名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第九十八話 牛歩の行軍

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「殿、こんなゆっくりとした行軍で大丈夫なのですか?
 約束に遅れませんかね」 と俺に一緒に行軍している兵士の一人が行軍のスピードの遅さを心配して声をかけてきた。

「大丈夫じゃないの。
 竹中様も先ほど問題ないと言っていたし、それに今回は峠の途中から大砲を数発打つだけだから問題ないよ」 と俺も聞いてきた兵士に答えていた。

 今俺は前の戦で大活躍した砲兵を率いてゆっくりとしたペースで峠を行軍中だ。
 いよいよ神戸家との決戦かって、実は違うのだ。
 だいたい安濃津から神戸家の居城までの間には峠などない。
 では何処に向かっているかって?……伊勢から大和に向かう途中の峠を例の大砲を牛に引かせてゆっくりと行軍中だ。

 神戸家との決戦は、幕府からの討伐命令ももらっているはずなのに討伐しなくても大丈夫かって………それが大丈夫なのだ。
 正直俺も驚いていたのだが、時代の流れに乗るとこんなものかっていうくらいに神戸家討伐の件はあっさり片付いたのだ。

 本当に簡単に片付いたのだ。
 どういうことかというと、今から1週間くらい前に幕府から上使が安濃津にいる九鬼様のところにやってきた。

 さすがに正式の上使だけあって道中では目立つ存在だったようで、難航していた細野氏の主筋に当たる長野氏の調略も上使が九鬼様に向かったという情報が伝わるやいなや条件など何も付けずに九鬼様に臣従してきた。

 とりあえず現状維持のままということで長野氏の臣従をそのまま認め、神戸家討伐に際して直ぐに軍を出させることとしたのだが、そうなると今度は調略もしていなかったのに神戸家の主筋に当たる関氏も慌てて九鬼様に臣従してきた。

 さすがに謀反人の神戸家の主筋にあたる関家はそのままとはいかないので、関氏の領地を一旦接収して半分だけを任せ、神戸家討伐に際して先鋒を任せることにした。

 正直、神戸家討伐の軍に関してはこの段階で関家を先鋒として長野氏に主力を任せ雑賀党に後方をかく乱するだけでも片付くかと思っていたのだが、軍勢を整えている最中に神戸家に大きな変化が現れてきたのだ。

 何せ謀反人にされ朝敵になったと噂されていたのだから、よほどの求心力がない限り配下をまとめるのが難しい状況にはあったが、まさかあ~も簡単に崩れるとは思ってもいなかった。
 神戸家の居城から毎日のように配下の武将が逃げ出していたのだ。
 ちゃっかりした者など逃げ出したその足で安濃津まできて九鬼様に臣従の意思を本人が伝えてきた者まで現れるくらいだったのだ。

 もうこうなると神戸家は戦国武将としての働きなどできずに、城はほとんど無人のような状況にまでなっていた。
 最後は神戸具盛親子がほとんど無人となった城で切腹をして城を開城してきたのが一昨日のことだ。

 一戦どころか軍を動かすこともしないうちに討伐の命令を達成してしまったのだ。
 残りは北畠だけだが、あそこは使いの一人を送るだけでも済むだろう。

 なんだかあっけなく終わったが、ここまで軍を用意したのだからここで一挙に伊勢の件を片付けるためにも残りの北伊勢四十八家と言われる尾張に近い地域の掌握に当たるために九鬼様に軍を動かしてもらった。

 これで俺の仕事は終わったと思っていたところに昨日松永様のところの本多様が直接訪ねてきて俺らに後詰を頼んできた。

 どういうことなの?? 
 松永様って俺らの後詰だったよね。
 これって後詰の後詰ってことかって聞いたら、俺らがあまりに早く片付いたものだから松永様の本来の目的である大和の寺社勢力の一掃が終わらないとか。

 俺らが軍を解散させたら松永様の出陣の名目がなくなるので、自分の仕事が終わるまで軍を維持させて欲しい。
 どうせ軍を維持するだけなら俺らの仕事を手伝えって言ってきた。

