名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第百八十話 近衛関白

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 中に入ってそれほど時をたがえずに勅使を助清さんが案内してきた。
 俺は少々慌てて、広間の上座を勅使に譲り、下座に着いた。
 正副の勅使はそのまま上座に着くと、おもむろに詔がかかれた紙を取り出して読み上げた。

「孫伊勢守悟。
 汝の都での精勤ぶり、および先の動乱を未然に防いだ功績により、伊勢守改め近衛少将に叙するものなり。
 謹んで受けよ」

「孫悟、身命にかけてお受けする所存です」

「帝より『励めよ』とお言葉を預かっておる」

 俺は頭を下げた。
 二人の勅使は来た時と同様にその後は無言で上座を発ったが、部屋を出ると、副使が向きを変え、俺の下座について言葉を発した。

「近衛少将殿。
 太閤殿下より既にお話が入っているはずですが、この後私どもと同行して参内されるようお願いします」

「はい、その話は昨日お伺いしております。
 しかし、此度のお礼の品が整いません。
 構いませんか」

「はい、そのような些事はお気になさいますな。
 同道願います」

 俺は副使と一緒に部屋を出た。
 今回の参内は俺一人となる。
 この時ばかりは非常に心細かった。
 いつもは、誰かしら俺の傍で助けてもらっていたのだ。

 こと商いに関しては無類の強さを誇る張さんが完全に俺をガードしてくれていたし、政に関しては藤林さんや、半兵衛さん、それに大和の弾正などが色々とアドバイスをくれていたのだ。
 もっとも、今回の直接の原因になった太閤との誼はその弾正の企みでもあったが、それでも色々と助けてもらっていたのだ。

 今回ばかりは魑魅魍魎が跋扈する宮中に俺一人で乗り込まされる羽目になった。
 今回の件で、つくづく俺の周りの人材が枯渇していることに気が付かされた。
 急いで誰かを当てないと正直この先を無事に乗り切れる気がしない。
 俺は御所に向かう途中、非常に心細さを感じながら人材の発掘について考えていた。

 この時代、今は確か永禄9年ももうすぐ冬になる晩秋。
 この時期でも俺が引っ張ってこれそうなチートな人材って誰かいたかな。
 この件は急ぎ考えないといけない。
 そんなことを考えていると、帝のおられる御所の入り口に着いた。
 どうにか周りを囲う壁の修理だけは済んだようだ。

 この位置から見る限り、やっとまともなレベルになっている。
 それでもこの国の帝のお屋敷としては貧相だが、以前に比べると何倍もましだ。
 国の中心が荒れていては治安なぞ考えるだけでもおこがましいというものだ。
 しかし、入り口を警護しているのが俺の連れて来た者だというのはいかがなものだろうか。

 俺が都に着いた時に、御所の荒れように酷くショックを受け、修理を始めさせたのと同時に一隊を警護につけたのが始まりだ。
 まあ、俺の処の詰所からここって本当に直ぐ傍なので、それほど俺らには負担が無いのが幸いで続けている。

 俺は警護の者たちに簡単に挨拶をしてから中に入った。
 敷地に入ると、俺は思わずうなった。
 御殿の荒れようが目立つ。
 流石に俺が勝手に御殿まで修理する訳にはいかない。

 周りの壁だって勝手に修理していたわけじゃないが、御殿も修理は素人にできることではない。
 しかしそのままと言う訳にもいかないと、修理のためにとかなりの資金を治めたはずなのだが、全く修理した形跡が無い。
 あの資金はどこに行ったのかな。

 気持ちが暗くなるまま、足を引きずるように案内に従って御殿の中に入っていった。
 中に入ると、太閤殿下が待っていた。
 ここから今まで案内してくれた人たちでは立ち入れない場所になるそうだ。

 そう、俺は上国の守の時代から殿上人になっており、帝に拝謁できるのだそうだが、その俺が此度近衛少将になったことで帝に拝謁してお言葉を貰うことになっているのだとか。
 ここ御所については、全くの不案内である俺の案内役を買って出てくれたのが太閤殿下だった。

 しかし、いくら殿上人しか入れない場所だとはいえ、殿下に案内される俺ってどんな身分だよ。
 そんな気持ちを持ちながら殿下について紫宸殿に通された。

 紫宸殿に入って、俺は酷く後悔を始めた。
 只帝からお言葉を貰うだけだとたかをくくっていたのだが、その場には近衛関白をはじめ、主だった公家衆が集まっていた。
 俺の味方になりそうな公家を探しても、そもそも公家になんか知り合いなどいない俺にはよくわからない。

 あ、一人面識のある人を思い出した。
 山科卿が居たが、あいにく山科卿はまだ尾張に居る筈だ。
 俺の船で送ったばかりなのだ。

 頼りは隣にいる太閤殿下と、多分居る筈の太閤殿下シンパの公家衆だろう。
 まあ、なるようにしかならないと諦め事の成り行きを見守った。
 多分正面の御簾の向こうにおられる筈の帝に全員が挨拶をした後、お言葉を貰えると思った。

 しかし、俺の予想は異なり、御簾に近い場所にいた近衛関白から此度の昇進により検非違使の長に任じると命じられただけだった。
 俺は只頭を下げ事の成り行きを見守った。
 どうやら儀式は終わったようで御簾の向こうで、帝が退出する気配を感じた。
 この時驚いたことに非常に小さな声が聞こえてきた。

