名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第百六十二話 草ぼうぼうに水たまり

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「空さん、ここですか」

「どうやらここのようだな」

 葵は、はしゃいで俺に聞いてきた。
 俺らを太閤のお屋敷からここまで案内してくれたのは、太閤殿下のお屋敷に勤めていた助清さんという初老の人だ。
 なぜか過去形かというと、体のいい厄介払いの様で、俺に押し付けられたのだ。
 助清さんは、太閤屋敷で雑務をしている使用人の小人頭のようなことをしていた人で、若かりし頃ここ鷹司別邸にお勤めだったとか。

 京における人材の補強だとかぬかしながら太閤屋敷からリストラされた人だ。
 なにせ今の京では、主上ですら日々の暮らしを凌ぐのがやっと、藤原長者で、荘園などを抱えている貴族ですら、荘園からの上りを地元国人などにかすめ取られるようで苦しいのは変わらない。

 一応体面を確保する最低限の人は屋敷に囲っているようだが、それすら重荷で、機会があれば解雇したかったのが実情のようだ。
 そこに俺が、カモがネギをしょった状態で訪れたものだから、これ幸いとばかりに俺につけてきた。

「伊勢守としての体面もあろうから、京の暮らしに詳しいものを付けよう。
 それに、奥勤めもいるだろうから、それもうちから出そう」などと言いながら俺たちの後にいる若い女性が3人を付けてきた。
 みんな助清さんの部下になるのだとか。

 俺の意向はこの際一切無視されて事が進んでいく。
 大和にいる糞おやじと同じ穴の狢だ。
 若い女性、それも太閤のお屋敷に勤めているだけあって器量もよく、礼儀もわきまえているので、葵も幸も機嫌が悪いこと悪いこと。

「どうせ私たちは百姓の生まれですよ」なんてぬかしながら俺に当たってくる。

 どこに俺の意向があるのだ。
 俺の希望など一切入っていないぞ、
 俺の前を歩いている張さんですら不機嫌のオーラを出している。

 俺はこの場の空気を換えるように案内された別邸を見渡した。
 流石貴族の、それも五摂家の別邸と言えばいいのか、これはちょっとと言えばいいのかわからないところだ。

 ロケーションは申し分ない。
 俺らが仮の拠点を置いている場所からも500mも離れて居ない。
 何より俺が喜んだのは、鴨川に敷地が面していることだ……が、それだけだ。

 とにかく広いのは広いのだが、あたり一面が草ぼうぼうの状態だ。
 少なくとも1年以上は人の手が入っていない。
 よく見ると、奥の方に草の丈のを少しばかり超えたところに屋根が見える。

 別邸の屋敷…跡?のようだ。
 使えるのかな。
 俺が屋敷を睨んでいると張さんが俺のそばに来て

「かなり傷んでいるようですが使えそうですね。 
 三蔵寺の時と同じようかもしれませんね」

「確かにあの時も酷かったね。
 敷地にすら入れなかったしね。
 今回は簡単に敷地に入れただけましかな」

 簡単に敷地に入れる事が安全面を考えると大問題なのだが、俺は張さんに軽口をたたいた。

「そうですね。
 でも周りの塀だけはすぐにでも直す必要はありますね」

 そうなのだ、ここの敷地を囲う壁が所々崩れている。
 壁については全面的に作り替えが必要だ。
 俺は案内をしてくれている助清さんに尋ねた。

「ここに手を入れても大丈夫ですか」

「はい、ここはすでに伊勢守様に下賜されたので、好きにしてもらっても構わない、何なら更地にしても構わないとまでご主人様、失礼しました、今のご主人様は伊勢守様でしたね、殿下がおっしゃっておられました。
 その……
 殿下の希望としては、ここをきれいな形にしてほしいのかと思います。
 今のような荒れ屋では、治安も悪くなりますし、何より主上のおわす御所の傍に荒れ屋があるのは、面白くないかと」

 まあそうだよな。
 割れ窓理論じゃないけど、町が荒れると町の治安を乱すしね。
 その逆も真理なので、少なくとも外から見えるところはきちんとしたいしね。

 それにしてもね、ここは酷い。
 とにかく草ぼうぼうで、奥には大きな水溜まりが……て、あれって池か。
 教科書で見たことがある貴族の暮らしに必要な池があるのか。
 ……
 考えたら当り前だな。
 ここは五摂家の一つ、鷹司の屋敷だった場所だ。
 無い方がおかしい。
 しかし、敷地中央にある池は邪魔にならないといいけど。
 まずは草刈りからかな。

 俺は横にいる張さんに相談した。

「とにかくここを使えるようにはしたいですね。
 でないと、あの人たちをあの狭い拠点に連れて行かなければならなくなりますしね」

「連れて行く行かないは、この際どうでもいいですが、そうですね。
 あの屋敷はとりあえず使いたいですかね。
 まあ、どんな所だって、初めて空さんに出会った場所よりは格段にいい場所ですからね」

 そういえばそうだ。
 あの廃屋は酷かった。
 絶対にあそこでは冬を越せなかっただろう。
 その後見つけた寺も長い間放置されていたようで荒れていたし、俺ってなんだか廃屋に因縁のようなものを感じてしまう。
 俺は一つ大きな息を吐いて、助清さんにお願いをした。

「助清さん。
 今日は、あのお屋敷を使えるようにしてもらえますか。
 助清さん達は、今後はあそこで生活してもらいたいのですが」

「わかりました。
 彼女たちを使ってもいいですか」 と助清さんは、彼の部下になる女性たちについて聞いてきた。

「構いませんよ。
 彼女たちは助清さんの部下ですしね。
 今後も部下としてお使いください」

「伊野守様は、この後どうしますか」

「その前に『伊勢守』と言うのはやめてほしいかな」

「それではご主人様とお呼びしても」

 ご主人様か…いやと言っても、もっとひどくなりそうなので構わないか。
 少なくとも『殿』よりはましかな。

「構いませんよ」

「して、ご主人様はこの後……」

「そうでしたね。
 ここからすぐ傍にある能登屋さんのお隣に、仮の拠点を構えていますから、いつもはそこにいることになります。
 そこから、ここの整備を指示していくつもりですので、申し訳ありませんがお屋敷の管理だけ面倒を見てください。
 いずれお屋敷にも手を入れ、ここに移ってきます。
 にしても、ここから見えるあのお屋敷に行くだけでも大変そうですね。
 草刈りをするか」

 俺は敷地一面に生えた草を見ながらこぼしていた。
 すると俺らを警護してきた雑賀衆の一人が、俺に対して言ってきた。

「空さん。
 すぐに全員がどうこうする訳じゃありませんよね。
 俺らのうちで、手すきの者がここの草刈りをしますよ」

「え、頼んでもいいの。
 それじゃあお願いしようかな。
 あ、でも、ここからお屋敷まで人の通る部分だけでいいよ。
 それ以外は別のことを考えるから。
 壁の修理もあるしね」

 俺は護衛としてここまで付いて来ていたうちの一組を残して、仮拠点を置いている店まで戻ってきた。

「あ、空さん。
 おかえりなさい」

 店には、ここに残して居た組の誰かが店先にいて、俺らが返ってきていたのが分かったようだ。
 すぐさま挨拶をされたので、俺は先のお屋敷の草取りについて相談した。
 相談の結果、ここに残している組のうち、あと二組を草取りに回してもらった。

 交代で、草取りについてくれるというのだ。
 この時代、鎌はあるだろうが便利な草刈り機はない。
 それでは鎌で刈るかというと、そうもいかない。
 鎌だって非情に高価で、誰でもが持っているものじゃない。
 当然、武器でないので、俺が連れてきた連中にも持たせてはいない。

 なので、草刈りは、正直鎌を使わずに手で一本一本生えている草を抜いていく、草抜きなのだが、結構これの方がこの後のことを考えると良いのだ。
 なにせ根が残らないので、そこから次が生えるまでの時間が違う。
 欠点としては、とにかく人手がかかるということと、その人たちが大変な思いをすると云ことだ。
 正直、雑賀の皆さん、申し訳ない。

「で、どうしましょうか」

 張さんが聞いてきた。
 今後のことだ。
 まずは、仮とは言え拠点を置いたのだから、兵站の整備だ。
 幸い、すぐ傍の観音寺まではうちの兵站が来ている。
 そこを延長して、ここまで食料を運び込むことを考える。

「まずは食料の確保からかな。
 それと銭かな」

「食料は分かりますが、銭とは」

「地元住民を仲間にしたいので、仕事を出そうかと」

「仕事、あ、そうですね。
 草刈りなら誰でもできますからね。
 それは良いお考えで」

「何はともあれ、我々がこの地で活動を始めたことを知らせないとね」

 俺は、隣に行って能登屋さんの番頭さんに相談した。
 翌日には、勅命について、俺らの店先に告知のための札が建てられた。
 時代劇などでおなじみのあれだが、唯一の違いは瓦版屋がいないのがさみしい。
 太秦も近いので呼んでこようかな。
 いるわけないか。
 太秦に撮影所なんか有る訳無しね。

 閉じられていた店の戸を開け放て、常に二組の警護を店先に居させた。
 これだけでも目立つし、付近の警戒にもなる。
 誰だっていかついお兄ちゃんの居る傍で悪さをしたいとは思わないだろう。

 その後は、手紙を観音寺の伊勢屋に出した。

 返事が来たら一度出向かないといけないだろうが、今はこちらを落ち着かせるのが先決だ。
 まだまだ忙しいのは続きそうだ。
 俺は久しぶりに忙しく働いていく。
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