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第七章 公家の政
第百七十三話 涙目の船長
しおりを挟む早速、建設中の商館にある会議室でポルトガル船長との商談が始まった。
あちこち工事中なので少々うるさいが、ポルトガル船長側は気にしていない。
俺と張さんが並んで座った反対側に俺の良く知るポルトガル船長と、その船長よりももっと偉そうな人が並んで座っている。
また、彼らの後ろに屈強な男たちが数人控えている。
前に船長との商談時にはいなかったことから、どうもこの偉そうなおじさんの護衛のようだ。
例によって張さんの通訳で商談が始まった。
始まるまでにひと悶着あったが、船長の以前に俺の出した条件に付いて、少々吹っ掛け過ぎではないかと冗談交じりに話し始めたことから会議は始まった。
まず、俺らのことを偉そうなおじさんに紹介後、俺らに彼を紹介してきた。
その偉そうなおやじはマカオ総督府の次席事務官という肩書だ。
その肩書がどの程度偉いのかは全く分からないが、少なくとも今隣にいる船長よりも偉そうであった。
また、今港に来ている大型の船の船長と同等かそれ以上とも思われる。
でなければこの席にその船長も同席していなければおかしくなるが、大型船の船長は船の上でこちらを警戒しているようだ。
なにせ、40門あるかと思われる砲門の窓が全部開いており、いつでも発砲できるようになっているのだ。
俺は会議に先立って、こちら側の大砲もすべて出して、船に照準を合わせている。
向こうが砲門外交で来るのなら、この商談を破棄しても良いとすら思っている。
それに何より、あのおやじは完全に俺らを見下しているのだ。
船長が紹介していた時に、立場上俺にその偉そうなおじさんから紹介し始めるのが礼儀ではないか。
しかし、彼らは自分らの都合を優先して、見下した態度をとっている。
どうも張さんも同じことを考えているようで、早速その辺りを指摘していたようだ。
なにせポルトガル語で話しているので、内容までは分からない。
どうも俺らを見下したのはあのおやじだけのようだ。
しきりに船長がそのおやじをなだめているのだ。
今まで張さんにさんざんやられていたことを覚えているようで、いや、トラウマになったかのように、しきりに張さんの顔色をうかがいながらおやじを説得している。
まあ、女子供しかこの場にいない。
最初俺らを見たおやじは怒り出したが、
その偉そうな親父は俺らを見下していたようで、少々脅せば自分らの要求が通ると考えていたようであった。
その態度が、非常にまずいことを後で知ることになるのだが、とりあえず話し合いは始まった。
張さんの通訳で会議は進むが、その相手が子供の俺だということにどうしても納得がいかないようだ。
最初から、「つべこべ言わずに素直に船をよこせ」と言ってくる。
この商談止めても良いかな。
俺は張さんにそう言うと、張さんも同意見のようだ。
「分かりました。
この商談は無しということでよろしいですね。
こちらとしても、このような態度を取る方たちと商いをしても利がありません。
商いどころか、あなた方の態度では押し入り強盗と同じです。
お帰りはあちらです」
俺は、できる限り感情を殺して、そういった。
それを聞いた船長は驚き、しきりに詫びを入れてきたが、直ぐにそのおやじに止められ、
「餓鬼が何を偉そうに。
今の言葉は我らに戦争を吹っかけたも同様だ。
戦争だ。
思い知るが良い」 と喚き散らして、護衛に俺らを取り押さえろとまで言いだした。
ここで彼らが動いたら、ちゅうちょなく隣室で控えている雑賀の皆さんからハチの巣になるくらいの火縄銃の弾を浴びることだったのだが、後ろで控えている護衛たちも困り果てて船長と相談している。
船長は、とにかく一旦引き下がることを選択したようで、強引にあのおやじを連れ帰った。
俺は、船からの攻撃もあることを覚悟して、ちょうど堺から戻ってくる熊野水軍を港の外に控えるように伝令を出した。
まさに一触即発の状況だ。
こちらも少なからずの被害は覚悟の上だ。
緊張した一夜を過ごした翌日に、問題の船から一艘のボートが降ろされる。
ボートの先頭に多分大型船の船長と思われる人が、例の船長を連れてやってくる。
港に着くと、開口一番に失礼のない態度で、自己紹介を始めた。
やはりあの大型船の船長であった。
張さんは通訳をしてくれるので、意思の疎通には困らない。
自己紹介の後で、昨日の自国の非礼を詫びだした。
どういうことなのかわからないので、とりあえず、先日同様に会議室に通して話し合いを始めた。
まず席ついて最初にマカオ総督からの親書を受け取った。
え??
