名もなき民の戦国時代

のらしろ

文字の大きさ
250 / 319
第七章 公家の政

第二百十九話 葵と幸

しおりを挟む


 控えの間と言えばいいのか、こじんまりとした部屋で、本当に内輪と言えるくらいの小人数での会談は和やかに進んだ。
 信長さんは、久しぶりに妹の市さんと会えたのがうれしかったのか、軽口を飛ばしては市さんから怒られていた。
 本当にほほえましい時間だった。

 このほほえましい時間だけで終わるわけはない。
 今回の訪問の目的が、葵たちの公人デビューだ。
 ということで、これまた予想できたが、俺は信長さんに続いて大広間に通された。
 席次が、正直勘弁してくれ。
 九鬼さんの時ほどご家来衆からのいやな視線は無かったが、それでも面白く思っていなさそうな視線は向けられてくる。

 信長さんの咳払いで、直ぐにその視線も無くなったが、かれらにとっても尤もな話だろう。
 何せ、最上席に俺が座り、それより少しへりくだったところに大名である信長さんが座ったのだ。

 自分の親分の上座にどこの馬の骨とも分からないようなやつ、しかも、子供だよ。
 いや、この時代なら既に元服を済ませたような年頃だが、それでも歴戦の勇者足る彼らからすれば、ひょろっとした若造が何をってなるのも、はっきり言って当たり前のことだ。

 信長さんの咳ばらいの後少しばかり付近がざわついたが、それも直ぐに治まり、辺り一面に静寂が訪れる。
 そこで信長さん本人から俺の紹介が始まる。

「本日は京より、太閤殿下の婿様である近衛中将であられる孫殿が、正月の挨拶にと年賀用に貴重な賢島の酒を携えいらしてくれた。
 中将殿は、我が妹の市の婿殿でもあり、本日はお忍びということもあって、わざわざ中将殿の方から挨拶に来て下さった。
 織田家にとって、今までならありえない朝廷よりの御厚恩といえる」

 すると、いつの間にか家老筆頭の席に丹羽様が戻ってきていた。
 小声で俺に指示を出してくれる。
 俺は信長さんから代わって、とりあえず年賀の辞を皆に言う羽目になる。
 正月行事ってどこでも割と大切にしているんだよね。
 特に信長さんのところは無神論者とは言わないけど、合理的でない仕来りは無視する傾向にあるが、それだけにこの正月を大切にしているようで、家臣一同、よく集まったものだ。

「あけましておめでとうございます。
 本日は朝廷からの使者では無く、嫁の兄に初めての正月の挨拶に伺いました、検非違使庁の長である孫近衛中将です。
 義兄を支える皆様方には、嫁の市と常々感謝しております。
 まだまだ、この日の本には戦がなくなりません。
 この戦により、主上の臣民である民が苦しんでおります。
 一日でも早く、安寧が訪れる日まで、是非我らに協力ください」

 この後丹羽様が引き受けてくれた。

「中将殿の奥方様も皆様にご挨拶がしたいとここまで来て下さりました。
 これから、中将殿の奥方様方をお通しします」

 丹羽様にそう言われて、広間上段に結さんを先頭に市さん、張さんと続いて入ってきた。
 市さんが入る時には、ご家来衆の中には誇らしげにしている者もいたのには少し面白かった。
 だが、その後に続く葵に幸になると、また周りが騒ぎ出した。
 流石にこれには信長さんも予想していたのか、そのまま少し騒がせている。
 まあ、今回の本当の目的がこれからなのだが、果たして……

 今度は丹羽様が声をあげた。

「え~い、静まれ。
 ここに居わすは皆近衛中将殿の奥方ぞ。
 失礼に当たる」

「五郎左。
 言うてやるな。
 それに正確に言うと、葵殿と幸殿は、この春に奥方になると聞いている」

「はい、弾正忠殿。
 このたび、故郷に当たる三蔵村にある寺で、春に祝言をあげることになりました」

 え、葵がしっかりと対応している。
 これって、茶番?
 出来レースか。

「皆に申しておく。
 ここにおられる、葵殿や幸殿はあの妖怪と言われる大和の弾正殿が後見をして居られる方々だ。
 しかも、既にご両名はそれぞれに三蔵の衆内で要職を兼ねて居る。
 ご機嫌を損なわれると我らなど簡単に干上がると思え」

