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第三章 伊勢の戦国大名
第八十九話 テクノクラート(官僚)??
しおりを挟む『どんぶり勘定』俺がこの時に思い浮かんだ言葉だ。
あまりいい言葉じゃない、いい言葉じゃないがそれでも今の俺のところの状態に比べれば格段に羨ましい言葉だ。
俺のところは活動拠点が増え、完全にどこに拠点を置いているか俺自身が把握できていない。
主に九鬼様の関係で活動拠点が増えているが、九鬼様以外でも、ここ三蔵村を始め八風峠や観音寺の紀伊乃屋それに行商では長島の願証寺門前や堺にも卸をしている。
また、ここ三蔵村でも寺前や浜では多岐にわたり色々とやってもらっているし、最近では酪農も始めた。
すべての場所で記録を取ってもらっていない。
するとどうなるかというと、誰も全体像がわからないということだ。
先に思い浮かんだ『どんぶり勘定』ですら、どんぶりの中身を見れば全部でいくらあるかくらいは分かるだけ今の俺からすれば羨ましい限りだ。
初め張さんたちと炭の販売で門前での商いを始めた時にはまさに『どんぶり勘定』であり、また、それで何ら問題はなかったのだが、どこで間違えたのか急に規模が大きくなり色々と商う物を増やしていたら今のようになってしまった。
途中で九鬼様の手伝いも始めたので地方自治も始めるようになってしまい目の前にぶらさがった問題の解決だけを全力でやっていたので、商いを含め勘定を付けることなどすっかり失念していた。
いくら戦国の世といっても大名までなっている九鬼様のところくらいはとも思ったのだが、誰も勘定は付けていない。
江戸時代じゃないので勘定方などの専門の役職はなかろうが、どこの大名も多かれ少なかれ領内の年貢や領民などいくらでも勘定を付けるところが有り、誰かしら記録をとっているだろう。
それが俺らには誰もいない。
いくら人材の不足が著しいからといって今では実質20万石以上の領地を管理しているのに全く記録を残せないのは問題だ。
現状が把握できないでどうやって自治をしていくのだ。
それに三蔵の衆だけでも今ではかなりの規模の商いをしているのに全くわからないとは……これでよく今まで潰れなかったと感心すらする。
呆れてばかりではいられない。
俺に多少時間を許されたからといって、今は伊勢の侵攻中で、すぐに余裕がなくなるし、何よりも潰れる前にきちんと是正していかなければ俺たちの目標であり目的でもある安全にしてかつ安定した生活など望めるべくもない。
まずは今の村の混乱を収めることが先決だ。
問題は商いの規模に対して生産量が追いついていないことだ。
特に市場からの圧力の強い干物の増産を急がせなければならない。
言い換えれば干物の増産さえしてしまえばとりあえずの落ち着きを取り戻せる。
俺は浜の村長である龍造さんに漁の様子を聞いた。
今でも朝の地引網から始めて、午後は付近の海に出ての一般的な漁をしているのだとか。
しかし、午後の漁では午前の地引網の時に比べて水揚げ量は格段に少なくなってしまうそうだ。
そりゃそうだ。
釣りや小さな網を使っての漁ではたかが知れている。
俺はダメもとで午前の地引漁が済んだらすぐに網を入れ直してもらい昼過ぎにもう一度地引漁をしてもらうように頼んだ。
人手の不足は以前に浜の造船所で使っていたキャプスタン(巻上機)を工夫して浜の漁でも使えるようにしてもらい、少ない人数でも地引漁ができるようにしてもらった。
とりあえず水揚げ量を増やしてみて様子を見ることにした。
次に潰れる前に勘定をどうするかだ。
人材の不足は俺がこの地で商いを始めた時から続く不治の病だが、この問題だけは俺に宛があった。
『芸は身を助く』じゃないが教育って大事だ。
ただ集まった子供たちには文字で連絡をつけたいという簡単な理由で始めた教育だが、初めて1年以上も経てばそれなりにできるようになるし、人数がいれば得意な連中だって出てくる。
先ほど聞いたときにはかなりの人間が読み書き算盤ができるようになっているようだ。
力仕事を頼むのじゃないし、ましてや戦場に連れて行くのではないので、俺は年長者から選んでこの勘定を任せることにした。
どうせやる限りは後々楽ができるようにしっかり仕組みを作り誰でも全体像が見えるように透明性を持つ仕組みにしていきたい。
各拠点に複数の人間を配置して彼らに勘定をつけさせ、3ヶ月ごとに在庫の確認すなわち棚卸をさせて報告させる仕組みを作るようにしたい。
俺はすぐに人材の選出を行った。
寺で勉強している子供たちの所に行って、一人ひとり面接を行い、総勢で15名の候補を選出した。
その15名を集めてどうやっていくかを一緒に作り上げていく。
当然この企てには張さんや葵、それに幸も加わってもらっている。
俺は張さんに商人が行っている勘定について聞いてみたが、いまいちピンと来ない。
悩んだ挙句、俺は大学の総務課での手続きを工夫して持ち込むことにした。
お役所仕事になるからあまり好きではないのだが、物品の移動やお金のやりとりについてまずは伝票を作ってもらうようにした。
形式は問わないが日付と品名それに数量の出入りがわかるように記録をしてもらいその時の責任者が分かる署名をもらって作業をするように彼らに教え込んだ。
