚げされた魚全部と同じ量だ。」

 「では、浜から出荷されている干物の量は分かりますか。」

 「浜で待ち構えている連中がしょっちゅう取り合いをしながら出来た分をその場で全部持っていく。」

 「は~~~~~。」

 俺は素直に頭を抱えた。
 全ては俺が悪かった。
 全く作ることだけにしか注意が向いていなかったので管理といった部分が全て抜けている。
 どうするんだよ、これ……

 とにかく干物は増産を急ぐとして、炭や塩もここまで酷くはなかったのだが似たような状況で、順調にお金は稼げているようだ。

「で、今どれくらい稼げているの。」 と聞いてみたら、葵がすぐに答えてくれた。

「空さんが張さんを連れて行っちゃうから誰もわからないわよ。」

 そうでした、商いは張さんに任せきりでした。
 それも商う量もまた商う場所も限られていたので、全て張さんの頭の中でしか管理されておらず、全くわからないとのことだ。
 とりあえず寺の倉庫に集まる銭は貯めているそうで、後で数える必要はありそうなのだが、前途多難である。
 俺は弱々しく最後に玄奘様に聞いてみた。

「今この村にはどれくらい読み書きが出来、計算の得意な人はおりますか?」

 と…
 玄奘様はすぐに答えてくれた。

「空よ、何を言っている。
 ここで子供たちを引き取ってから毎日のように勉強させているだろう。
 この寺にきて1年も経つ奴らは一応の読み書き計算は全員ができるぞ。
 特に女の子には計算の得意なものが多かったな。」

 俺はこの回答に一条の光明を見た。

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