親書って最初に交わすのではないのか。
俺は訳も分からずに、親書の内容を張さんに聞いてみた。
「空さん。
マカオ総督は、こちらとの貿易を希望しております。
内容はかなり丁寧な文書で書かれておりますが、どういうことなのか私にもわかりません」
俺らが困っていると、大型船の船長が、また昨日の非礼を詫びながら理由を説明してきた。
以前から取引のある船長が持ち込んだ快速船の重要度が最近特に増しており、直ぐにでも増産の必要性が求められている。
そこでの取引が今回の会合となった訳だが、こちらの出した条件が少々厳しいことが気に入らないそうだ。
そこで、ある程度の裁量権の有る人物を派遣して、条件交渉に臨んだはずなのだが、いきなり宣戦布告してきたと聞いた時には、船上がパニックになったそうだ。
停船している船がいきなり攻撃をされたらひとたまりもない。
なにせこの時代の船は船の横方向には大砲が打てるが船首と船尾方向にはほとんど攻撃力が無い。
丘から10門もあれば簡単に船を沈ませることができる。
そして、我々は、すでにその船に向けて大砲を見えるように向けているのだ。
あちらが先に大砲を向けて来たのでこちらも自衛しただけだが、船長たちの顔を伺っていると、俺の取った作戦がかなり効いているようだ。
野蛮な連中なんか大砲の数発でも撃てば言うことを聞くとばかりにやって来たのが、ここは違うようだと思っていた矢先に、宣戦布告を聞いて慌ててやって来たようだ。
そこまで聞いて、俺は窓から船を見たら、すでに大砲の窓は全て閉じられている。
やっと状況が呑み込めたので、俺は船長の詫びを受け入れ、話し合いを再開した。
マカオとの取引は正直我々にとっても利があるので、対等ならば商路を開きたい。
しかし、一度やらかした連中との取引だ。
どこまで信用ができるかわからないので、もう少し話を続ける必要がある。
船長は、まず、俺が彼らの非礼を許したことで、先に提示した条件の海図と金貨を提示してきた。
そのうえで、引き取る船用に用意していた羅針盤も二つ前に出して、今回の非礼のお詫びに差し出してきた。
ポルトガル側は、とにかく船の取引を急いでいた。
根底にはルソン、今のフィリピンマニラ辺りに居るライバルのスペインの存在がある。
スペインの総督府が船の増強に努めており、日本への進出を狙っているようだ。
スペイン相手にいざこざも多数発生しており、只でさえ本国から遠く離れた場所で船の損失も出てきている。
お金はあっても、そう簡単に船は増やせなかったところに、小型だが明らかに船速の有る船が買えるのならと、今回の取引に飛びついてきたようだ。
しかし、自分らより劣った連中の者なのに、という意識もあり、一艘でも多く買いたいという気持ちが総督から条件を値切って来いという命令になったようだ。
そこを勘違いした例の事務官が取引を台無しにしていった。
まともな軍人ならば、俺らが大砲を取り出した段階で、自分たちの方が非常にまずい立場にあることを理解して、心から直ぐにでもここから立ち去りたいとすら思っている。
しかし、例の事務官は官僚であり、そういった感覚は無い。
自分たちが優れているという優越感しか持ち合わせがなく、また、交渉相手が女子供しかいないとあっては脅して自分の実績にしたいと考えていたようだ。
前から俺らとかかわりのある船長は、張さんの強かしたたかさを十二分に理解しているので昨日は取引どころか生きて帰れるかの心配ばかりしていたそうだ。
今日だって、正直仲直りはできないだろうと覚悟していたとも聞いていた。
大型船の船長は、昨日の段階でやらかしているので、船の取引だけでもできれば御の字、安全にこの海域を出ることを目標に交渉に来たとある。
俺はとりあえずそれらを受け取り、用意してある一艘の引き渡しに合意した。
そのうえで、あちらの足元が見えたこともあり、俺の方から交渉を持ちかけた。
「一艘でも多くの船が御入用との話ですが、もう一艘なら今すぐにお譲りできますが、そうですね、これはお金では取引はしません」 と言いながら俺は条件を提示した。
引き取る船用に用意していた大砲を全て引き取り、火薬と砲弾も同時に付けさせた。
また、それと一緒に4分儀も二つばかり徴収した。
どうせ、あの船についてマカオに帰るだけならばいらないものだ。
今回はいつもの船長は当事者でないので、無事に帰れることだけを喜んでいたが、大型船の船長はかなり涙目をしながら船の引き取りをしていた。
どうだ、まいったか。
うちの張さんは凄いんだぞ。
俺の心の叫びを聞こえたかどうだかわからないが、早々に船団はマカオに帰っていった。
マカオとの取引は次の機会にお預けだ。
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