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第七章 公家の政
第百六十七話 戦の足音が
しおりを挟む血相を変えて本多様が俺のところに来たのは翌日もまだ早い時間だ。
俺らは集まってのんびりと朝食などを頂いていたところに、本多様が走りこむように店先に入って来た。
「空、空はあるか」
何事か、何が起こったの?
俺は慌てて店先に出たら、まだ息を切らしていた本田様が昨日あった松井様と一緒に居た。
「これはこれは、本多様、まずは中にお入りください。
白湯でも出させますから」
これでは悪徳商人が悪代官を招いたような感じになってしまったのだが、本多様があまりに息を切らしており、直ぐには落ち着て話もできそうになかったので、とりあえず客間に通して、白湯を出させた。
本当ならお茶なんか出せたらよかったのだが、まだこの時代のお茶は高価でそうそう出せそうにない。
三蔵寺で栽培しているので俺は出せなくもないが、うわさにでもなったら面倒なので、常識の範囲でおもてなしをしておいた。
俺って常識人なのだからこれくらい当然さ。
俺が二人を伴って客間に案内したら、直ぐに張さんが二人に煎茶を出してきた。
あれ、お茶をだしたよ。
大丈夫かな。
しかも煎茶だ。
張さんの国では割と飲む習慣もあるので、当たり前のように出してきたのだが、この際良しとしよう。
しかし、出された二人は驚いていたけど、大丈夫かな。
しかし、この対応は非常に良かったのか、二人は、特に本多様はお茶を飲み干すころには落ち着いていた。
これで安心して話し合いができる。
「空よ。
今度は何をしでかした。
幕府と戦を始める気か?」
何やらかなり物騒な話が出てきた。
「戦。
ここ京で戦が始まるのですか」
「何をすっとぼけている。
お前が戦を始めそうだと、急ぎ連絡を受け飛んできたのだ。
殿も、非常に驚いていたぞ」
「え?
俺、いや私は戦なんかしませんよ。
どこからそんなデマが飛んできたのですか?」
「デマ?
なんだそれは。
まあいいか。
俺は、空が幕府の役人を沢山捕縛して幕府に対して宣戦を布告したと聞いたぞ」
「役人の捕縛ですか。
ああ、それなら分かります。
それで誤解があったようですね」 と言って、俺は昨日起こった件を包み隠さず本多様に話して聞かせた。
最後まで俺の話を聞いた本多様が大きくため息をついて、こう切り出してきた。
「そういうことか。
空の言い分は良く分かった。
しかし、とんでもないことになったな。
空はどうするつもりなのだ」
「はい、昨日も松田様に止められなかったら、彼らを連れて幕府に苦情を言ってこようかと思っておりました。
彼らはそのまま幕府にお返ししますが、代わりに処罰を要求しておくつもりでした」
「今更幕府に何を言っても空の願いは叶えられないぞ。
下手をすると、いや必ず、いちゃもんを付けてくるな。
今の幕府なら、空を捕まえて身代金を要求するくらいのことをしても俺は何ら驚かない。
やめて正解だ。
それくらい空なら分かりそうなものだがな」
「ええ、幕府は何もしない、私を捕まえる口実にするかもしれないことも理解しております」
「それならなぜ?」
「簡単なことです。
今回はあちらのメンツを立てておきますが、次は無いということもきちんと伝えます。
また、この件は少なくとも付近の住民にも高札などで知らせておきます」
「ますます空の考えが分らない」
「そこまで、幕府のメンツを守ってやっても、今の幕府は、現状を改めないでしょう。
ですから、次は我々が捕まえ次第処罰します。
当然、幕府から何らかの文句も出ましょうが、今回の件できちんと手順を踏んでおりますので、我々には瑕疵はない。
文句すら、逆に幕府の攻撃材料になりますからね」
「え、ひょっとして、以前北畠を嵌めたやり方か」
「何か酷く誤解をしているようですが、北畠家を嵌めたことなどありませんよ。
あの時は、勝手に北畠家が自滅していっただけですよ。
幕府や朝廷の権威を勝手に使って、しかもそれが全て詐称でしたから、問題が発覚すれば処罰されて当然です。
今回は幕府自身ですから、少なくとも幕府の詐称は無いでしょう。
しかし、だからと言って幕府が無軌道をして良い理由はありません。
民を守れない幕府に価値はありませんしね。
しかも民を守らないだけでなく、民から搾取するなんて害悪でしかありません。
そんな幕府ならいらないでしょう」
「空、ひょっとして貴様は幕府を京から追い出そうとしていないか」
「あはははは。
どうなんでしょうね。
私は勅命を承ったので、それに従っているだけです。
それ以下でもそれ以上でもありません」
「オイオイ、勘弁してくれ。
三好を巻き込んでの戦はしたくないぞ。
少なくともここ京での戦は、流石にできないだろう」
「分かっております。
ここ京での戦は有りませんし、少なくとも私からは仕掛けません。
しかし弾正殿は、どうでしょうか。
ここいらで一度三好を叩いておきたく思っているのでは。
そのための伊勢九鬼家との同盟だったとご本人から聞いていますよ」
「確かに、そろそろここいらで三好を叩いて、畿内から追い出しておきたいとは言っておられたが、私には殿のお考えは分からない」
「これは私の考えですが、弾正殿は海で決着を着けたいのでは。
ここ京で煽られれば、三好の本国四国からの援軍も寄こしましょう。
弾正殿はその海を渡ってくる援軍を海上で叩きたいかと思っております。
海戦なら、少なくとも我々九鬼水軍の方が有利に戦えますから。それに、船を沈めた方が三好の被害も陸で戦うより格段に大きくなりますから、海戦で勝てればそうそう京にはちょっかいを出せなくなりましょう」
「う~~む。
空の云うことは一々尤もだな。
まあ、今回は殿から、幕府とのやり取りは私がやれと命じられただけだしな。
空の案で私が役人たちを幕府に返してこよう。
捕まえた連中はどこにいる」
「直ぐ傍ですが、別の屋敷に居ります」
「分かった、案内してくれ。
すぐに幕府に連れて行く。
あ~、空はここで待機な。
くれぐれも、うろうろしてくれるな。
俺が決着を着けて来るから、待っていてくれ」
本多様がそういうと、奥から忍び衆の頭をしてもらっている伝八さんが出てきて本田様を鷹司別邸に案内していった。
俺は本多様の言いつけを守り、ここで待機していた。
一方本多様は伝八さんに案内されて、鷹司別邸に囚人を引き取りに向かった。
仮の拠点を置いている場所から5分と掛からずにつく場所だ。
引き取りは直ぐに済み、囚人に縄をしたまま『は組』に護衛されて幕府の政庁に向かった。
街中をぞろぞろと連れているので、その光景はまさしく市中引き回しの図だった。
今まで彼らに煮え湯を飲まされていた町人たちは、大声で喝采を上げてはいなかったが、さぞかし留飲を下げただろう。
後で聞いた話だが、この件で我々が町人たちからかなり評価を上げたそうだ。
本多様が政庁前につくと、入り口でかつての同僚である評定衆の一人を呼び出して、囚人を引き渡した。
その際、周りに良く聞こえるように大声で今回のあらましを伝えた。
「これは本多様、本日はいかなる御用で」
「本日は、わが殿の命で、市中で狼藉を図った者たちを幕府に引き渡しに来た。
こ奴らは、上国伊勢守に乱暴狼藉を働き、その場で捕縛されたものだ。
本来ならばその場で無礼打ちに遭うところを国守様のご慈悲で命だけは救われた。
伊勢国守様は、こ奴ら賊が幕府役人であることから、幕府においてこ奴らの処罰を望んでおられる。
しかとご留意されたし」
政庁前での騒ぎを聞きつけた幕府役人たちはぞろぞろと出てきて、遠くから成り行きを見守っていた。
その多くが三好に加担する者たちであることから、本多様のこのやりようにかなり憤りを感じていた。
『本多の奴、どうしてくれようぞ』
『松永の奴、本多を使って我らを愚弄してきた。
よほど京を追い出されたのが悔しいのか』
『しかし、今回のやりようは酷い。
あ奴らに何の罪があろうか。
伊勢守だって偽りだろう』
『松永の計略に違いない。
松永を滅ぼしてしまえ』
などと周りが騒いている。
三好の連中は今回の一件で本多様を通して松永からかなり煽られた。
既に京より追い出した三好としては、格下で家臣でもあった松永の増長を快く思っていない。
そこに、今回の一件だ。
建前上では、だれがどう見ても幕府側に分が悪い。
なにせ格下の者が、かなり格上の者を私邸に拉致しようとしたのだ。
それだけでも十分に非難されるのに値する。
なのに、拉致が失敗すると、今度は刀を抜いて切りかかったのだ。
もうこうなると弁明の余地なく重罪だ。
その場で無礼打ちされても致し方ない状況だった。
それが市中引き回しだけなのだから良しとしてもらいたい。
もっとも本人たちは、引き回されただけで社会的には死んだも同然の扱いをこれから受けるのだが、どうせ近いうちに幕府のご同僚も戦に巻き込まれて敗残兵の扱いを受けることになるのだ。
それまで辛抱してもらうしかない。
俺自身が意図した訳じゃないが、着々と周りは戦に向かって事態が進展していく。
俺の騒ぎを聞いた弾正などは、直ぐに九鬼家に対して同盟条件を根拠として出兵の依頼を出している。
俺が睨んでいる通り、弾正は四国からのこのこと出てくる三好を水際で殲滅することを望んでいた。
その準備に入ったのだ。
今回の一件で、急に周りがきな臭くなりだしてきたが、俺は一向に変わらず、京での拠点整備に余念がなかった。
幕府から戻った本多様から、幕府での顛末を聞いても興味なさげに、 「次からはこちらで処罰できますね。
その準備もしておかないといけないな。
ある意味、今回の一件は良かったのかもしれない。
囚人受け入れの準備が整わないうちだったから、囚人を幕府に丸投げできて」
「囚人の受け入れって」
張さんが俺に聞いてきたので、俺は素直に答えた。
「別邸の河原に牢だけでも急いで作らせましょう。
いずれ準備が整いましたら、囚人を伊勢に連れて行き、そこで労役に付かせます。
伊勢にはまだまだやることがいっぱいありますしね。
人手が足りなかったからある意味ちょうど良かったかもしれませんね」
ここでは戦が始まろうとしている雰囲気が微塵も感じない。
三好、松永両陣営はすでに戦準備に入ったというのに、のどかなものだ。
本多様も心配になり、空のもとを急いで発った。
行きも帰りも忙しい人だと、空は思っていたが、何も言わずに本多様を見送った。
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