名もなき民の戦国時代

のらしろ

文字の大きさ
97 / 319
第三章 伊勢の戦国大名

第九十六 近衛関白の失職

しおりを挟む


 俺は雑賀崎に向かう船の中で孫一氏とこれからについて話していた。

「孫一さんは、これからのことについて考えておりますか」

「これからのこと?」

「はい、これからのことです。
 これまで本当に私たちに良くしていただいており、感謝してもしきれないくらいです。
 そんな孫一さんにはどうしたら今までのことについて報いることができるか考えておりました」

「考えとは」

「孫一さん、大名になってみませんか」

「大名?」

「はい、雑賀崎を中心に紀伊半島の西半分を治める気はありますか」

「私にはそんなだいそれたことは考えられません。
 ただこれからも空さんと一緒にやっていけたらと考えているだけです」

 う~む、これは少々困ったぞ。
 おれは孫一さんを配下なんて出来ないぞ。

「孫一さん、私の考えを聞いてもらえますか」

「は?
 いいですよ、その考えとはなんですか」

「これからのことについてです。
 このまま戦ばかりの時代は徐々にではありますが終わりを告げる方向に向かっていくことでしょう。
 どこぞの有力大名が今の幕府を滅ぼし、新たな幕府を開くことになっていきます。
 もしかしたら建武の新政の時のように帝を中心に政治が行われることになるかもしれません。
 しかし、その場合に今のままでは孫一さんは悪・党・の扱いを受けることになってしまいます。
 これから始める謀はかりごとで多分伊勢は片付きます。
 その場合に、伊勢の地に領地を分けて孫一さんを配下にすることもできますが、申し訳なくて孫一さんを配下にするなんてとても考えられません」

「私はそのつもりだったのだが」

「え~~、でも雑賀崎を捨てることはできないでしょう」

「雑賀崎は商い組に任せて傭兵たちをきちんとした仕事につけられるのならばそれでもいいかと考えていたが、空さんは気に入らないのですか」

「は~~、私は配下など持つつもりなどなかったのですよ。
 それに見てください、まだガキですよ私は。
 なので、伊勢は九鬼様に大名となってもらっているのですが。
 それに紀伊半島のほとんどが寺院などの領地となっていてまとまりがない。
 尤もこのあたりは山ばかりで魅力がなく攻めづらいという地勢ではありますが。
 しかし、この日の本がまとまり出したらこのままでとはいかなくなります。
 なので、そうなる前にきちんとそれなりの人にこの辺を治めてもらう必要があります。
 でないとこの辺に住んでいる人たちの未来は今の北畠が治めていた人たち以上に悲惨になってしまいます。
 そこで、孫一さんにも大名となってもらいこの紀伊半島を九鬼様と孫一さんのおふたりが協力して治めてもらえばかなり安定することになるでしょう。
 尤も中心の大和の辺は松永弾正様が治めているので、魅力的な土地はあまりありませんが、それでもそうなれば紀伊半島だけでも一足早く安定した土地になります。
 私も最大限協力しますので考えてみてください」

「空さん、一つ聞きたいのだが、今の話では私は今の九鬼殿と同じ立ち位置に立つということか」

「はい、そうなります」

「そうか、九鬼殿と同じように空さんを殿と呼ぶようになるのか。
 分かった、私一人では結論を出せる問題ではないが雑賀崎に戻り次第直ぐに返答しよう。
 期待していてくれ。
 私は空さんの話には賛成した」

 え~~、俺の配下になるっていうことか。
 俺ガキだぜ、勘弁して欲しい。
 しかし俺の案の通りにことが進めば、孫一さんが治める領地は徳川御三家の一つである紀州徳川家以上の領地となるはずだ。

 九鬼様とふたりが今のようにがっちり協力し合えば早々どんな勢力にも攻め滅ぼされることは無くなる。
 当然、俺は遠慮なく富国強兵策を両国に進めていくことになるから、下手をするとこの国最大最強の勢力となるかもしれない。

 そうなっても幕府を彼らに開かせることだけはさせないようにしよう。
 でないと俺が将軍様にされてしまう。
 この先は様子を見ながらではあるが、織田信長との協調関係を考えよう。

 信長を暴走させないようにすれば、かなり良い国を彼に作ってもらえるようになることだろう。

 ま~先のことはその時にでも考えればいいか。
 今は、京都をどうするかということだ。
 そうこうするうちに船は雑賀崎に入っていった。

 ここで俺は孫一氏と別れ、わずかばかりの護衛を連れて大和の多聞山城に向かった。

 雑賀崎から多聞山城までは距離にして90Km弱ある。
 堺からの30Km弱からだと距離にして3倍はあるのでやはり不便だ。
 これならば誰が考えてもやはり堺を使いたいだろう。
 そうなれば否が応でも俺に協力しないわけにはいかないことになる。

 城に着くと俺は直ぐに弾正様に面会させられた。
 なんだなんだ、大名の面会ってこんなに簡単なのか。
 平成の世の中でも一般家庭でもアポのない面会はもう少しめんどくさいぞ。
 たとえ知り合いでも、どこぞの社長との面会は待たされるのが普通だ。
 ましてやこの時代にあっては数日待たされても不思議がないのだが、一息入れることもできずにいきなり奥の部屋まで連行された。

