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第三章 伊勢の戦国大名
第九十二話 救済用の兵糧
しおりを挟む明朝、俺は一足早く松ケ島城をわずかばかりの共を連れて出た。
九鬼様たち侍たちとは別行動だ。
俺はその足で大湊まで戻り船で一旦三蔵村まで戻った。
村に戻ると村の蓄えである兵糧を乗ってきた船に積み込むように龍造村長に頼み、俺はそのまま寺に向かった。
寺では葵と幸が残っている子供たちの勉強を見ていた。
今彼女たちが勉強を見てもらっているのは割と年長でもうじき成人するかと思われる子供たちだ。
そうなると彼女たちの勉強も割と高度なものになる。
読み書きでは漢字交じりの文章になってくるし、契約などに使われる持って回った文章にもなる。
それよりも重要になってくるのが計算力と帳簿についてだ。
これらの勉強を今ではすっかり身につけた二人が村に残っている子供たちに教えてくれている。
なので、最近は俺と行動することが少なくなっており、たまに俺と会うと愚痴ばかり聞かせてくる。
正直勘弁して欲しいのだが、俺も彼女たちに任せきりなところもあり強くは出られない
尤もそれがなくとも男の俺が女性には強く出られないのは今に始まった話じゃないが……情けない。
俺はふたりの勉強がひと段落つくまで隅で待ち、二人に時間が取れたところで話を始めた。
「葵と幸、今話をしてもいいか?」
「空さん。
やっと戻ってこられたんですね。」
「私たちのことは忘れてしまったと思っていましたよ。」
おっと、いきなり皮肉から入ってきたぞ。
それもかなり強烈なやつだ。
これは放って置かれたことをかなり怒っているな。
「忘れるはずはないだろ……ワハハ」
忙しくて最近は村のことを考えている暇などなかったから、すっかり失念していたので幸の皮肉も案外間違いではない。
そんなことを正直に言えるわけはなく、すぐさま話を仕事モードでやや強引に進めた。
「なんだか本当に忘れていたみたいですね。
で、今日はどうしたのですか。」
「忘れるわけなどないじゃないか。
俺らにとって一番大事な教育を任せているんだよ。
俺にとって二人は、いちいち話さなくとも俺の気持ちが伝わるくらいに信頼しているから安心して任せられるんだ。
もっとも安心しきってなかなかここに戻ってこれないがね。」
「なんだか取ってつけたような言い訳ですね。
で、今日は無駄話をしに来たわけじゃないですよね。」
「様子見だけでここに来る訳は無いわね。
最近の空さんが忙しいのは周りから聞いて知っていますから。」
「そうなんだ、今丁度佳境に入っているんだ。
ここを無事に乗り切れば、かなり落ち着けそうだし、何よりこのあたりが今以上に安心して暮らせるようになるはずだ。
そのために大事な時期なんだ。」
「で、空さんはここに何しに来たの。
私たちに何かしてもらいたい事でもあるの。」
「そう聞いてもらえると話が早くて助かるよ。
葵と幸に聞きたいのだが、今教えている子供たちの理解度はどれくらいかな。
誰かが手助けをすれば実際に仕事に掛かれそうかな。」
「そうですね、ほとんどの子供たちは帳面の記入まで理解してくれているので大丈夫かとは思いますが絶対に間違いなくやれるかというと心配なところもありますね。
幸はどう思う。」
「私も葵ちゃんの言うとおり、仕事はできそうだけれど誰かが必ず見ていたほうがいいかなとは思いますよ。」
「それはそうだ。
どんな人でもいきなり任せきりなどしないよ。」
「「え~~~」」
「私たちの時には『教えておいて』って言って、誰も私たちのことを見てくれてはいなかったよね、葵ちゃん。」
「そ~ね~、空さんったらいきなり私たちに帳簿を教えてそのままどっかに行ってしまったわよね。」
「その件はいずれきちんとお詫びします。
で、それなら実際に仕事を任せても大丈夫だよね。」
「そうですね私たちが見守りながらというなら仕事をやらせてみたいですね。」
「それなら早速俺と一緒に付いて来てくれるかな。
