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第七章 公家の政
第二百十四話 年の瀬
しおりを挟む流石に二度三度と同じ物を作れば、作るたびに作業は効率化されていく。
宇治での船溜まりの建設だが、正にこれに当たる。
実際、連れて来た罪人たちの内、約半数近くが、三度目の工事となればそれこそ驚くほどのスピードで船溜まりが作られていく。
作業の開始が俺のせいで年の瀬迫る時期になってしまったことを少々心配していたが、それでも本格的な冬が来る前までには、どうにか成りそうな目途はついた。
「六輔さん。
時々雪もちらつくようになってきておりますので、作業に当たる人たちの体調管理だけはしっかりお願いしますね」
俺は、今回の作業から、試験的に始めてもらったことだが、時間や作業量ごとに休憩を強制的に入れさせるようにしていた。
何せ冬になるのに川の中で作業をさせるなんて、流石に鬼畜の所業だと思う。
俺がさせているのだが、それでも低体温で死者など出したくも無いし、何より恐れているのが、風邪などの病気の蔓延だ。
そこで、初めは砂時計などを持ち込んで時間ごとに河原に作ってある温室で体を温めるための休憩を入れさせたが、流石にモチベーションなどほとんど持ち合わせない罪人だ。
早速時間で休めるとばかりにサボタージュのようなことを始めたので、すぐにそれを辞めさせて、作業量ごとに休憩させる方法に代えた。
実際には、石をいくつ川底から運んだとか、いくつ積み上げたとかを作業工程ごとに決めて、かつ、作業工程も罪人にはローテーションを組ませるようにしたところ、割とうまくいっているようだ。
この方法にも欠点が無くもない。
作業量を確保するために、作業そのものが雑になることがあるが、そこのところは、現場で監督に当たる人たちの裁量に任せるしかない。
現場の監督には熊野水軍や、九鬼水軍で、湊管理に長けた人たちを回してもらっているので、怠ける様な事は無いのが助かる。
罪人だけでなく、ここで作業をしている人たち全員に休憩などを義務付け、体調管理を徹底させ、かつ、食事にも気を使った。
前に、俺らの作業を見に来た能登屋さん辺りからは、『そこまで罪人を甘やかすのはいかがなものか』なんかのお言葉も頂いたが、俺は病気などの件も話して理解を求めた。
一応、彼らも今回のプロジェクトのメンバーだ。
しかも、出資者でもある訳だからその辺りの情報は開示しておかないといけない。
そう、俺たちはホワイト職場を標榜する三蔵の衆だ。
冬に川の中で無理やり作業をさせている鬼畜だということはこの際置いておく。
彼らは、罪人なので罰が必要なのだ。
俺は心の中で言い訳をしておく。
この時代だと、簡単に罪人を殺してしまうけど、それに比べればかなり甘い処分だと俺は思っている。
十分に休憩をさせるし、食事も豪華とまで行かないが、根菜などを沢山いれた鍋を中心に体の芯から温まるような食事を、この時代では珍しく三度も出している。
そのお陰もあってか、この調子なら来年早々には川筋の道造りに掛かれると考えていた。
そんな俺に、たまたま視察に来ていた能登屋さんから声がかけられた。
「空さん。
いよいよ年の瀬ですね。
今年はどこで年越しをなさるので。
もしよりしければ堺に来ませんか。
十分にもてなさせて頂きますから」
「年の瀬??
あ、そうですね。
もうじきでしたか」
しまった。
忘れていたが、俺はここで年越しをして良い訳では無かった。
流石に太閤殿下からは何も聞いていないから、都での行事等への出席はする必要は無いだろうが、それでも九鬼さん辺りからは絶対に何か言ってくるし、何より、上京の屋敷には二人の奥さんを置いておきっぱなしだった。
流石に家庭の危機を招く。
「能登屋さん。
とても魅力的なお話ですが、あいにく私にはそんな贅沢は許されません。
すみません。
公人として、立場もあり、割と正月はいつも以上に自由が利きませんので、今回はご辞退させて頂きます」
「まあ、そうでしょうね。
こんな年の瀬まで、現場にいらっしゃるから、もしかしたらとお誘いさせていただきましたが、やはりそうですか」
「ええ、すみません。
正直申しますと、年の瀬迫るとはすっかり忘れていました。
直ぐにでも京に戻って日程を調整しないとあちこちからお叱りを受けそうで」
「それは、それで災難ですかね」
まず、能登屋さんからのお誘いには丁寧にお断りさせていただき、急ぎ上京に戻ることにした。
とりあえず、気が付くのが遅れたが、年内には上京にある屋敷に戻ることができた。
屋敷には張さんまでもが待っていた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
結さんが俺に挨拶をしてくれる。
「今日あたり、呼びに遣いを出そうかと思っていましたから、良かったです」
張さんも、そんなことを言ってきた。
「え、何か問題でも」
「いえ、問題というほどでも無いのですが、村の方からご招待を頂いておりますし、ここ都でも年始では何かあるのではと思いまして」
「村?
