89 / 319
第三章 伊勢の戦国大名
第八十八話 破綻寸前
しおりを挟む打ち合わせを終えると俺ははたと困った。
ここ松ヶ島城で俺のやることがないのだ。
ここでの仕事は付近の監視か謀略の下地作りしかない。
なので俺の出る幕はない。
明日竹中様が一旦菩提山城に戻るというので、俺も一緒に三蔵村に戻ることにした。
本当にしばらく村に戻ってきていなかったので、一度三蔵寺に行き経過の報告などと願証寺の近況などを聞きに玄奘様を訪ねてもいいかなとは思っている。
竹中様は来た時の経路を逆に移動するというので、三蔵村までは一緒に移動できるし、三蔵村からは毎日出ている定期便と一緒に近江まで移動できる。
藤林様配下の者がお供として警護に当たるが、近江まで出てしまえばあのあたりは政情も安定しており旅人の移動には問題はない。
尤も常に六角氏と浅井氏との間で小競り合いがあるのでいつ何時政情が不安定になるかもわからないが、ここ数日の単位では全く問題はない。
それに菩提山の近くまでは我々のキャラバンも一緒に行動しているので竹中様の安全は確保できる。
こちらに戻る時には、面倒でも一旦観音寺にある伊勢屋を訪ねてもらうことになっている。そこから堺を経由して堺~三蔵村の間を結ぶ定期航路を走っている我々の船に乗ってもらい賢島まで来てもらう手筈になっている。
引越しの荷物が多く、また大所帯になっていてもこのルートならば行商隊の一行と何ら変わらないので安全に移動ができるそうだ。
このルートを提案してくれたのが雑賀孫一さんで彼の配下で商いを司っている紀伊乃屋さんのルートを使い堺まできてもらうのが最も安全だと言っておられた。
確かに紀伊乃屋さんだったら大きな商隊をいくつも行き来させているだろうし、それが一つや二つ増えたところでどこも変には思われないだろう。
それに以前お借りした紀伊乃屋さんの屋号を記した目印もお借りしているので途中にある関も難なく通れると孫一さんは保証してくれた。
この時代軍勢に限らず人がまとまって動こうものならとにかく目立つ。
土地の勢力に目をつけられればどんな因縁をつけられるかわかったものじゃない。
それに竹中様一族の移動は美濃の斎藤勢にとっては調略されての移動なので、半ば罪人が逃げるようなものだ。
許す訳にはいかないだろう。
幸い竹中様の領地である菩提山は近江都の国境にあり簡単に美濃を抜け出せるが、途中の浅井領や六角領を通る時に捕まれば通報されるかもしれない。
勢力の争いに巻き込まれないように捕まえて送り返さないとも限らないのだ。
こういう時には慎重に誰にもわからないように動くに限る。
我々には堺に強いパイプもあり、有効に活用すればまずばれずに移動できる。
堺までくれば、我々には最大の強みである高速船がそれこそ毎日は言いすぎだが頻繁に堺との間を行き来している。
特に帰りの便はいつも空荷なので、引越しにはもってこいだ。
竹中様の見立てでは引越しが終わるまでにはひと月もあれば大丈夫とのことで、それならば本格的な伊勢侵攻には間に合いそうだ。
とにかく準備が出来たものから順次移動することになっているので、竹中様本人は1週間もかからずに菩提山を出る事になっている。
とにかく竹中半兵衛の調略に成功し、また、一族全員の引き抜きもでき、その一族の移動も心配ないとなればここには俺の仕事はなくなる。
俺もしばらくは伊勢の攻略については何も仕事をしなくてもいい状態になるので、しばらく放っておいた三蔵関連の仕事をしようと思っている。
特に新たな商いについてや干物の増産についても何かしらの手当をしないと本当にあちこちから怒られそうだ。
気持ちを切り替えて俺らは船に乗り三蔵村に向かった。
基本、今までの伊勢侵攻は武力によるドンパチは無く、謀略によるものなので静かに攻略そのものは進んでおり、表面的にはこの辺は平和そのものだ。
船が村に着くと丁度観音寺に向けての行商隊が出発するところだったので、行商隊に竹中様を預け港で竹中様たちと別れた。
俺はそのまま三蔵寺に向かい、玄奘様を訪ねた。
俺が三蔵寺の山門をくぐるとものすごい威圧感を感じた。
山門の先にはものすごい形相の女性が二人俺らの進路を塞いで待ち構えているのだ。
俺は恐怖に駆られ、直ぐに回れ右をして山門を出ようとしたところで声をかけられた。
「お帰りなさい、空さん。」
「これからどちらに行かれますのかしらね。」
「た、ただいま。
げ、元気にしていたようだね。」
