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第七章 公家の政
第二百十一話 忘れられた商館
しおりを挟む堺では定宿状態になってしまった紀伊之屋さんに泊めてもらった。
「空さん。
聞きましたで。
始めなさるとか」
「え、何のことですか」
「とぼけんでも、葵様から聞きましたよ。
いよいよ、草津まで繋げるとか。
で、うちは何をすればいいので」
とにかく耳の早い堺の商人だが、流石に、計画をやっと始めようとしたばかりに、協力を申し出てくれた、いや、前に計画を話していたかもしれないが、その時に直ぐに協力を申し出てくれているが、今度は実際何をすれば良いかを訪ねて来た。
だが、流石に、今商人の人たちにしてもらうようなことは無い。
せいぜい、淀の島にある拠点の強化くらいか。
「紀伊之屋さん。
まだ、これからですよ。
実際に工事を始めましたら協力してもらわないといけませんが、その前段階ですから、お気持ちだけ受け取っておきます」
「そんなこと言って。
葵様は既に工事のために動き出したとか」
あいつはいったい何を吹聴しながら歩いているんだ。
確かに六輔さんを呼んだが、直ぐに工事を始める訳にはいかないだろう。
今度、忍びの方たちに、実際川筋を歩いて草津まで行ってもらい、工事計画を立てるのだが、その話し合いをまだ持っていない。
でも、気のはやった紀伊之屋さんは待ってくれそうにないな。
「空さんお戻りになられたんだって」
店の入り口の方から能登屋さんの声がしてきた。
本当に、この人たちは。
それだけ、船での草津行の経済効果が期待できるという訳だが、流石に一流の商人だけあって、そう言ったところの嗅覚は流石だ。
「まだ、工事を始めた訳では無いのに、本当に気の早い人たちだ」
その日は、夕食を取りながら計画について紀伊之屋さん、能登屋さんを交えて話し合った。
「工事は、宇治から、瀬田川沿いに進めていくつもりです。
実際に宇治の辺りは見てまいりましたが、草津までの状態をゆっくりと見た訳ではありませんから、工事を始めると、色々と問題は出て来るでしょうね」
「空さんは、瀬田川を視察された訳では無いと」
「え、空さん。
全域をまだ見たことは……」
「ええ、船で実際に下ったことはありますから、全く知らない訳では無いのですが、工事をするつもりで、見た訳では無いので、どうなるか。
まあ、視察をしても、難工事になることだけは分かります」
「人足の問題で……」
「いや、人足は当てがあります。
実際に淀の工事もさせている訳ですから」
「それなら……」
「ええ、まず工事の拠点として、宇治に宿でも用意しないとまずいでしょう。
実際、淀でも最初にしたのは、我々工事関係者の宿だけでなく、人足たちの宿泊先を作りましたから」
「それならわてらに任せてもらえませんか」
「そうですよ。
淀の時は、お声がけが遅かったくらいでしたし。
今度ばかりは最初から協力させてもらいますよ」
「そうですよ、空さん。
今度の場所は、ただでさえ、我ら堺商人にとっては地元とはいえない場所。
弾正様馴染みの商人のおひざ元ですから、私らが先に入らないとな」
「そうですよ、宇治なんかそれこそ奈良街道の宿場。
絶対に、大和商人の拠点があっても不思議のない場所なんですから、是が非でも最初から入らせてもらいますよ」
奈良街道?
