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第七章 公家の政
第百七十七話 川下り
しおりを挟む最近になって、徐々にではあるが京や堺からの者が近江を経由することが多くなってきている。
当然、商いが増えればこの辺りの領主に銭が落ちる。
六角氏にも銭が落ちるが、その恩恵は係争中の浅井にも落ちる。
その恩恵の配分が六角よりも浅井の方が多いようで、六角側が焦りだしている。
というのが表向きの理由で、今度の騒動の根底にあるのは伊賀の領地での権力闘争があると蒲生氏側では見ている。
最近かなりにぎわってきている裏街道での上がりの全てが望月に流れているのを彼のライバルである三雲が気に入らない。
浅井との小競り合いを理由にその権益を奪い取ろうというのが騒動の本質のようだ。
当然、六角氏の繁栄の基盤である商いに影響を出させては意味もないことは六角に連なる者たち全員が理解しているが、今まで使われていなかった裏街道は規制をしても多勢に影響は出ないと三雲は六角の主だった家臣たちへ御説得して回っていると聞いた。
「六角様はどのようにお考えでしょうか」
「今は分からないが、銭が入るのならと言われているのを聞いたことがある」
「早くから楽市を開いている六角氏とは思えないお考えですね。
私は六角様は開明派の名君だと思っておりました」
「開明派は先代様だ。
今代の主君はそうでもないようだ。
尤も先代様の偉功を潰して回るような方でもない」
「今代様は先代様を超えるような英邁な方ではないと」
「空殿。
おやめください。
でないとあなたを無礼打ちにしないといけなくなります。
貴方の言わんとしていることはわかりますが、この辺りで」
「失礼しました。
最後にお聞かせください。
どこまで三雲様を抑えられそうですか」
「正直分かりません。
しかし、ここ2~3か月は抑えてみます。
できれば関の計画など潰してしまいたいのですが、どうもそれは無理そうです。
私たちが抑えている間に、商人達には被害をできる限り小さくするようお伝えください」
「色々お聞かせ頂きありがとうございました。
本日のお話で私は蒲生様がおられる限りこの地は荒れることのないことが確信できました。
今後もご助力をお願いします」 と言って手土産を差し出した。
少しばかりの金子と伊勢で作らせている焼き物だ。
「これはかたじけない。
こちらとしてもお返し代わりの手土産を持たせたいのだが、なにか希望があれば申してください」
「では、中古で結構ですので川船を一艘購入したく、ご紹介くださればと思っております。」
「川船とは。
湖運業でも始めるおつもりですかな」
「いいえ、将来的には分かりませんが、今は手が回りません。
本日のお願いは、船で京に上りたいと考えております」
「京に上るためですか。
確かにここから京への船はありませんな。
行くのは良いが途中の流れが急で帰れないので、ここと京を結ぶ船便ができないものですからね。
船で京まで繋がれば一層ここもにぎわうのにおしいことです。
しかし、またなぜ船で京まで。
ここからだと京までは、さほど距離はありませんよ。
尤も比叡の関や小さな峠もありますが」
「その関を超えたくないのです。
私どもの一行に子供が10人ばかりおります。
これらを連れての比叡の関越えは避けたいと思っております。
京周辺でも川船は使い道もありますから無駄にはなりませんし、ここで準備できればそれに乗って京に上ろうかと思っております。
ですので、ご城下でお知り合いにご紹介を頂けたら幸いです」
「そういうことなら、うちで使わなくなった船を一艘お譲りしましょう。
あ、そうだ。
この辺りの地理にお詳しくは無いでしょう。
京までの案内に人も着けます。
水夫までは流石にご用意できませんのでそちらで日雇いでも雇ってください」
「水夫に付きましては、私の連れに熊野水軍の出の者がおりますので大丈夫ですが、案内人を貸しくださると大変助かります」
「ええ、船は差し上げますが、京に付きましたら案内人だけはお返しください」
「それはお約束いたします。
護衛を着けて必ずここまでお連れします」
「明日までに準備しますので城下の船宿にお越しください」 と言われて、ご城下の船宿を教えられた。
蒲生様との会談を終え俺らは伊勢屋に戻ってきた。
しかし、それにつれても厄介なことになってきている。
ここでの問題を片付けても伊賀が荒れそうだ。
望月様と三雲様の確執がこれ以上大きくならなければいいが、期待薄だろう。
近いうちに直接行動があるかもしれない。
どちらにしても関の件が終わらないうちはどうこうなる事は無いだろう。
蒲生様が抑えてくれる間は大丈夫かとは思うが準備だけはしておこう。
俺は丹波少年を捕まえて藤林さんに伝言を頼んだ。
『伊賀の動向を注視してほしい』と、望月様は藤林様や丹波少年の恩人だし、俺らはそのまま望月様の応援をする方向で動けるように準備を頼んだ。
戦だけはしたくはないが、戦になるのなら相手を完膚なきまで叩くつもりだ。
まあ伊賀での戦なら六角側も家を挙げて出ては来まい。
こちらも藤林さんだけなら問題無かろう。
うちらとしては蒲生様とは戦いたくはないだけだ。
翌朝に教えられた船宿に向かうと二人の人が店の前で待っていた。
そのうち一人は明らかに子供、俺とそう変わらない年齢かと思われるが、彼も案内人か?
