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第五章 群雄
第百十三話 接待の酒宴
しおりを挟む夕方には、堺に着いてしまった。
俺たちは約束通り寄り道をせずに能登屋さんを訪ねた。
直ぐに番頭さんが出迎えてくれ、店主のいる奥に連れて行かれた。
「久しぶりですね、空殿。
何かとご活躍と聞き及んでおります。
とりあえず、伊勢の平定おめでとうございます。
これは心ばかりの品ですのでお収めください。」
これは油断していた。
堺の豪商だけあって伊勢を平定した勢力との繋がりのための付け届けを出してきた。
堺の商人ならば当たり前の行為なのだろうが、慣れていない俺には面を食らった。
出された三方には金子が詰まっているだろう綺麗な袋と、別の三方には茶器が数点乗せられており、その見事な出来栄えは、平成や令和の世ならば重要文化財は堅い、もしかしたら国宝にもなろうものかというものもあった。
「もしかして、これって曜変天目とか言わないよね。」
「これは御目が高い。
まさしくその通りです。
先の三好様も好まれたと言われる茶器の一つで、ちょうど手に入りました品なのです。
此度のお手柄を挙げられました空様には、持っていてしかるべき品と手前どもは考えております。
紅屋様の一件のお礼でもあります。
どうかお収めください。」
「これって確か国宝だったよね。
俺が持っていていいものじゃないよ。
お断りするわけには……」
「空殿は世事には詳しくないようですね。
ここは大人であるそれがしからご注進致しましょう。
こういったことは初めてのご様子ですね。
空殿の謙虚とも思える態度はとても好感が持てますが、こういった品は他意がない限り素直にお受け下さるのが礼儀なのです。」
「他意って…」
「他意ですか、そうですね。
縁を切るつもりでの対面などですね。
これからもお付き合いして下さるつもりならば一旦お受け取りした後に、今後を見通して返礼品などで調整をかけるのが礼にかなった態度ですね。
私どもは既に干物のお取引をお受けもらっておりますので、これはそのお礼でもあります。
返礼は不要ですよ。」
「それにしても……あ~そうだった。
干物の件ですが誠に申し訳ありませんでした。」
「は?
空殿、それはどういうことなのでしょうか。」
「口約束とは言え、なかなか増産が叶わず、私どもがもたもたしているうちに、能登屋さんが独自に動かれたと聞いております。
お約束を守ることが叶わず、本当に申し訳ありませんでした。
賢島の干物は、取り決め通り能登屋さんに卸すように村長には伝えてありますので、今後は村長とも相談の上お取引をお願いします。」
「アハハハ。
そうでしたね。
賢島の干物は、空殿にお許しを頂く前に私どもが動いていましたね。
一応九鬼様にはお話を通してはおりましたので、大丈夫かと私どもで進めて参った次第です。
こちらこそ、私どもの先走りをお許し下さい。」
「私のことはお気になさらずに。
干物は本当にあちこちで評判がよく、増産のお願いばかりされていたものですから、最近はあちこち行くたびに納期と納品量の件で謝ってばかりでしたので、なかなか能登屋さんとの約束を叶えられなくて気にはなっておりました。
能登屋さんの方で動いていなければ圧しの強い方にもっていったところでしたから。
最近、近江に出しております伊勢屋の圧力が強力で負けそうでしたので、今回は能登屋さんに不義理をなさなくて良かったと思っております。」
「では、この件はお互い様ということで。
それでですね、空殿がうちの番頭に依頼しておりました壺の件ですが、ちょうど今日の夕方の船で入ったものがあるのですよ。
あの番頭みずからその日のうちに船で長船まで行き、取引のある窯元で探して参ったものです。
見てみますか。」
「それは是非にお願いします。」
能登屋さんは店のものに言いつけて品物を運ばせた。
なんと運んできた人の中に賢島の番頭さんもいた。
「なんかすみませんね。
なんでも番頭さん自らの仕入れだったとか。」
「いえ、空殿のお力になれるのなら嬉しゅう御座いますので、お気になさらないでください。
早速ですが、これなんかどうでしょうか。
これは焼き締めという技法で焼かれているもので、光沢もあり、素焼きと違い水物を入れるのにはもってこいの焼き物なのです。
色は暗めの物が多いのですが、贈答品に入れても差し支えないかと思います。
曜変などのような高級品ではありませんが、十分に贈答品に加えられると思い仕入れました。」
大小さまざまな大きさの壺がそこにはあった。
工業品でないので大きさにはばらつきはあるが大きく分けると大、中、小それぞれ10ばかりあり、派手さはないが光沢のある味のある趣の壺ばかりだ。
これならば良い。
酒の他、茶や油を入れても大きさが異なるので交じることがない。