 本当に食えないおっさんだ。
 で竹中様に相談したら砲兵を出して敵の砦に数発打ち込めばあちらも終わるだろうということで今に至るわけだ。

 今回の神戸家討伐は城攻めとなると考えていたので、秘蔵っ子の砲兵隊も完全に準備を整えていたから、砲兵隊を出すのに時間はかからなかった。
 なので、準備の済んでいる2門の大砲とそれを扱う兵士で構成されている砲兵隊の他、藤林様傘下の鉄砲隊20名が加わった人員だけで行くつもりだったのだが、俺を心配して孫一さんが自身の部下とともに50名で俺らに付いてきてくれることになりちょっとした部隊での行軍となった。

 大砲は重量があるので前の戦からの教訓で人力での移動は考えてはおらず、牛を使って移動させている。
 なので行軍速度もまさに牛歩の歩みだ。
 あまりに当たり前なのだが、牛に大砲を引かせているのだからそれ以上の速度での移動はできない。
 そもそも道路事情が悪いこの時代では人力では牛歩以上に遅くなるのだからある意味牛に対して失礼な言い草であった。

 牛歩の歩みで大和に向かうわけだが安濃津からだと直接向かうには途中に伊賀の国を通らないといけなくなる。
 商業キャラバンなら多少の軍備を伴っての移動でも問題はなさそうなのだがさすがに一軍となると少々厄介になってくる。

 今のところ伊賀までちょっかいをかけるつもりがないので、また伊賀の地の支配権がはっきりとはしていないところで面倒な外交などしている時間もないので、今回は少々遠回りとなるが北畠の居城のある霧山城の近くを通るルートで向かうことにした。

 どうせ使いを出さなければならないこともあるので竹中様を正使として、ついで仕事をしてもらうことになった。
 昨日霧山城についた時についで仕事を片付けるつもりであったのだが、こちらは既にもぬけの殻となっていた

 どうも、幕府からの上使を追い返したあたりで配下の連中が逃げ出して、どうにもならずに北畠具教は家族と僅かに残っていた配下を連れて高野山あたりまで逃げ出していたということだった。
 こちらとしてはこれ以上ない結果となるので非常にありがたかった。

 切腹など自殺する分には全く問題はなかったのだが、捕まえての処刑となると色々と厄介なことが出てきそうだったから、本人が伊勢から逃げ出してくれたのはありがたかった。

 なにせ一応貴族で中納言という要職にある人なのだから無位無冠の俺らが討伐すると色々と外聞が悪くなるのだが、今回は彼のファインプレーに助けられたようなものだ。

 こちらとしても追いかけてどうこうするつもりもないので落ち着いたら京都に報告だけしてこの件を終わらせるつもりだ。
 そんな事情もあり昨日は誰もいなくなっていた霧山城で1泊した後、峠を越えて大和に向かっているのだった。

 先程の会話からしばらくすると斥候に出ていた兵士が俺のところに戻ってきた。

「殿、この先に見晴らしのよい場所が有り、そこからですと松永勢が囲んでいる要塞を見渡せます。」

「そこまでどれくらいだ。」

「この移動速度でしたら一刻ばかり後には着くことができます。」

「そこには大砲を展開させる場所はあるか。」

「十分な広さはあります。」

「ではそこに向かうとするか。
 悪いがその付近の斥候を頼めるか。
 軍を展開している途中で襲われたのではたまらないからな。」

「はい、それでしたら既に別のものが現地で調査しております。」

 先程の斥候の言ったとおり一刻もしたら十分な広さのある見晴らしのよい場所に着いた。

「お~~、ここなら松永さんのところの兵隊さんたちがよく見えるな。
 距離にして1km違うな……2kmはないとは思うがどうだろう。
 まあ高低差もあるし、有効とは言い難いがここからでも弾は届くかな。
 ここに決めよう。
 どうせ当たらなくとも付近に弾が届けばいいだろう。
 要は敵さんが驚いてくれればいいだけだからな。
 問題は松永さんのところに当てさえしなければいいだけだ。
 お~~い、悪いがあそこの松永さんのところにお使いを頼めるかな。」 と言って先程の斥候を呼び出した。

 すでに日もだいぶ傾き出していたので明朝一番で大砲を打ち込むことを伝え、その時に誤射でやられないように囲みを少し退けてもらうようにお願いをした。

 直ぐに斥候が俺の伝言を持って松永勢の元に走っていった。
 俺たちはこの場所で野営をすることにして準備を始めた。
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