「おはようございます。
空殿ですね」
待っている人の内年配の方が俺に声をかけてきた。
「おはようございます。
そこの伊勢屋の主人の空です。
本日はよろしくお願いします」
「はい、主からくれぐれも丁寧にと言われておりますので、案内はお任せください。
しかし、お約束通り水夫は誰も用意しておりませんが大丈夫ですか」
「そこにいる三人が手伝います。
また、他の人間も指示さえして頂けましたらお手伝いさせますので遠慮なく申してください。
……
ちょっといいですか」
「はい?」
「あなたが案内人でよろしいんですよね」
「はい、私が御案内致します」
「すみませんがお連れの方のご紹介を頂けますか。」
「これは失礼しました。
彼は、わが主蒲生様のご嫡男であります鶴千代君です。
此度京に上られるのならどうしても今の京の町を見ておきたいと申されましてお連れしました。
ご迷惑をおかけしませんので同乗させてください」
「そうですか。
分かりました。
京までの短いお時間ですがよろしくお願いします、鶴千代様」
「ご挨拶が遅れ申し訳ありませんでした。
蒲生家嫡男の鶴千代です。
本日は快く乗船の許可を頂き感謝いたします。
京までの間よろしくお願いします」
蒲生家の嫡男って確か氏郷だったような。
あの信長に気に入れられ娘婿になった才人のはず。
これはまたすごい人と面識を持ったな。
俺はあれこれ考えていると、船の準備も整えられ、皆が乗船していく。
「空さん。
置いていかれますよ」
それままずい。
俺は慌てて船に乗り込んで観音寺の港を船は出航した。
割と小さ目の帆と、水夫の扱う櫓で船は進んでいく。
歩くと数時間の場所までも半時もかからずに過ぎていく。
「今通り過ぎたのが、多分この近江で一番大きな港である草津です。あそこから川に入り下っていきます。
ここの対岸に当たる所にも大津という古くからある港町があります。
そこと同じくらい大きな港町です」
先導役の案内人が観光船のように航路上の主だった場所を案内してくれる。
これは案内人が同行してくれた幸運だ。
多分俺らだけでも京に行けただろうが、こういった案内はされないので、只過ぎ去っていっただろう。
そんな感想を持ちながら色々と付近の様子を聞いていく。
鶴千代君の説明によると、どうしても六角氏の居城から離れるにつけ、治安は悪くなるらしい。
まだまだ幼少の域を出ていないのに賢いことだ。
俺の知っている歴史でもあと数年で信長への人質として対面した折にその賢さを信長に認めさせたと有ったし、歴史というより言い伝えは正しかったと言う訳か。
そんなことより、鶴千代君の言を信じるのなら、道中の安全を考えると、京までのルートはできるならば船便が良いだろう。
尤もその船ですら完全に安全とは言えないそうだ。
これは案内人からの情報だが、どうもこの辺りにも湖賊というのがいるらしい。
今は六角の旗印を掲げているので、襲ってこないのだろうが、俺らだけで運用するのなら考える必要がありそうだ。
湖運業を営むには六角もしくは蒲生の家を絡めておきたいところだ。
直に川に入り、さらに進んでいくと、徐々に川の流れが速くなる。
「そろそろここの難所と言われる場所に入ります。
難所と言っても大したことは無いのですが、上るのに非常に苦労しますので、誰も京や堺まで船は出したがりません。
戻って来るのに絶対に帆や櫓だけでは戻ってこれませんから」
確かに川幅も無いので三角帆でもタックを決められなくて上れないだろう。
これならやはり河原から船を引っ張る必要がありそうだ。
俺の横で話を聞いていた張さんも同様に考えていたようで俺に聞いてきた。
「ここの河原から船を引くには牛などが必要ですかね」
「足場が悪そうだから人じゃないとダメそうだな。
それも今のままだとかなり苦労しそうだ。
誰も川を下りたがらないのは頷けるな」
俺はじっくり周りを見ながら考えていた。
すぐに川の流れも緩やかになり、大きな湖に入った。
俺の知識ではこんなところに湖など知らない。
やはりここは異世界か。
「やっとここに来ましたね。
ここは近海琵琶湖より小さくはなりますが、かなり大きめな湖で巨椋池と呼ばれております。
小さな島が点在しますので慣れていないと迷子になりやすい場所です。
ここから上京に向かわれるのですね」
あ、聞いたことがある。
幻の湖……ってことは無いが、明治ころまでになくなった湖だったはず。
しかしここは水運に使えそうな気がする。
追々研究はしておこう。
俺は船頭に聞かれたので、タクシー運転手に場所を指定するかのように目的地を船頭に伝えた。
「ハイ、上京の下賀茂神社の傍まで行きたいのですが」
「任せてください。
前に来ておりますから、ご案内いたします」 と船頭は巧みに舵を切って 鴨川に向かう。
周りには本当に小さな島々があるので、間違えやすいのだろう。
船は無事に巨椋池を抜け鴨川に入ったようだ。
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