「え~~、とても忙しく元気に仕事をさせていただきましたよ。」
このあと俺はものすごい形相で怒っている葵と幸に捕まりそのまま寺の中に引き摺り込まれた。
数刻は正座させられお小言を頂いた後にやっと解放された。
確かに緊急事態で物事が動いていたので、慌ててここを出てからしばらくここに戻れなかったが、その後ここも大変だったようだ。
とにかくこの辺はまだ戦や一揆などといった物騒な問題は出ていないのだが、それでも山間部等では南伊勢と同じように飢饉が始まり餓死者も出始めているようだった。
その影響もあるのか干物や塩、それになぜか炭といった生活必需品の需要が高まり、あちこちから引き合いがあったそうで、その手配でてんてこ舞いだったとか。
俺が張さんも連れて行ったので全体の調整を葵が幸に手伝ってもらいながらあちこち回っていたそうなのだ。
なのであの形相で怒っているのも俺には理解ができた。
観音寺での干物の要求は鬼気迫る勢いで、俺は増産の空手形を出してその場を収めたが、堺からの要求も似たようになっているのだとか。
今では作る傍からどこかに運んでしまう勢いで、俺がここを離れてからは自家消費分も全て出荷して対応している状況だと説明を受けた。
これは本当に腰を据えてかからないと村が崩壊してしまうので、俺は覚悟を決め対応に入った。
まず、状況の整理で、どこからどれだけの要求があるのか調べてみたが、全くわからないとの返事で、幸が言うには「あるだけよこせ」と観音寺と願証寺の門前それに堺が皆同じ事を言っていると言うのだ。
次に、では我々はどれだけの在庫があるのかと聞いてみたが……「在庫???それ何?」って答えが返ってきた。
そう言えば在庫の管理なんかやっていなかったし、教えてもいなかった。
では、今どれだけの生産量があるのか聞いてみたが、予想した通りにわからないとしか答えが返ってこない。
なので、とにかく現場責任者の村長のふたりを呼んでもらった。
与作さんに龍造さんは呼んだらすぐに来てくれた。
そこで、俺は二人に村の状況を聞いたら、答えがとにかく忙しいしか返ってこない。
なので、一つ一つ丁寧に聞き取りをしようと龍造さんに干物の生産量を聞いてみた。
「大体でいいのですが、毎日干物はどれくらい作られていますか。」
「取れた分を全部干物に加工しているので、水揚げされた魚全部と同じ量だ。」
「では、浜から出荷されている干物の量は分かりますか。」
「浜で待ち構えている連中がしょっちゅう取り合いをしながら出来た分をその場で全部持っていく。」
「は~~~~~。」
俺は素直に頭を抱えた。
全ては俺が悪かった。
全く作ることだけにしか注意が向いていなかったので管理といった部分が全て抜けている。
どうするんだよ、これ……
とにかく干物は増産を急ぐとして、炭や塩もここまで酷くはなかったのだが似たような状況で、順調にお金は稼げているようだ。
「で、今どれくらい稼げているの。」 と聞いてみたら、葵がすぐに答えてくれた。
「空さんが張さんを連れて行っちゃうから誰もわからないわよ。」
そうでした、商いは張さんに任せきりでした。
それも商う量もまた商う場所も限られていたので、全て張さんの頭の中でしか管理されておらず、全くわからないとのことだ。
とりあえず寺の倉庫に集まる銭は貯めているそうで、後で数える必要はありそうなのだが、前途多難である。
俺は弱々しく最後に玄奘様に聞いてみた。
「今この村にはどれくらい読み書きが出来、計算の得意な人はおりますか?」
と…
玄奘様はすぐに答えてくれた。
「空よ、何を言っている。
ここで子供たちを引き取ってから毎日のように勉強させているだろう。
この寺にきて1年も経つ奴らは一応の読み書き計算は全員ができるぞ。
特に女の子には計算の得意なものが多かったな。」
俺はこの回答に一条の光明を見た。
20
あなたにおすすめの小説
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
母を訪ねて十万里
サクラ近衛将監
ファンタジー
エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。
この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。
概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる