名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第五章 群雄

第百四十話 信長との交渉

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 俺たち一行は滝川さんの案内で井ノ口郊外にある大きな寺の前まで来た。
 この寺から信長が稲葉山城の攻略の差配をしていたそうだが、どう見ても国主が居るようには見えない。
 なにせ寺の門は大きく開け放たれ、そこから慌ただしく足軽たちが荷物を運び出している。
 それに何より、門前に警戒のための兵士が一人もいない。

 いくら信長が破天荒だとは言え、ここまで無警戒で敵地に居る訳はない。
 ましてや、城を落としたばかりでは敗残兵の破れかぶれのテロなどが怖い時だ。
 絶対に警戒しないわけはない。
 だとすると、ここを引き払ったと考えるのが普通だろう。

 行き違いになったとは思えない。
 なにせ我々は清州経由で、ここまでメインルートを通って来たはずなのだから。
 戦に負けて逃げるのなら裏道の選択もあるのだろうが、この場合には当てはまらない。
 いったい信長さんはどこに行ったのかな。
 おっと、とりあえず滝川様は中に入って様子を聞くらしい。
 我々もついていかねば。

 寺に入ると、そこは門前よりもはるかにざわついていた。
 明らかに撤収作業をしている。
 その撤収を奥で差配している武将に見覚えがある。
 丹羽長秀様だ。

 丹羽様の方でも我々に気が付いたようで、俺の姿を確認した後、すぐに後ろの随行員の姿を確認していた。
 その後、天を仰ぐような仕草をしている。

 藤林様は面識があったはずだが、半兵衛さんはまだ知らないはずだ。
 それでも身なりから九鬼家の重鎮と認めたようであった。
 俺らは滝川様の手招きで丹羽様の前にまで来た。

「お久しぶりです丹羽様。
 稲葉山城攻略のお祝いに駆けつけました」

「早速やってきたのに、この有様で申し訳ない。
 それにしても早い到着で驚いた。
 お祝いに駆けつけたのは空殿たちが最初だ。
 井ノ口の商人よりも早いとは、どんだけだ」

「いえいえ、こちらに滝川様がいち早く教えてくれたからです。
 驚いたのは、弾正忠様の行動の速さです。
 本当にお知らせを頂き感謝しております。
 ささやかながらのお祝いの品はどちらで渡しましょうか。
 さすがにここではご迷惑でしょう」

「そうしてもらえると助かる。
 殿のところでお引き取りしよう。
 今朝方殿は稲葉山城に移られた。
 見ての通り、ここではその後始末をしている」

「何だか間が悪かったですね。
 申し訳ありません。
 お忙しいようなら日を改めますが」

「いや、それには及ばん。
 後ろの方は殿がご招待したようなものだからな。
 それにしても空殿は行動が早い。
 うちの殿も大概だが、その速さについてくるどころかそれを上回るとは。
 まあ、なんにしてもこういったことは早い方がよかろう。
 殿のお考えはそうだからな。
 私が殿のところまでお連れしよう。
 ……
 誰かあるか」

 そう言った丹羽様はすぐに配下の武将を呼びつけ後を頼むと我々を稲葉山城の御殿に連れて行った。
 稲葉山城の御殿の周りも当然慌ただしくなっている。
 足軽達が忙しく荷を運んでいるのだ。

 しかし我々を驚かせたのは、信長が玄関口で我々を出迎えていたのだ。
 丹羽様は寺を発つ前に先駆けを走らせていたが、それでもこの扱いは明らかにおかしいでしょう。

 我々は信長にお祝いの言上に伺った形なのだから、散々待たせた挙句代理の者が祝いの品を受け取る筈なのだが、当の本人がいきなりとは、さすがに丹羽様も驚いたようで、信長を見つけた直ぐ後にお小言を言っていた。

「殿、流石にそれはないでしょう。
 せめて広間でお待ちいただいてほしかったです」

「なにを言うか五郎左。
 こちらから呼んでおいてそれは無いだろう。
 それに今ここではそんなことを気にしている輩なんぞ居らんよ」 と丹羽様の御小言を軽くいなして我々の方に向いて声を掛けてきた。

「一益の招待を受け早速おいで頂いてかたじけない。
 こんな有様だから大したおもてなしはできないが、空殿はその方が良かろう。
 面倒事は嫌いなので早速本題に入りたいがそれでもかまわないか」

 信長の挨拶?を聞いて丹羽様はまた空を仰いでいる。
 大変なのね。
 その気持ちは分からないでもないが、周りが大変そうだな。

「弾正忠様。
 私は構いませんが、一応名目だけは済ませたいので、お祝いの品と挨拶だけはさせてください」

 そこまで言うと丹羽様は、ここでの立ち話ではと言う事で、全員を御殿の広間に案内した。
 広間では、一応の形式を整え、稲葉山城攻略のお祝いの言上とお祝いの品の引き渡しを行い。
 面会の式典?を終えさせた。