 イヤイヤ、信長さん。
 それは言い過ぎでしょ。
 確かに我らが京方面への物流を今では一手に握ってしまったが、それでも流石にそこまででは無いでしょう。

「信長様。
 いくら何でも言い過ぎですよ。
 我らにそんな権限はありませんし、そんなことは我が夫が許しませんから」

 張さんが敢えて、内輪での呼びかけで信長さんに声を掛けた。
 も~やだ。
 何この茶番。

「お兄様。
 我らに、織田勢には悪意など一かけらもありませんよ。
 それは市が保証します。
 それよりも、皆様方には婚儀の際にお世話になりました。
 結殿と張殿に良くしてもらい、市は幸せに暮らしております。
 此度は優しい旦那様に無理を言って、少しだけ里帰りをさせてもらった関係で、時間もあまりありません。
 ですので、この場で申し訳ありませんが新年の祝意を述べさせていただきます。
 織田が、益々の発展がありますようこの一年皆様方にご多幸がありますようお祈りします」

 すると、最後に結さんが閉めた。

「近衛中将の嫁の結です。
 中には市殿の婚儀の折にお会いしている方もおりますが、ほとんどの方は初対面かと思います。
 本当はゆっくりと宴でも開き、皆様にご挨拶をしていきたかったのですが、あいにく此度はお忍び。
 我らには時間がありません。
 我ら以上に殿に時間がない以上、この場でのあいさつで、お別れすることをお許しください。
 皆様にはご多幸の一年でありますよう祈念いたします」

 そう言って。丁寧に頭を下げた。
 すると嫁全員が結さんに続いて頭を下げ、この場を終えた。
 俺達はまた、先ほどの部屋に通されて信長さんと対面している。

「信長さん。
 今回のあれ、酷くないですか」

「酷いものか。
 あれくらいでも足りないが、少なくとも、あれで葵や幸のことを頭ごなしに貶してくるものは出ないだろう」

「葵殿、幸殿。 
 殿の話では無いですが、そんな不届きな輩がおりましたら拙者に遠慮なく申して下され。
 必ず成敗しますから」

「丹羽様。
 今までも信長様のところでいやな思いはしたことがありませんから、ご安心ください」

「空よ。
 本当なら、この後の大評定の後の宴会まで参加してもらいたかったが、お迎えも来たことだし、いずれ再会を果たそう」

 お迎え??
 すると、この小部屋に本多様がいらっしゃった。

「ご無沙汰しております、織田弾正忠殿」

「そちも息災だったか、本多殿」

「ええ、おかげさまで」

「大和の妖怪も息災であろうな」

「妖怪とは、ずいぶんな云い様。
 まあ、お互い様ですか。
 わが殿も、悍馬とか、色々言っておりますから、聞き流すことにしております」

 何、この二人のやりよう。
 絶対にこの時代の人じゃ無いよね。
 身分のある人に向かって、そこまで言えないでしょ。
 正直勘弁してくれ。
 先程の茶番も酷かったし。
 小心者の俺には付いて行けない。

 本当にチートたちの茶番は勘弁してくれ。

「空さんとは元日以来ですか。
 相変わらずお元気そうで」

「ええ、こんにちは、本多様」

 こちらは既に予想されていた。
 信長さんのところに来たのだから、松永の弾正さんが黙っているはずがない。
 もうあきらめたからどうとでもしてくれ。

 熱田から船に乗せられ、そのまま堺へ。
 堺で休憩も宿泊もすることなく、川船で淀川を上る。
 淀を左手にして、寄ることなくさらに川上へ。
 日の暮れるにはまだ十分な時間を残して木津川口まで到着した。

 ここから多聞山城までは本当に直ぐで、木津川口に整備されている湊にも出迎えが来ている。
 でも、ここは他と違い葵や幸には優しい感じがする。
 どうも二人には既に多聞山に幾人かの顔なじみもいるようだ。

 百姓の小娘が戦国大名家の家臣たち、それも平では無くそれなりの役に付いている家臣たちと顔見知りって、どんなんだよ。

 お前たちいったい、どこで何をしているのだ。

 正直、正月早々不安になったよ、本当に。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監
ファンタジー
 エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。  この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。  概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

処理中です...