初めて聞いたような街道だが、そう言えば宇治ってJR奈良線の通り道でもあったし、古くから街道があっても不思議はない場所だ。
だから、宇治上神社なんかもあったのだろう。
そういえば、宇治上神社よりももっと有名なものが在ったような……
「そうですよ、空さん。
宇治と言えば古くから貴族の別邸もあった場所でもありますし」
「貴族ですか」
「ええ、何でも藤原様といった方の別邸もあの場所にあったと聞いております」
「ええ、何でも極楽を表現したような立派なものらしいですが、流石に手入れもされていなければね~」
極楽……平等院……そうだよ、思い出した。
極楽と云ったら10円玉の平等院があったよな。
あれって、宇治にあったはずだが、そう言えば見なかったような。
「分かりました。
それだけ言われるのなら、宇治に拠点を用意してもらえますか。
私は一度伊勢に戻りますけど、直ぐにこちらに戻りますから。
その時にでもご一緒しましょう」
どうにかやたらテンションの高い商人二人をなだめることに成功して、その日を終えた。
翌日一番の船で賢島に向かう。
賢島もかなり放っておいたから、一度顔を出しておいた。
張さんも、『できれば一度訪問してほしい』といった感じのことを言っていたし、三蔵村に戻るにしても途中なので、通過することもない。
船が賢島に近づいたら、これまた驚く。
偉く立派な建物が港のそばにあり、人でにぎわっていたのだ。
「張さん、あれって……」
「ええ、やっと機能してきましたね」
「え、機能…それって……」
「ええ、前に空さんが作ると言っていた商館ですよ。
あの時に、きちんと運用まで考えてくれたので、大きな問題無く、今では遠く琉球からも船が来ているらしいですよ。
博多の商人さんも相当に喜んでいますし。
当然、顔を出してくれますよね」
「あ、ああ~。
だ、だすよ」
笑顔が怖い張さんの圧力で、俺は商館に顔を出すことにした。
港に着いた俺たちを伯さんは出迎えてくれた。
「お久しぶりです、空さん」
「ああ、伯さん。
久しぶりです。
どうですか、最近はもうかっていますか?」
「ええ、空さんのお陰で、良い商いをさせてもらえております。
でも、不満が無い訳ではありませんよ、空さん」
え、伯さんまでもが怖い。
どうも伯さんが言うのには、ここが急に忙しくなりすぎて、自分の商いができないとか。
よくよく話を聞くと、義理の父親がここの取りまとめをしているので、その手伝いに駆り出されているとか。
そういえば伯さんの義父になる紅梅屋さんには、同じ博多商人の世話を頼んでいたっけ。
それが……俺は張さんの方を見る。
「ええ、一緒に、他の方の面倒もお願いしましたら、二つ返事で引き受けてくださいました」
「え、それって、……、うん、そうだよね、俺が悪かった」
そうだよ、思い出した。
紅梅屋さんって博多の年行事の一人として、こちらで博多からの取次ぎをお願いしていたけど、それならばと張さんが、ついでにお願いしたんだ。
尤も、それなりにお礼はしているけれど、そのとばっちりを伯さんが受けていた訳ね。
流石にまずい。
俺はすぐに、豊田さんを呼んで、話し合った。
「急にですよ、殿。
急に、できたばかりの商館が活発になったのは。
まだ、城下の紀伊之屋さんや能登屋さんも商館での対応が間に合っていないと聞いております」
「流石に、それ不味くないか」
「ええ、ですから、張さんに再三にわたりお願いを出しておりました」
「ですから、ちょうど良かったですね」
張さんはうれしそうに俺に言ってきた。
俺も、ここまで聞かされては逃げるようにここから出て行けるはずも無く、尤も豊田さんは俺のことを逃がすつもりも無さそうだが、直ぐに、島にいる関係者を集めて協議していく。
話し合い結果、ほとんど機能はしていなかったが、この島に作った座がここの商館を運営することとして、実務を三蔵の衆が受け持つこととした。
流石に、いつまでも博多の年行事でもある紅梅屋さんに任せきりはまずいとのことだ。
それでも、人が育つまでは今まで通り紅梅屋さんに代表代理をしてもらい、商館長として三蔵の衆の誰かを充てることになった。
俺は手紙で三蔵村から読み書き計算の教育が終わった子供たちを根こそぎこちらに回してもらい、その面倒を幸に見てもらう。
「来年結婚するまでの辛抱だから、ここの面倒を頼む」
まだ子供と言えば子供だし、何より女性が代表なんかと言われかねないが、そこはそれ、ここの人たちは皆例外なく張さんの洗礼を受けているので、その張さんの弟子でもある幸ならばと、誰一人文句なく決まってしまった。
しかし、事情を知らない人たちに対して、当分は紅梅屋さんに対応してもらう。
まあ、博多の商人は引き続き紅梅屋さんに頼むのだし、今のところ、ここを利用する商人の半分以上を博多商人で占めているから、まあ問題は無いだろう。
苦労の末、なんとか商館もどうにかなりそうな頃に、葵が六輔さんを連れてやってきた。
良く俺がここに居ると分かったと思ったら、俺が呼んだ子供たちの引率も葵がしてくれただけだった。
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