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第七章 公家の政
第百七十六話 蒲生氏
しおりを挟む翌朝、俺らはまたぞろ子供たちを連れて峠を降りた。
今日は昨日とは反対の京方面、観音寺に向けての移動だ。
峠をゆっくりと降って京に上る、『峠を下っているのに、お上りさんとはこれ如何に』……ごめんくだらないことを考えていた。
ほれ見ろ、張さんが呆れている、いや、訳が分からないといった感じか。
俺が焦っていると、そんな俺に構わず張さんは声をかけてきた。
「こちら側は道が悪いですね。
昨日とは違って少々歩きにくいようですが、空さんは理由を知っておりますか」
「ああ、そうだね」
流石に下りのキツイ所までは昨日同様に舗装されているが、それも申し訳程度ですぐに未舗装になる。
しかし、未舗装とバカにしてはいけない。
これだってこの時代基準では第一級に整備された道と同等になる。
この時代基準では、伊勢方面の方がおかしいのだ。
明らかにオーバーテクノロジーというやつだ。
「張さん。
これだって、十分に整備されているんですよ」
「確かに、私が空さん達に出会う前に通って来た道に比べればはるかに歩き易くはありますが、流石に峠道ですと、昨日のように舗装されている方が楽ですね。
ここを舗装する訳にはいかないのですか」
「以前に観音寺に店を出すときに六角氏側に挨拶に伺った時にお願いしていたが、無理のようだ。
流石にこの辺りは六角氏の縄張りだ。
俺らが勝手にする訳には行かないのさ。
ここまでの整備がぎりぎりだな。
これだって、六角に隠れて整備してくれた六輔さんの苦労のおかげだよ。
それも峠を降りたら無くなるね。
あそこからは完全に六角氏の勢力範囲だから、俺らには何もできないよ」
「その何もできないところに関所を作られそうだというのですね」
「どうもそのようだな。
観音寺に付いたら、難しい交渉になりそうだ」
「商人相手の交渉は問題ありませんが、政治交渉は私には無理ですよ。
空さんは誰と交渉を考えているのですか。
今の空さんのお立場では大名ですら面会は叶いそうですが、こちらの希望を聞き入れてくれるかまではどうでしょうか」
「今回は官職を名乗って交渉する訳にはいかないよ」
「何故ですか」
「同盟国でもないところに対して、完全に内政干渉になるよ。
下手をすると宣戦布告にとられかねない」
「となりますと、いきなりの面会はできないのでは」
「そこは考えているよ。
以前、店を出すときに上人様の紹介状を使ってお会いした蒲生様を訪ねてみようかと思っているのだ。
でも、以前お会いしたのは蒲生様の家宰の方だったけど、今回も一応話だけは聞けるかと思っているよ」
「そうですか。
それでしたら、伊勢屋を任せている茂助さんに先にお会いして事前の情報を得た方が良いでしょうね。
できればご一緒に行く方向で考えましょう」
「それもそうだね。
どちらにしても、後ろの子供たちもいることだし、先に伊勢屋に入らないといけないね」
俺らはそのまま峠を降りた。
峠を抜けると急に辺りが開けた場所に出た。
多分この場所に関を設けるために土地を均した跡だろうと簡単に予想がつくが、相変わらず道が悪い。
ここをここまで均す位の労力があるくらいなら道をどうにかしてほしい。
銭を取るのなら取るに値することくらいはしてほしいというのが正直な感想だ。
俺らの管理を離れた場所から、更に道が酷くなっている。
俺らが手を入れる前までは、この道は忘れられた裏街道であり、ほとんど利用するものが居なかったのもあり、当然六角氏からの整備はなされていなかった。
荒れるのもうなずける。
俺らがここを利用するようになり、がぜん通行量が増え、篤志家などが整備を試みられているようだが、個人でのできる範囲など高が知れている。
ここまで整備されているだけすごいというものだ。
それだけに、ここに関を設ける話など受け入れられることではない。
今まで何もしていなかった、いや、存在すら忘れていたかも知れない場所が急に存在価値を上げたのを見て下種な考えでも思いついたのだろう。
そんな気持ちをもって、この場所をさっさと通り過ぎ、そこからさほど時間が掛からずに観音寺城下にある伊勢屋に着いた。
「空様。
