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第七章 公家の政
第百八十三話 葵の願い
しおりを挟む紹介された宮大工の英輔さんの動きは速かった。
翌日から、必要とされる木材を探しに回るというのだ。
確かに任せるとは言ったが、流石に手放しと行く訳にはいかないので、一応護衛役として忍者の一人をつけることにした。
すると、張さんはお金も絡むことなので、私も行くと言い出したのだ。
俺はここでちょっと考えた。
張さんが付いていけば、少なくともぼられる事は無いだろう。
しかし、あの交渉を見た英輔やその相手となる英輔さんの知人はどう思うだろうか。
英輔さんは顔を潰されたとは思わないだろうか。
少なくともその場に居合わせた人たちは絶対に引くことはあるだろう。
俺が悩んでいると、張さんは
「大丈夫ですよ。
私は口を出しません。
契約の確認だけしかしません」
俺は、張さんの言葉を受けて都内、少なくとも上京の中では好きなようにさせた。
下京迄行くときにはひと声かけてもらうように約束してもらった。
そんな感じで動き出した俺の周りは、英輔さんと会ってから急に慌ただしくなってきた。
俺の屋敷の周りでは、建設予定地に考えている隣接する土地の整地を俺の方で始める。
また近所の子供たちを集めて草刈りから始めさせた。
また、湊の整備をしてもらっている六輔さんには、引き続き港の整備をしてもらっているが、それに合わせて与作さんと一緒に、敷地内に三和土を使っての宿舎を作ってもらうことにした。
いよいよ検非違使として京の治安を守ることになると、少なくとも下京辺りまでは巡回する必要が出てくる。
今の人員だけではどう考えても足りない。
これは京に来る前から考えていたことだが、京の人を雇って巡回要員として使うことを始める。
いきなりは当然無理なので、まずは素行のしっかりしている浪人などを集めて教育させる。
いつまでも仕事のない浪人は、居るだけで治安を悪くする。
そいつらを集めるのだから一石二鳥だ。
そこで、集めた連中の宿舎として、伊勢の村で作っていた例の屋敷を大量に作ってもらうことにした。
まあ、公共事業のようなものだ。
前に俺の屋敷の整備に使っただけでも、かなりこの辺りからは浮浪者は消えた。
それに、驚いたことに浮浪者の中に、結構使えそうな人もいたのだ。
前に大店で働いていた人や、京から逃げ出した公家屋敷で働いていた人などの子供たちも今では成長して立派な?大人となっているのだ。
そんな人たちは結構子供時代にしっかり教育されていたようなので、俺らの言うことを理解してもらえる。
そのような人たちも、湊周りで使うために雇うことにした。
これは張さんからの提案なのだが、まだ臨時便しか出していないのに、ここから堺までの便の要求がかなり出ている。
町の商人連中が俺と親しい能登屋さんを通じて利用させてほしいと嘆願書を持ってきた。
とにかく俺らの仕事がオーバーワークになりがちなので、能登屋さんに取りまとめを頼んで、試しに運用を始めてもらった。
俺は直接、この事業には携わっていないので、詳しくは分からないが、試行だけでもかなりの運用益が出ているのだとか。
張さんが言うのは、今度創ろうとしている検非違使庁建屋もこの運用益だけで賄えそうだとも聞いた。
とにかく、公家連中からの邪魔さえなければ、今のところ問題なく進められそうだ。
イニシャルでの検討事項はほぼ無くなったと言えるが、次に考えないといけないのが、ランニングだ。
いつまでも俺らからの持ち出しでは、正常な政とは言えない。
その辺りについても検討を始めないといけないのだが、そうなると、やはりそういった面での相談できる人材に問題が……
太閤殿下と打ち合わせをしてから十日ばかりしたら、助清さんが、太閤殿下らの伝言を持ってきた。
「ご主人様。
殿下からの伝言を預かりました」
「え?
なんて言ってきたの」
「はい、五宮の説得が終わったので、向かわせたいのだが、都合を聞かせてほしいと」
「五宮……あ、結さんの。
分かった。
いつでもいいけど、できるだけ早い方が良いかな」
「分かりました、返事を出しておきます」
助清さんが下がると、張さんが葵を連れて俺のところにやって来た。
「あれ、久しぶりだね。
木材の購入は順調そうかな」
「ハイと云えればいいのですがね~。
英輔さんは知り合いのお寺さんに、抱えている材料から分けてもらえないかと交渉をしていますが、どこも渋くてね。
そこで、空さんにお願いに上がりました」
「俺に、何かな」
「一つ目は、空さんのお役職で正式な依頼を出してほしいということです」
「え?