ああ、三蔵村ね。
そういえば、最近知らない人が増えてきているので、年初めの行事には参加すると言ってきたことがありましたね。
あ、そうそう、結さん。
都でも何か行事でもあるのですか。
私が出席しないといけないような行事が」
「いえ、昔は色々と有ったようですが、最近と言っても私が生まれるずっと前からですが、少なくとも私は知りません。
父、あ、五宮の方ですが、聞いてみたらいかがですか。
私なんかよりも詳しいですから」
「そうですね。
誰か。
五宮を呼んでくれないか」
俺は結さんの話を聞いてすぐに五宮を呼んでもらった。
「お呼びだそうで」
五宮も直ぐに俺のところまで来てくれた。
尤も彼の職場が、この屋敷に併設されている役所にあるから、呼べば直ぐだ。
「ああ。
この辺りの仕来りにとんと不案内なので確認したいのだが、私が出席しないと不味そうな年越しの行事ってあるのか」
「律令の政が行われていればいくつかありますが、この戦乱の時代ではすっかり廃れました。
せいぜいお付き合いのある先に行って新年の挨拶を交わす程度ですか。
空殿の場合ですと、太閤殿下への挨拶は必要になりますね。
あ、空殿は殿上人でもありますし、主上への挨拶も必要になりますか。
尤も、主上への挨拶をするような奇特な御仁も今ではほとんどいませんけど」
「え、さすがに関白くらいはするでしょ。
それすら無ければ、関白の仕事って何?」
「ええ、義父である太閤殿下が現役の関白であった時ではなさっていましたが、今の関白殿下はどうでしょうかね。
昨年は少なくとも、なさっていなかったような」
「え、それでも良いのかな。
まあ良いか。
人のことまで気にする余裕はないが、俺の方はどうしよう。
いつ伺うかについて何か決まりでもあるかな」
「決まりはあります。
ですが、その決まりが守られなくなってから相当年月が経ってきておりますから、気になさる必要はありません。
もし、お気になさるのなら、年開ける前、と言っても今日くらいですが、急ぎ太閤殿下のお屋敷をお訪ねして、ご相談為されたら如何でしょうか」
「それもそうか。
悪いが直ぐにでも面会の手はずを頼めるか」
「分かりました」
太閤と言えば隠居職だが、政治的な働きは現職にも劣ることなく働いている身だ。
普通なら、その日に希望してそうそう会える人では無いのだが、流石に貴族が力を失って100年以上も立てば、本当にただの隠居とあまり変わりがないように過ごしている。
そのお蔭だが、俺の訪問をすぐに快く受けてもらい、五宮と一緒に太閤殿下と面会をしている。
「おお、婿殿か。
最近もご活躍と聞いている。
だが、もう少しここを訪ねてくれても罰は当たらないよ」
早速皮肉攻撃が炸裂した。
「大変ご無沙汰して、申し訳ありません。
また、年の瀬迫る忙しい最中の急ぎ訪問をお許しください」
「何、隠居の身だ。
それにいくら貴族であっても、今の都には大した仕事なぞ無いから問題ない。
それより、急ぎと聞いたが、何か問題でもできたか」
「問題と言えば問題なのですが、私の無知ゆえのことです」
俺はこう切り出してから、年始の挨拶について、素直に殿下に教えを請う。
殿下は俺の話を聞いて笑っていたが、少し困りがちな顔をしてからこう言ってきた。
「昔はそれこそ、年末年始に、色々と行事やら仕来りやらで、皆忙しくしておったが、今の世ではそんなことは一切なくなった。
皆その日を生きるのに必死だ。
これは主上ですら変わらない。
最近になって、婿殿のお陰で、だいぶ楽にはなったが、それでもだ。
まあ、流石に主上は祭祀のこともあり年始は色々と有るから、例年わしも、それらが落ち着く三が日を避けて挨拶に伺っているが、そうだな、今年は婿殿と一緒に伺うとしよう。
それで構わないか」
「ええ、そうして頂けるのなら是非にお願いします。
それと、もう一つお伺いしたいのですが、義父への挨拶についてですが、いつ頃お伺いするのがよろしいのでしょうか」
「え、わしに年始の挨拶に来るとな。
これは感心だ。
わしのところはいつでも構わない」
「では、年明け早々にご挨拶にお伺いさせて頂きます。
その足で、私は伊勢に戻らないとまずそうなので」
「相変わらずに、忙しそうだな。
無理に元日に来ずとも良いが、元日でも構わない。
いつでも婿殿なら歓迎するぞ」
とりあえず、京での年始の予定ができた。
急ぎそれ以外についても調整しないといけないな。
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