 その後すぐに藤林様と半兵衛さんに空の三人だけを伴って奥の私室に連れていかれた。
 ここからがやっと本題だ。
 それでも、ここに至るまではこの時代の常識からは明らかにおかしいほど短い。
 令和の時代でもおかしいとは思うが、とにかく合理的なのだ。

 アメリカのビジネスマンじゃないがTime is Moneyだともいわんかのようだ。
 本当に信長さんはこの時代の人か、もしかしたら俺のいた時代かそれ以降の人が俺のように流れ着いたのではないかと勘繰ってしまう。

 何よりすごいのは、この信長さんに付いていく織田家の面々だ。
 大変だとは思うが、本当によくついていけるものだとつくづく感心してしまう。
 俺は、そんなくだらないことを考えながら半兵衛さんと丹羽様の交渉事を見守っていた。

 ここまでくると、俺の出る幕はない。
 九鬼家の政なのだから、家老である二人に任せられる。
 と言うより、その二人の責任の範疇だと空は考えている。

 本来ならば幸代さん達と別室に下がれるはずなのにと考えたら、何だか非常に損をしたような感覚に取らわれてきた。

「どうした、退屈か。
 ワシらとの同盟には乗り気でないのか」

 空の様子を鋭く見抜いた信長が急に空に声を掛けてきた。
 さすがにあくびはしていなかったはずなのだが、心の内を見抜かれたようで空は非常に焦って答えた。

「弾正忠様。
 退屈など、めっそうもありません。
 ただ一商人として政の関係は関りが薄く、私がこの場にいてよい物かと思案しておりました」

「なにが一商人だ。
 いい加減、表に出てこないのか。
 松永のじいさんも同じことを言っておろう。
 まあ良い。
 空殿は反対ではないのだな」

 しまった。 
 交渉中である筈なのに結論を出させてしまった。
 後はせいぜい条件交渉だけになった。
 それにしても油断できない。
 と言うよりも、子供の俺がこの席にいるのが間違いだろう。
 こういったことはチートたちだけでやって欲しい。
 半兵衛さんごめんなさい。

 まあこちらとしても不戦同盟位ならばむしろ望む所だし、以前にも信長には話していたはずだ。
 条件さえ整えば使者を取り交わして終わりのはずだし、その条件の交渉中だ。
 せめてこちらが一方的に不利とならないようにだけはしておかないといけない。

「弾正忠様の治める尾張は本当に素晴らしいと思っております。
 そのような国と戦をしないというのなら歓迎しないわけにはいきません。
 しかし、私どもがお世話になっております九鬼の殿様のお考えまでは分かりません。
 今回は、幸いなことに九鬼家から家老のお二人も同行してくれましたら、そちらの方と、十分に話し合えばよろしいかと思います。
 私としてというより、伊勢や尾張の商人は全員が賛成なさるでしょう。
 伊勢屋としても美濃にまで商いを広げる良い機会だとも考えております」

「あくまで商人として振舞うか。
 まあ良い。
 五郎左、こちらの出せる条件を隠すことなくお知らせし、向こうの意向を確認させろ。
 一々細かい条件闘争などする必要はない」

 この信長の一言で交渉はすぐにまとまった。
 交渉とは言えないが、今回はどちらにも利があり、それほど難しい事じゃなかったのだ。
 どちらも相手を出し抜こうとしなければの話だが、この信長の一言がそれを防いだ。
 よって、信長側から大湊に使者を出して不戦同盟の締結となる。

 今回の同盟での付帯事項としては、信長側からは京までの道の確保への協力。
 これは松永との橋渡しの労を九鬼家が持つと言う意味だが、大湊にまでくる使者を連れて大和まで連れていくことを約束したのだ。

 九鬼家側からは両国国境付近の治安協力だ。
 これは長島の一揆対策と言う意味を持つ。
 その協力を取り付けた。

 この先はどうなるかはわからないが、俺としては信長に協力して日の本を平定しても構わないとすら思っている。
 今の信長さんならそれほど問題は出ないと思う。
 史実で信長がおかしくなったのには、だれからも理解されなく裏切りばかりを経験した後の事だ。

 尤も今のような仕事をしていれば悲鳴を上げる人が出ないとも限らないが、少なくとも我々には信長を理解できる。
 今後の我々の役割は、信長を孤立させずに理解して協力していくことだろう。
 少なくとも今の信長の目指している先にあるものと我々の目指しているものとが同じ方向を向いている。
 今後の細々したことは半兵衛さん達に丸投げする方針だ。

 頑張ってください。
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