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第六章 上洛
第百四十四話 お見合い
しおりを挟む京に上る途中で、俺は本多様に聞いた。
「手広く商売をしている関係上、いずれは京には来なければならないとは思っていましたが、何もこの時期に私まで京に上る必要があったのですか」
「何を言うか。
殿が今回京に上られるのは、お前の要件のためだぞ。
丹羽殿は、いわばおまけ。
ついでだったのと、信長の上洛に際しての目的を探るために都合がよかったためだ」
「私の要件って、何ですか?」
「それは知っているが、私から言えないのだ。
すまんが、殿にでも聞いてくれ。
どちらにしても、もうすぐ京に着く。
そうしたら否が応でもわかるから待つのも手だな」
そんな会話をしながら弾正率いる大名行列と言うより、軽装の軍隊の後ろをゆっくりと歩いていた。
総勢300名くらいになる軍隊?と呼んでいいのか、一応武装はしているが甲冑など着ていない兵士ばかりの隊列で弾正は中央付近を馬に乗ってゆっくりと進んでいる。
俺の横にいる本多様も、いつもなら馬上で移動を許される人なのだが、今回ばかりはお客様の丹羽様もいるので、徒歩での移動となっている。
そういえば、俺は本多様の馬上姿を見たことがない。
いつも村に来るときは旅装で歩いてくるし、偉いのかそうでないのかわからないので、かなりぞんざいな対応をとっていたのだが、こういった行列での移動を見ると、馬上の武士は本当に偉そうに見える。
丹羽様は、お連れの武将たちと談笑しながら俺たちの少し前を歩いているので、先ほどの会話は聞こえていないだろう。
彼ら自身も解っているのだろうが、おまけと言われれば、あまりいい気持ちはしない。
そんなことは分かっていても聞こえないからあえて俺にそんなことを言ったのだろうが、本当にこの人たちの意図が見えない。
丹羽様は上洛に際しての情報収集だろうが、あえて今する必要が見えない。
どんなに急いでも準備に数か月はかかる。
戦乱が続くこの時代では町の情報など、ころころ変わるので今調査してもどこまで使えるかわからない。
そんなことは信長様も丹羽様も百も承知だろうから、さしずめ少しでも多くの人脈つくりが目的だろうとは思われる。
丹羽様は京に着いたら、そのまま以前より織田家と付き合いのある山科言継卿の屋敷を訪ねると言っておられた。
山科様のつてを使って人脈つくりだろう。
問題は、あのくそじじいの目的だ。
藤林様の掴んだ情報だと、公家に嫁探しを頼んでいるとか。
さしずめ俺の見合いか。
しかし、この場合にこの見合いって俺の方から断ることができるんだろうか。
なんでも、家柄の良いところを物色していると聞いたのだが。
絶対にありえないだろう。
どこの馬の骨ともわからない男の、それも子供相手に良家のお嬢様が嫁に来るのなんて。
平成や令和の時代でもありえない設定なのに、いったい何をやらかそうとしているのか全然見えないのが怖くなってくる。
そんなことを考えながら歩くことしばし。
京の町が見えてきた。
本当に何年ぶりだろう。
俺が中学生の頃に修学旅行できたきりだ。
清水寺はあるのだろうか。
あるよな、それよりも金閣や銀閣寺はこの時代ってあるのかな。
室町時代にできたと聞いたけど。
ちょっと楽しみにどんどん進んでいく。
徐々に京の町の様子がわかるところまで近づいてくると、俺の知っている京とは様子が違って見えた。
当たり前の話だが、駅前のタワーが見えないなんて言うつもりはないぞ。
それよりも、活気が感じられないのだ。
それに何だか廃墟のようなものがとにかく多い。
火事の跡すら片付けられていなく、そのまま放置して何年もたったようなものが所々に多数あるのが見えてきた。
これって本当に日本の都なのか。
奈良でも、焼け跡などがあったがここまで多くない。
京の荒れ方は酷い。
これなら、ここで商売をしようなんて気持ちにならない。
ここは、近づかなくてもいいかな。
商売にならないだけでなく、公家や武士などいろいろとめんどくさい状況になっていそうで、犬も歩けば魑魅魍魎に会い、鵺にぶつかるような場所だろう。
俺なんて、ひとたまりもない。
こんな状況では、生八つ橋なんて絶対に無理だろう。
俺は抹茶もいいけど、あのチョコレート味も捨てがたかったのに。
流石にこの時代には、チョコレート味は無いか。
それより、八つ橋なんてこの時代にあったのかな。
大きな寺は立派なままで、修学旅行当時の面影はあるのだが、とにかく周りの民家が酷かった。
小心者の俺は、ここには絶対に近づかないと心に誓った。
そんな俺の気持なんか無視するように、弾正率いる隊列は御所の近くを通り、室町にあった幕府の跡地に作られた仮の御所に向かっていた。