紙の使用量が格段に増えそうだが、幸いにしてここ三蔵村では紙製の具足を作るので和紙の製紙まで行っていたはずだ。
そこから紙を融通してもらい大きさだけは揃えた伝票を作った。
次に仕訳帳もどきを作り、在庫の量が分かる仕組みを全員に徹底させ、理解してもらった。
彼らが実際に各地に赴き記帳してもらい在庫の管理をしてもらうことになるのだ。
次に三蔵の衆の各拠点を事業部と考え、社内売上というか各拠点間を移動する際の仕組みを作った。
簡単に言うとここで作られた干物に値段を付け、観音寺や門前での商い組に買ってもらうようにしたのだ。
実際にお金を使えばそれこそどんぶり勘定の大きいのが出来上がるのだが将来性を考え全て伝票処理として、四半期ごとにまとめてもらい管理をしていこうというのだ。
最初からうまくいくとは考えていないが、実際に作業に当たるのが右も左もわからない子供たちなので、慣習とか作法といった仕組みに使う事に対する拒否感がないので俺の考えた仕組みを割と簡単に理解してもらえた。
最後に仕組み作りというか組織作りだ。
葵に主に記帳や計算を行う勘定方をまとめてもらい、彼女の下に人をつけた。
また、幸には主に伝票の発行や物品の出し入れの管理をする人をまとめて貰うようにして人を付けた。
彼女たちの下についた子供たちが実際に各地に赴き作業をすることになる。
初めはここ三蔵村から始めた。
ここから出荷される全てについて伝票を作り出荷させた。
各地からの要求に対してははじめ俺が伝票を作り幸の下についた子供たちに渡して村の実際に作業をしている人を動かしてもらった。
出荷に際して俺は再三にわたり数を確認させ、在庫の管理の重要性を村に徹底させた。
次に門前での行商組に伝票を徹底させ葵と幸のところから人を出して伝票での取引を始めさせた。
これで慣れた人たち数人を連れて、俺は今度は葵と幸も連れて八風峠と観音寺の紀伊乃屋に出向き伝票での取引を始めさせた
なんだかんだと言ってここまで作るのに2ヶ月も要し、そうなると伊勢の情勢も大きく変わって来ていた。
藤林様からの呼び出しもあり、俺は張さんたちに後を任せて松ヶ島城に急いだ。
季節は梅雨も上がりすっかり夏になっていた。
後で知ったのだが、この時期が一番餓死者が出るのだとか。
理由はあまりに当たり前なのだが、収穫寸前が一番手持ちがなくなるのは自明の理なのだ。
しかし、冬より夏の方が危ないのには驚いた。
なので当然、ただでさえ情勢不安定なこの地で、各地ではかなり深刻な状況になってきているようだ。
相変わらず松ヶ島城には各地の村々から救助の要請が来ていたのだが、その要請にも鬼気迫るものが出てきた。
当然、こちらからの回答は『変わらず領主がいたのでは我々は助けることができない』の一点張りだ。
そうなると助けることのできない領主を追い出そうとする運動が各地に起こった。
また、この頃になるとやっと霧山城から不法占拠した松阪周辺の返還要求も来ており、こちらはかねてからの計画通り請求書を添えて返還に応じる旨を伝えた。
その時にこのあたりの治安の安定のために付近の領地の救済も合わせてお願いをしておいた。
当然、両方とも彼らには対応ができない。
できるようならばとっくにどうにかしている。
彼らは、俺らが最初に抑えた志摩の地を攻めて乱取りをしてこの危機を乗り越えようとしていたのだ。
最初から計画が頓挫しており、更に無理な出兵も重なり彼らには兵糧だけでなく軍資金すらかなり危ない状況だろう。
自分たちと付き合いのある勢力や兼ねてから付き合いのある堺の豪商あたりから兵糧を買うことなど出来ようがない。
先のない者に誰も金など貸すはずもないのだ。
彼らの頭の中には、俺らが占領した地が俺らによって一定の安定を見せているので、そこを自分らの持つ権威?を使って返還させ、そこから無理矢理でも収奪して今の危機を乗り越えようとしているようだ。
いくらなんでもそこまで民は馬鹿じゃない。
仮にこの地を取り戻しても無理矢理な収奪を民が許すわけはないのだが、彼らの中には高貴な自分たちが困っているのに民が協力しないのはけしからんといった自分勝手な考えしかないのだ。
民あっての為政者だという一番肝心な部分を理解していないことがすべての発端だというのに、この戦国時代ではこの原則を理解している人のほうが少数派なようだ。
ちなみに戦国チートの多くがこの少数派に属しているのだとか。
歴史上かなり悪く言われている松永弾正も領地では名君としてしたわれていたそうだから、自身の領民のための行いが、結果、時の権力者から嫌われたのだろう。
話が横道にそれたが、今の北畠に明日はない。
各地の一斉蜂起に向けて俺らは動くことにした。
それこそ在庫の確認だが、各地にある兵糧をとにかく集めるように指示を出した。
もう少し早く勘定の重要性に気づき手を打っておけばもう少し楽ができるのに、急遽張さんに今いる勘定ができる人をここに集めてもらった。
ここは最前線であるが戦の危険性は非常に少ないので、子供を戦場に出さないという原則はとりあえず置いておいて、子供たちを呼ぶことにしたのはいいことにしようと自分を納得させた。
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