どういうことかな」
「はい、空さんが朝廷から拝命している近衛少将か検非違使の長官職の名前で依頼を出してくれれば、少なくともお寺さんは話だけでも聞いてくれます」
「それは構わないけど、無理してお寺さんが抱えている木材を取り上げなくともよさそうなのにね」
「そうですね。
しかし、そこは職人気質と言いますか、英輔さんのこだわりもおありでしょうから、こちらからは無下には言えませんね。
そこで提案なのですが、英輔さんを連れて伊勢に行ってみてはどうかと思ったのですよ。
伊勢の山の木を使えたら、こちらとしても面倒が無いものですから。
どうでしょうか」
「どうでしょうかと言ってもね。
俺は当分、ここを動けそうにないよ」
「分かっておりますよ。
私も、ちょっと忙しいので、護衛をつければ葵でも十分に仕事が果たせますので葵さんにお願いしようかと」
「空さん。
私に行かせて。
私も十分に大人だよ。
空さんの仕事を一人でも手伝えるから」
「そうだね。
三蔵村の周辺なら、俺よりも葵の方が良いよね。
ここからなら船だけで往復できるし、英輔さんに話してみるか。
あ、そうだ。
三蔵村をおこした時に売り物にならないかと与作さんに木材を作ってもらったよね。
あれどうなった。
全部売ったとかないよね。
俺が知っているだけで、干物や焼き物が準備できた後は売っていなかったような気がするけど」
「聞いてみたらいかがですか。
与作さんなら、庭で作業をしているはずですから」
「それもそうか。
あ、なら、与作さんにも一緒に行ってもらおうよ。
こっちの作業は六輔さんに見てもらえば行けそうだよね。
助清さん、庭で作業中の与作さんを呼んでもらえるかな」
「分かりました」
俺がすかさず、助清さんにお願いを出したら、葵の機嫌が急に悪くなってきた。
「え??
どうした。
葵、何を怒っているんだ」
「怒ってないもん」
「空さん。
葵さんは、まだ仕事を任せてもらえないことに不満なんですよ」
「え、今回の件は、葵に完全に任せたつもりなんだけど」
「だ、だって、与作さんも一緒でしょ」
「ああ、そういうことか。
葵、考えても見てごらん。
与作さんの奥さんのお菊さんならいざ知らず、与作さんにお金の計算を任せられるか。
与作さんは木材の責任者でもあったし、新たに切り出しが必要ならその場でもできるから二度手間にならないように頼むんだよ。
葵が、きっちり精算まで済ませておくんだ。
任せるよ」
「はい!」
急に元気になったようだ。
現金なものだな。
そうこうしていると与作さんが入って来た。
木材のことを聞いたら、すっかり忘れていたのか、あれから手を付けていないと聞いた。
それら全部をここに運ぶことにした。
船を使えば、そう難しい事じゃない。
ここまで話が付いたなら、俺からきちんと英輔さんに相談をしないといけない。
張さんが英輔さんを呼んできた。
「わざわざご足労頂きありがとうございます」
「いや、こちらこそ、なかなか作業に入れずに申し訳ない」
「そこの張さんに聞いたのですが、木材の手配が思うように行っていないとか」
「ええ、どこの寺も余分な木材を抱えておりませんので、難しいところなのです。
世話になっております本能寺でも、裏に木材を抱えてはおりますが、将来的に使う予定があるとかで譲ってもらえませんでした。
他にも伝手を頼って声をかけておりますが、どこも同じようなもので……
もうしばらくお時間を頂けないでしょうか」
「ハイと云えればよいのですが、こちらとしても、正直時間がありません。
そこで提案なのですが、伊勢にある木材を見てもらえないでしょうか」
「伊勢の木材ですか。
物を見ないと分かりませんが、あそこも良い木材の産出地ですので、大丈夫かとは思います。
しかし、伊勢からここに運ぶとなると、時間と費用がばかにならないかと」
「そこは任せてください。
我々が持っている木材を見てください。
使えるのなら、我々が直ぐにでも運びます。
といいますか、先ほど我らが抱えている木材を全部、ここに運ぶ話をつけましたので、それ以外に使えそうなものがありましたら、選んでほしいかと」
「と、言いますと」
「はい、そこにいる与作と言いますが、彼と葵を連れて伊勢に行ってもらえないかと。
行きと帰りの手配は我らがします。
尤も、ここから船での移動となりますが、あ、きちんと護衛も着けますので安全面の心配はありません。
いかがでしょうか」
「分かりました。
こちらがふがいないので、木材の手配ができないのがいけないのです。
全てをお任せします。
して、いつ発ちますか」
「英輔さんが良ければ、今すぐにでも」
「は??」
「裏の湊から船を出しますので、直ぐにでも行けるのです。
途中、堺で一泊して、更に別の船で行くことになりますが、伊勢までは歩くことはありません。
もしお連れが必要でしたら、それも構いません。
準備ができ次第お願いできますか。
費用面での件は、そこの葵に申してください。
全て彼女に任せておりますので」
俺がそう言うと葵は何やら嬉しそうに、「任せてください」と言っていた。
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