「お~お~、久しぶりだな。
 その様子なら元気が有り余っているようで俺からしたら羨ましい限りだ。
 そうそう、塩の件な、早速送ってもらい助かっている。
 感謝するよ」

「弾正様。
 この度は貴重な情報をそれも本多様に託して連絡していただきありがとうございます。
 当面の塩については足りない分だけでもと思い本多様にお持ち帰り願いましたが、いつまでもあれで足りるはずはなく、主家の領地がある淡路島からの荷は雑賀崎経由ならばいつでも入手できるよう手筈を整えてきております。
 今雑賀崎に船を待たせておりますので、洲本への入港の許可を頂けましたらいつでも向かうことができますので、御領地の商人を連れて直接向かわれたらどうでしょうか。
 雑賀崎にいる私どもの船や雑賀党の船はいつでも船を出します。
 尤もその都度銭は頂きますが、ぼるようなことは致しません」

「お~、そうだな。
 それは感謝する。
 本多にでも向かわせるとしようか。
 正信、聞いていたな」

「は、直ぐにでも」 と言って本多様は部屋を出ていった。

「しかし、雑賀崎か、ち~とばかり遠いな。
 ま~堺を経由しないでいいから邪魔だけはされる心配がないのが救いだな」

「その件で、弾正様にお話があります。
 堺の邪魔を取り除く方法がありますが、話に乗っていただけますか」

「ほ~、そんなことができると申すのか」 と言った弾正の目は鋭さを増した。

 あまりに迫力があったので思わずちびりそうになった。
 よほど堺の件は腹に据えかねていたのであろう。
 俺は今進めている謀略について話し始めた。

「ほ~、すると空が言うには紅屋を堺から取り除けると言うのだな。
 今の堺は紅屋ひとりで仕切っているようなものだから、あやつさえ取り除けると確かにそこでこの件は全て解決するな。
 してその方法というのは」

 俺が京都で広めている噂を話し、松永様から先の密命の返答として正式に使いを出してもらうようにお願いをした。

 さすがに食えないおっさんだけあり、ここまで俺が話したらその先の説明はほとんど不要であった。
 それどころか、より効果を出せるように弾正自ら京都に登ることになった。

 今の将軍の首をすげ替えた張本人の一人であり、幕府の御供衆でもある弾正本人が京都まで密使の返答に向かえば幕府も朝廷も無視など出来様もなく、更に問題が顕在化していった。

 すでに京都では俺がばらまいている噂によって公家の一部や幕臣などが京都の土倉などからの借金ができなくなってきており、また、今まで借りていた借金の取立てが始まっていた。

 土倉どぞうにすれば死活問題なのだ。
 なにせ俺のばら撒いている噂は「幕府や朝廷に金を貸すと財産ばかりでなく命まで取られる」という所まで尾ひれが着いていた。

 俺が広めた噂は「今度幕府が借金の踏み倒しのために軍を出して債権者を殺し財産を奪う」というのだから、金貸しを本業としている土倉たち商人は必死だ。

 過去何度でも徳政令によって手痛い被害を受けていたが、今度ばかりは命まで狙われかつ財産すべてを取られるというのだから、誰でも自衛に入る。
 当然、幕府や朝廷にこの様子は直ぐに伝わるが原因がわからない。
 今まさに調査が始まったばかりだ。

 そんな時に、松永様が先の密使に返答に京都まできたのだから幕府や朝廷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 当然先の密使は幕府や朝廷の正式な手続きをしていたわけでなく、朝廷周辺は関白の近衛家だけが絡んでいたようなのだ。

 なので、公の場では先の密使の内容を肯定できるはずもなく、密命そのものを正式に否定した。
 幕府も同様で、軍を起こすつもりがないことを京都中に通達するしかなかった。

 そうなると、松永家を訪れたふたりの密使は騒乱と不敬の罪にならざるを得なかった。
 この企みに加わっていた近衛家は、早々に密使を切り捨てた。
 幕府も対応が早く、これを機会に反三好の勢力の一掃を図った。

 松永様が京都を訪れてから1週間とかからずに密使ふたりを含む関係者が三条河原で処刑された。
 幕府も朝廷もこれで幕引きとしたかったようだが、ここからが本来の目的だ。

 松永様は密命に名を挙げられている神戸具盛と北畠具教の両名を京都に呼び出してこの件の真相を明らかにするように求めた。
 また、弾正様の目的である堺の紅屋も同様に京都への出頭を求めた。

 堺の紅屋への出頭命令は朝廷、幕府両方からすぐに出されたが、中納言という要職についている北畠具教の呼び出しは出せそうになかった。

 それでも今回の件でかなりまずい立場になってきている関白の近衛前久は弾正に詫びを入れ自身の安全と交換に自身の関白の離職と北畠具教の呼び出しを命令ではなく要請の形で応じてきた。

 幕府はと言うより将軍は彼に対して遠慮する必要がなく簡単に出頭命令を両名に出していた。

 ここまできて俺の謀は成功したのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監
ファンタジー
 エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。  この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。  概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

処理中です...