ようこそおいで下さりました。
連絡は受けておりますので、準備は整っております。
皆様はこちらに、ご案内しますので、空様は私についてこちらにどうぞ」
俺はここの店主である茂助さんに付いて奥の部屋に案内された。
部屋に着くと、茂助さんは直ぐに俺らを茶でもてなしてくれた。
流石に店主という職種に慣れたのか、すっかり大店の主のようなもてなしだ。
地位が人を作るというやつか。
それなら俺も……ないな。
俺は茶を頂きながら茂助さんに話を聞いた。
「茂助さん、小耳にはさんだ話だけれど、俺らが使っている街道に関が作られるとか」
「はい、まだ噂の話ですが、どうもそのようですね」
「町で噂になっているのか」
「はい、あの街道は、この辺りの商家では儲けの多い街道として徐々に知れ渡ってきております。
なにせ、伊勢まで関が無く、何より良く道が整備されており、最大の魅力として噂されているのがうちの馬借です。
一回での荷の運べる量が段違いですから」
「そうだよな、うちもそれで商売しているものな。
それなら、関ができると噂が出た時に反対する意見は出なかったのか」
「当然出ましたとも。
今でも反対の運動は続いております。
私も、お世話になっておりました蒲生様にお願いに出ております」
「蒲生様ですか。
うちとの繋がりはまだ蒲生様だけですか」
「そうですね、三雲様などが再三にわたりうちにちょっかいをかけてきますが、『ゆすりたかり』の類ですので、こちらの方は伊賀の望月様を頼っております。
正直他に頼りがいのある方を存じません。
今関の建設が止まっているのも蒲生様のご尽力かと聞いております」
「そうですか、私も一度蒲生様にお礼を兼ねてお話を伺いたいですね。
ご一緒しませんか」
「蒲生様に直接お会いできるとは思いませんよ。
私も蒲生様のお宅にはお邪魔するのですが、家宰様にお会いできれば良い方です」
「家宰で構いませんよ。
お礼の言上と、情報の収集が目的ですから」
「それでは、先触れを私の方から出しておきます」
翌日には先方から直ぐにでもお会いしたいとの連絡を受けた。
俺は茂助さんと連れだって蒲生宅を訪ねた。
今回は張さんは遠慮した。
政治向きな話にこちらから出向くのに同行するのはこの辺りの常識に照らしても憚れるとのことだ。
この時代の女性の地位は思うほど低くは無いのだが、それでも男性上位には変わりがない。
張さんが同行することで俺が舐められることを張さん自身が恐れているようだ。
俺は舐められようが蔑みを受けようが気にしないのだが、配下一同がそれを許さない。
張さんが望まないのに無理をさせる必要はない。
蒲生宅では家宰が玄関口まで出て俺らを出迎えてくれた。
これはあれだな。
俺の役職に対しての敬意だ。
少しばかり厄介なことになりそうだとちょっと気を引き締めて蒲生宅に入っていった。
奥に通された部屋で俺らを出迎えてくれたのは、蒲生の人だった。
流石にこの家の主である定秀様は留守であったが、その代わりに彼の息子である賢秀様が俺らを出迎えてくれた。
俺の記憶に間違いが無ければ彼があの有名な蒲生氏郷の父親のはずだ。
確か信長が上京するときには六角氏の公文書に父親と一緒に署名があったとか。
そこから考えても、政に父親の補佐としてかかわっていることが予想される。
息子があれほど優秀な人なのだから、間違いなくこの人も彼と同等かそれ以上優秀な人のはずだ。
まあ、これから彼と話せばおおよその見当はつく。
「お待ちしておりました伊勢守殿。
それがし、主定秀に代わり賢秀が御用を承ります」
「本日は貴重なお時間を頂き感謝しております。
それがしここ観音寺城下で伊勢屋を営んでおります三蔵の衆の頭の空と申します。
そちらの家宰殿とは伊勢屋を開く際にご挨拶をさせて頂きました」
「そうでしたか。
本日は私人としてのお忍びということですか。
分かりました。
して、本日の御用向きはなんでしょうか」
「観音寺で商いをしている者の内、伊勢との商いをしている者たちの意見を代弁して裏街道の関についてお伺いしたいのです」
そこから近江六角領での政のうちで裏街道について色々と話を聞いた。
そこからだいたいのことが見えてきた。
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