ここは応仁の乱以降何度も戦乱にあっており、止めが三好の将軍弑逆事件で完全に燃え落ちたそうだ。
その後、弾正が後処理に奔走して、先ごろやっと仮の御所を建てたそうだ。
今では弾正の配下が京の町の治安維持のためにここに詰めているとか聞いたが、マンパワーの不足から満足に目的を達していないとも聞いた。
要は無政府状態にはかろうじてなっていないが、治安維持までは手が回っていないということだ。
早い話、この辺りは治安が悪い。
夜にもなるとそこら中にヒャッハーがたくさん出ると言うのだ。
そんなことを聞かされれば、俺でなくとも近づきたいなんて酔狂なことを言い出す奴はいない。
町がどんどん寂れる訳だ。
そんな寂しい街中を構わず隊列は進み、室町にある仮の御所に着いた。
ここで隊列をいったん解き、弾正はわずかな共だけを連れて俺を引きずるように京の町に入っていった。
昔はさぞ立派なお屋敷だったのだろうと思われる屋敷の前に来た。
大きな屋敷だが、人の手が回り切っておらず、ところどころ壊れていたり荒れている屋敷の門の前に来て、弾正は丁寧に取次ぎを頼んでいた。
これは珍しい物を見た。
あのくそじじいが丁寧に接する相手って、がぜん興味がわいてきた。
俺はそのまま弾正に連れられて、先に対応していた下男の後に続き屋敷の中にはいっていった。
どうやら俺を京に連れて来た目的が、この屋敷にあるようだ。
この屋敷の中も外観同様に、とにかくかつては立派な屋敷を彷彿とさせる造りだが、とにかく人の手が行き届いていない。
これほど広い屋敷にもかかわらず、屋敷内にいる人の数もえらく少ない。
平成や令和の基準からしたらどうとでもないが、とにかくこの時代の偉い人の屋敷にはやたらと人がいるのだ。
九鬼様のできたばかりの屋敷にも俺の知らない人であふれていたので驚いた経験がある。
これが信長や弾正のような本当の大名ともなると本当に人が多い。
それに比べればここには人がいないと言ってもいいくらいしか俺は会っていない。
京都が応仁の乱以降相次ぐ戦乱や事件、それに伴う治安の悪化や何より政治の実権が公家から武士に移ってから久しいので、公家の暮らしは厳しくなる一方のようだ。
この家の主もかつては栄華を誇った家柄なのだろうが、他の公家同様にさびれていったのだろう。
それにしても、この家の主って誰なんだろう。
俺の知っている人ならいいが、家柄を誇る公家と言っても京には沢山居るだろうから、にわか歴史ファンの域を出ない俺なんかが知らない人の方が圧倒的に多い。
この時代ではせいぜい先に出た山科か関白の近衛しか知らない。
家柄だけだと確か五摂家と言うのがあったような。
そういえばその五摂家だが、一条家は土佐に逃げたのではなかったっけ。
俺の知っている知識などせいぜいこれくらいしかないが、いったいあのくそ爺は誰のところに俺を連れてきたのだ。
早く知りたいものだ。
弾正と二人だけで応接に使われている庭の前の部屋に通された。
そこに一人の少女がお茶を運んできた。
年のころは連れてきた幸とあまり変わらないか、それよりも年下くらいかな。
所作については幸など及ぶべくもないが、貴族の教育がなされた少女なのだろう。
綺麗な所作で俺たちの前にお茶を差し出して、すぐに奥に帰っていった。
「空よ。
どうだあの子は」
何を言っているんだ、このじじいは。
先輩が後輩に彼女を進めるような口調で、何だかとんでもないことを言い出した。
「俺もまだ見たことはなかったが、多分あの子で間違いないな。
この家には、いなかった年の子だ」
俺は、怖くなって思わず聞いてしまった。
「弾正様。
どういうことなんでしょう」
「だからお前の嫁のことだ」
「嫁って。
俺、まだ子供だよ。
所帯なんか持てないよ、未成年だし、婚姻が認められる年じゃないですし、何よりあの年の子を娶るのなんて犯罪ですよ。
何より俺はロリコンじゃないし、無理、無理ですよ」
弾正はあきれる様の俺の方を見ると一言。
「空よ。
お前って、時々本当に訳の分からないことを言い出すな。
お前くらいで婚約は当たり前だぞ。
もっとも庶民ではまだだろうが、少なくともある程度の身分の者なら遅いくらいとは言わないが決して早くはないぞ」
「なんなんですか、そのある程度の身分って。
俺は庶民ですよ。
確かに三蔵の衆も頭となっているようですけど、それでも庶民。
一商人でしかないのに、嫁取りなんて絶対に無理ですよ」
嵌められた。
のこのこと、一人でついてくるんじゃなかった。
幸がいれば……この場に幸がいても難しいかな。
それでも抵抗くらいはできたような。
すでに後の祭りか。
この見合いって断れないかな。
この時代の習慣なんて俺知らないしな。
どうしよう。
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