救済用の兵糧の貸出の帳面を付けていきたい。」
「空さん。
何かかなり慌てているようだけれどどこに行くの。」
「何かあったの?」
「すぐ近く?の安濃津あたりでも一揆が起こりそうなんだ。
今俺らの説得でかろうじて暴発を抑えているけれど、それも時間の問題で、できるだけ早くに救済しないとあのあたりも大変なことになりそうなんだ。
今日、もうすでに出発しているはずだけれど、九鬼様一行が松ケ島城を出て炊き出し隊を連れて安濃津に向かったはずだよ。
炊き出し隊は張さんに任せているから大丈夫だとは思うけれど、各村々を安心させるためにはある程度の時期を過ごせるだけの兵糧を貸し出さないと炊き出しだけでは収まらないんだ。」
「貸出も九鬼様たちがするのではないの。」
「九鬼様たちのところには貸し出すまでの兵糧は無いし、それに今治めている村々の政にも人を出さないといけないから、応援が必要になってきている。
それに何より帳面をつけれる人が九鬼様のところにはいないのが現状だ。
多分、俺らのところで帳面を付けるのが上手いのは葵たちが教えている子供たちだけだよ。」
「え~、そ~なんだ。」
「それに、今葵たちに教えてもらっている帳面の付け方も俺の工夫したもので、葵たちが教えた人以外ではこのやり方では帳面をつけられないよ。
第一使う数字が違うからね。」
「そ~いえばそ~ね。
最初に空さんに教えてもらった数字は初めて見たものだもんね。
なんだっけあれは…そうそう『アラビなんとか』って言ったっけ。」
「アラビア数字ね。」
「そうそう、それそれ。
あれ計算するときに本当に便利だよね。
特に位が変わる時にそのまま数字を加えればいいから解り易いし、ぱっと見でもどれくらいの数字かわかるものね。
あれに慣れると漢字だったっけ、昔から使われてきた数字だとめんどくさいし解りにくいよね。」
「そろばんから帳面に数字を移すときにもいちいち位を見て考えなくともいいから本当にいいよね。
そ~か~、あれを使っているのが少ないからしょうがないか。
で、それで私たちは安濃津に行けばいいのかしら。」
「お前らだけでは行かせないよ。
途中神戸家の領地を通らないと陸路ではいけないし、危ないからね。
今港で兵糧を船に積み込んでもらっているからそれに俺と一緒に乗って向かってもらうよ。」
「「え!」」
「今度は本当に久しぶりに空さんと一緒にいれるの。」
「やった~~~。」
「喜んでいるところで、悪いけれどみんなを集めて準備してもらえるかな。
たくさんの兵糧を扱うことになるし、たくさんの村に兵糧を貸し出すから、帳面や証文用に紙や墨などの準備も忘れないでね。
準備が出来たらそのまま港に来てね。
本当にあまり時間がないんだ。
忘れ物がないように急いでね。」
「判った~。」 と言って葵と幸はさっきまで勉強を見ていた子供たちのところまで行って安濃津行きの準備を始めた。
俺は、そのまま寺で玄奘様を探した。
講堂でお勤めを終えた玄奘様を見つけ、そのまま話を始めた。
まず現状の報告から、安濃津周辺に起こっている暴発の危険性について等、玄奘様に伝え、以前行ったようにあのあたりの一向宗の末寺から兵糧を供出させるように手配を頼んだ。
すでに伊勢神宮周辺で九鬼様が支配している地域の寺から兵糧を供出させているので、一向宗の末寺が率先して供出させなくとも兵士を連れて寺を回れば供出させることはできそうなのだが、今後のこともあるし、何より地元地域の寺からの供出した実績があるのとないのでは受けるイメージが変わってくる。
俺らが無理やり兵糧を巻き上げるというイメージだけは避けたい。
寺の方も檀家の村人が全滅したのなら寺そのものもやっていけないのが分かりそうなものなのに、なぜ率先して救済に当たらないのか分からない。
本来こういった弱者救済で勢力を伸ばしていくのが宗教っていうやつじゃなかったけ。
俺の偏見かな、でも21世紀の世の中でも必ず宗教組織には弱者救済のための組織があったよな。