「せっかく仕入れてくれたので、全て引き取ります。
後で請求してください。
物は明日にでも紀伊之屋に運んで下さればそこから賢島までは船で運びますので、お願いできますか。」
「わかりました。
請求は賢島の九鬼様でよろしいでしょうか。」
「そうしてください。
支払いにつきましては、私の方で処理をしておきますからお願いします。」
「では、難しい話も終えたということで、これから歓迎の宴を開きます。
少々ここでお待ちください。
既に準備は整っておりますからそんなにはお待たせしませんよ。」
「え、歓迎は結構ですよ。
こちらの方がいつもご厄介になっているのですし。」
「気持ちですよ、気持ち。
では後ほど。」 と言って能登屋さんは番頭さんを連れて出て行った。
それほど待たされずに俺たちは奥の広間に通された。
そこには、海の幸、山の幸などが所狭しと並んでいた。
おまけに酒までそれも色々と各地から取り寄せたであろう酒が並んでいた。
一番俺が驚いたのは、そこには能登屋さんだけでなく堺の綺麗どころも多数侍っていたのだ。
まさに華やかな酒宴といった感じである。
おいおい、子供に酒宴で接待ってないだろう。
それも綺麗どころまで用意しての接待って、俺にどうしろというのだ。
ほれみろ、うちの女性陣の機嫌がとたんに悪くなってきた。
そんな空気を無視するかのように能登屋さんは言い放った。
「空殿には少々早かったようでしたね。
でも珊さんや張さんは十分に大人でしょうから、お酒も楽しんでいってくださいね。
本当に各地から取り寄せた酒ばかりです。
気に入ったものがあれば申し付けてください。
こちらで仕入れも致しますから。」
自分が楽しむばかりじゃなく営業活動の一環かよ。
俺に酒の営業をかけたってしょうがないだろうとは思ったよ。
酒や綺麗どころの営業は俺のいないところでやってくれ。
興味が無い……訳はないが、興味ある素振りを見せたら地獄が待っているんだよ。
葵と幸が俺の両隣をしっかり確保してガード体制を引いており、離れた位置から張さんが人でも殺せそうな鋭い視線を向けてくるんだから、俺にとってこの酒宴は接待じゃなく、居心地の悪い食事時間だ。
本当は美味しいものばかりのはずなのに、味なんかしなかったよ。
周りばかりが気になって味わう雰囲気じゃなかったことだけは言っておこう。
酒宴が終わっても葵や幸ばかりか張さんまでもが俺に皮肉を言ってくる。
「男の人はさぞ楽しかったでしょうね。」だって、そんなわけあるか~~。
俺らはそのまま能登屋さんで一泊してから翌日伊勢屋まで行き、賢島に戻る船を待った。
昼過ぎに船は入るのだとかで、その日中に賢島まで戻ってこれた。
やれやれと落ち着きたかったが、まだ宿題は残っているのだ。
賢島に詰めている忍びの方に、九鬼様と半兵衛様をここ賢島まできてもらうように頼んだ。
さっさと松永勢との同盟を結ばせるためだ。
二人がここ賢島まで来るまでの間で、献上品の準備を始めた。
村長から頂いた干物の行李1つある。
あと2つを用意したい。
それもここ賢島産の物を。
そのため、能登屋さんに納品分を我々が能登屋さんから買い取る形で用意した。
我々は伊勢の政を始めたばかりだ。
なので、勢力地盤である志摩の物を献上品としたかった。
本当は伊勢の方が色々と物品の製造は進んでいたが、表向きは後から伊勢に入った格好だから、志摩の物を用意しましたという形を作りたい。
あとは抑えてある紹興酒を用意した壺に小分けして体裁を整えた。
お茶や油は三蔵村にあるので、それ用に準備した壺を運べるようにして、九鬼様達を待った。
これならば我々が伊勢に行ったほうが早かったとすごく反省したが、行き違いを恐れたので、素直に待つことにした。
3日目になって港に入ってきた船に二人が乗っていた。
直ぐに城で今後について話し合い、紹興酒と干物を持ってもらい、半兵衛様だけ、そのまま堺経由で大和に向かってもらった。
弾正様との正式な同盟を結ぶためだ。
九鬼様には、同盟締結後に半兵衛様が伊勢に戻ってきたら直ぐに伊勢を出られるように準備をしてもらう。
とんぼ返りをさせるようで悪かったが、我々は九鬼様と一緒に伊勢の桑名に向かった。
一応本拠地を置くつもりの大湊は、その準備を始めてもらったが、現状は大湊より桑名の方が色々と都合が良かったので桑名をベースに活動をしている。
なにせ桑名は三蔵村に一番近いのでありがたい。
とにかく、俺は張さんと珊さんたちと一緒に三蔵村に戻ってきた。
そろそろ俺も落ち着きたい。
この叙任のための上洛が済めば、色々と落ち着けそうだ。
もう一頑張りだと、三蔵村で茶の実から絞った油とお茶を、献上できるように体裁を整える仕事に没頭したのだった。
そう、未だに続く葵や幸たちからの攻撃をかわすためにだが……
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