「少将には感謝しておる。
 これからも頑張ってくれ」

 俺の空耳かもしれないくらい小さな声だった。
 しかし、その声はあってはいけないもののようだ。
 俺と同じように聞こえた近衛関白も驚いた顔をしていた。

 でも、これで全てが終わり帰れると思ったら、まだ俺らは退出できないらしい。
 どうも異質の俺を詮議するように先の関白から声がかかった。

「検非違使はそちの願いだと聞くが、このおねだりは少々過ぎるのではないかね」

「「そうだそうだ、東胡(あずまえびす)風情が」」

「これだから、都を知らぬ田舎者は困るの~」

 近衛シンパの公家だと思われる連中から誹謗中傷が聞こえてくる。
 それに対して太閤殿下のお仲間たちがやり返している。

「一度決まった裁定に文句を言われるのなんて非礼であろう」

「貴様らも賛成したではないか、何を今更……」

 などなど。

 ひょっとしてここでも派閥争いがあるのか。
 正直勘弁してほしい。
 俺は嵐が過ぎるのを待つように只々頭を下げている。
 これって、ひょっとして聞いたことのある公家の武士に対する対抗手段なのか。
 戦国末期の時代に公家衆が自分らの存在意義を示すために貴族に伝わる仕来りやらに引き込んでやり込めようとする、陰湿極まるいじめなのか。

 そう言えば秀吉が京奉行になった時にもあったと物の本で読んだことがある。
 確か……その時には、ああ、そうだ。
 秀吉は公家の世界に引き込まれないように尾張にいるときのように振舞い、大声で公家衆を叱ったと有った。
 俺も使えない手ではないだろうが……、無理か。
 子供の形で叱ったって効果は無いだろう。
 しかし、隣の太閤殿下が俺に言い返せと言ってくる。

 そんなに俺が嫌いなら、俺を京から追い出せばよいのに。
 俺も好き好んでここにいる訳じゃない。
 しかし、終わりそうにない罵詈雑言。
 俺もだんだん腹が立ってきた。
 ついに俺は言い返してしまった。

「関白殿下。
 私の願いは全て、京の治安を守るのに必要と感じたままです。
 私にその任に堪えないと思いなら、直ぐにでも罷免してくださっても構いません。
 私は直ぐにでも今頂いたお役目と、近衛少将という身分すらお返しして伊勢に帰ります」

「「「え???」」」

 公家たちは俺の言葉に驚いていた。
 今まで何もしていなかった連中だ。 
 あいつらだけで治安の維持すらできる筈がないことは流石にわかっていたのだろう。
 そうなると疑問だ。
 何で子供の俺に関白殿下が喧嘩をふっかけて来たのかということが。

 只俺が気に食わないだけの幼稚は理由ではないはず。
 だとすると俺を完全に取り込みたいという動機か。
 あんな嫌味で取り込めるはずないことくらいは分かりそうなものだが。

 あ、そうだ。
 俺の知る歴史では、彼は謙信との盟約がある筈だった。
 だとすると、謙信に再度の上洛を促し、俺を謙信の配下に収めようとしているのか、もしくは治安が落ち着いてきた京において俺を追い出して謙信に任せようとしているのだろう。

 だとすれば、俺は謙信配下になるつもりはない。
 そもそも謙信が軍勢を連れて上洛できるはずがない。
 確か今の謙信は関東攻略の最中だった、それ以外にも京都の間にいる一向宗とももめていたはず。
 そもそも、どこの大名でも今の京都に軍勢を入れることはできない。
 戦報告程度ではどうにかなっても、常駐は無理だ。
 そもそも、そんなことができるようなら、俺は九鬼さんか松永の親父に丸投げしておけば済んだ話だ。

 ここ京都は、少なくとも今はどこかの大名が治められる場所じゃない。
 どこかの大名が治めれば、その反対勢力の大名が戦を挑んでくる。
 さらに悪いことに、ここ京都は守るのに適さない場所なので、最悪応仁の乱を再び起こしてしまう。

 あ、いや、今永禄だから永禄の乱か。
 また将軍でも殺されるのかな。
 いやいや、くだらないことを考えてしまった。

 しかし腹の立つ。
 そんなことも分からないのか。
 そんなことだからいつまでたっても京都の治安が悪かったのだ。

 謙信にできるのなら俺に頼らずさっさと謙信にさせておけ。
 まあ無理な話なのだが。

「関白殿下が、何を思いなのかはわかりませんが、聞くところによりますと、殿下が親しくされておる、越国の武将を京にお呼びになるのですか。
 既にお約束があるようならおっしゃってください。
 直ぐにでも私はここを発ちます。
 太閤殿下のご息女と婚儀を結ぶことになっておりますが、殿下の命となればさからえませんので、太閤殿下にお許しを頂き、彼女も伊勢までお連れするつもりです。
 ご命じになりますか」

 俺は頭に来たので、思わず関白に対してマウントを取ってしまった。
 来るなら来い。
 最悪俺は仲間を連れて逃げ出せばいいのだ。
 ここ京がその後どうとなっても知らん。
 全てはそこの関白がしてくださるという話だ。

 さあ、どうだ。
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