病院など医療機関はほぼ全ての宗教団体が持っていたし、母子寮や孤児院なども持っている宗教団体が多かったように思うがな~ってそんなことはいいか。
一時的なつなぎは寺の抱えている兵糧を供出させれば間に合うはずだし、そろそろ東北や九州あたりまで仕入れに行っている連中も戻ってくる頃だしな。
特に寺の持っている兵糧は、前に出させた時にはその量に驚いた。
なんであんなに抱えているんだよっていうくらいに出てきたのだから驚くのも不思議はない。
あんなに出させても寺にはまだ残っているはずだよ。
自分たちの食い扶持だけならば数年以上はどの寺も残しているのだから、どれだけ集めているんだと思うし、そんなに余裕があるのならさっさと自分たちの檀家だけでも救済しておけばいいのにとも思ってしまう。
ま~一時しのぎはそれで問題ないし、遠くに仕入れに行っている船が戻ればまず問題は解決だ。
あとは今年以降の不作に備えれば餓死者の発生は防げるだろう。
今年は管理地の村々には芋の生産と蕎麦の生産をさせて食物の確保を急がせるつもりだし、既に管理している村には田植えの終了後に畑の開墾と同時にそれらを進めることになっている。
両方ともに土地が痩せていても収穫が望める作物だし、寺にあずけている子供たちでも失敗せずに収穫ができたのだ。
今回植えさせるじゃがいもの種芋は寺で昨年作ったじゃがいもなのだ。
寺の畑で取れたじゃがいもは春植えと秋植えの2回分でとりあえずかなりの種芋を確保できた。
蕎麦の方も堺の商人から種用にかなりの量を確保できているので、伊勢全体に広めても問題ない量は確保できた。
問題は新たな畑の開墾の方だ。
俺が港で物思いにふけっていると、村長の龍造さんが声をかけてきた。
「空さん。
用意した兵糧すべてを運ぶにはあの船だけじゃとても足りませんぜ。」
「そうだね、もともとあまり運べないしね。
ま~ここから安濃津までは大した距離もないから何度も運ばせたらいいかな。
それにしてもかなりあるよね。」
「昨年の嵐の被害に遭ってから、もしもの時の準備が大事だと何度も空さんが言っておられたから、手に入るだけの食物を倉庫に確保するようにしていたんだよ。
尤も今回で全部出すことになったがね。」
「すみませんね、無理を言って。
でも落ち着いたら必ずこの埋め合わせはしますから。」
「ちっともそんな心配はしていないさ。
いつだって空さんは考えてくれているからね。
でなけりゃ、あの時俺らを助けられるわけ無いからね。
嵐の後の復興の時だって、ちっとも食物の心配をしないで済んだのには感謝もするが、それ以上に驚いたよ。
まるで嵐で被害に遭うことを事前に知っていたかのような事前の準備だったしね。
今回のことは、俺だって空さんの真似をしただけだ。」
「ありがとうございます。
葵たちが到着次第最初の船を出しますから後の件はよろしく頼みます。」
「あ~、載せきれない分は漁から帰った船にでも乗せて安濃津に向かわせるから、現地で引き取ってくれ。」
「すみませんね、なにから何まで。
分かりました、現地での引取りはお任せ下さい。
で、今回供出した分の記録は残りますか。」
「あちゃ~、ゴメン空さん。
まだ慣れていなくてな。
数を数えずに出しているので分からないよ。」
「分かりました、では、安濃津で引き取る時に数えます。
いいですよ、追々慣れていけばいいだけですからね。
それより余計な作業で無理を言って俺のほうが申し訳ありませんが、この記録に残す作業は将来的には我々にとって大切になってきますから、徐々にでいいですからなれていきましょう。」
「わかっているよ。
そのためにあの子供たちを回してくれたんだろ。
大丈夫だ。
今回ばかりは申し訳ないが、次からは絶対に空さんの期待に応えるから。」
「龍造さん、期待しております。
あ~来たようですね。
では、俺は安濃津に向かいます。
後をよろしくお願いします。」 と言って俺は葵たちが乗り込んでいる船に向かった。
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