名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第二百二十一話 できすぎの挨拶

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 直ぐに太閤殿下のところに先触れを出してから、奥さんズを連れて歩いて殿下の屋敷に向かった。
 普通こういう場合の移動、特に夫人を同伴するような場合には牛車などで向かうのが礼儀とされている様なのだが、そんな礼儀など、とっくに廃れている……と言うか、そもそもこの時代にそのような牛車を扱えるほど余裕のある公家がいない。

 俺達は、どの公家たちよりも裕福であることは否定しないが、あいにく俺がそんな風習を嫌っていることもあり、歩いて向かう。
 俺の奥さんズで一番高貴な出である結さんも元をたどれば、とても公家と言えないような貧しい家の出身だし、その次に当たる市さんに至っては、破天荒な兄の影響もあり、馬での移動もあったとかで、歩いての移動について嫌な感じはないようだ。

 そもそも、うちと殿下の屋敷は目と鼻の先にあるので、それこそ5分と歩かずに着く距離なのだ。
 殿下の屋敷に着くとすぐに家宰が出て来たので、訪問の趣旨を伝えた。
 家宰の方でも、俺が出した先触れで、到着を分かっていたので、面会の準備も済んでいたようで、直ぐに殿下の居る部屋に通された。

 いつも殿下と会う部屋だったが、流石に俺の奥さんズ5人と一緒だと少々狭く感じた。
 尤も俺を含む三人は子供だったから入りきれたようなもので、俺が成人していたら、流石にこの部屋での面会は無理そうな感じだった。
 部屋に通されると、殿下が一人いるだけだった。

「おお、やっと戻ってきたか婿殿」

「正月早々、長らく京を離れておりましたことお詫びします、殿下」

「良い良い。
 大和の弾正殿から、その辺りの経緯いきさつは聞いておる。
 奥の三人は始めてみるが……」

「紹介が遅くなりました。
 張と申しまして、昨年嫁にと娶りました。
 私の特に商売に関して重要な仕事を任せております」

「お初にお目にかかる事光栄に存じます、太閤殿下。
 今、夫である空から紹介がありました側室の張伯麗と申します。
 私の出自はお隣の国、明の寧波(ニンポー)の出身です。
 訳け合って、夫に助けられて今日に至ります。
 決して家の序列は冒しませんので良しなに」

「それと、その後ろに控えているのが、この春に娶ります葵と幸になります。
 両名共に、そこにいる張より指導を受け、今では私の右腕となり重要な仕事を任せております。
 既に、両名にはそれなりの役に正式についてもらい、働いている関係で、京にはほとんどおりませんでしたので、紹介が遅れました。
 お詫びします」

「ああ、良い良い。
 張殿とやらだけでなく、葵殿や幸殿についても弾正殿より、よくよく話を聞いておる。
 弾正殿の話によると、うちの結の方が、後から入り込んだようなものだとか。
 すまんことをしたかな」

「いえ、お気になさらないでください、太閤殿下。
 私が、葵と申します」

「私が幸になります、太閤殿下」

「私どものような下賤な者に直接のお目通りだけでなく、お言葉を頂けること、何と申して良いか分からないくらいの僥倖だと感じております」

「この春に、大和の弾正様のはからいもあり、近衛中将殿との祝言をあげる運びとなりました。
 先ほど張も申しました通り、決して家内の序列は冒しません。
 正妻である結殿を常に立て、家の発展に尽くしてまいりますので、中将殿との結婚をお許しください」

 え、何々、僥倖なんて言葉の意味を知っているのか。
 それに、太閤殿下に対する礼儀については俺よりもしっかりしていないか。
 いつの間にそんなスキルを身に付けたんだ、あの二人は。

「そう、固くなるな。 
 わしとて太閤などと呼ばれている身ではあるが、所詮は隠居の身だ。
 それに、平安の世とは違い、武士の世となり行く年も時間が経っており、今では主上のおわす御所とて誰も顧みずに、荒れるに任せているようなものだ。
 そんな世では太閤とて如何ほどの価値があろうか。
 それに、先にも申した通り、わしたちの方がそなた達から先に婿殿を取ったようなものだ。
 恨まないでくれまいか」

「恨むなんて……」

「そのようなことは決してありません。
 それに何より、正妻の結殿からは日ごろから良くして頂いております」

「ええ、義父様。
 ここに居る皆は、日頃より私に良くして頂き、決して不自由なことにはなっておりません。
 ご安心ください」

「おお、それは良かった」

「ええ、嫁たちは皆協力して仲良く過ごさせていただいております。
 ただ、旦那様の方が、忙しいらしく、ちっとも私どもの相手をして下さらないのが不満と言えば不満ですね、結殿」

「ええ、そうですね、市様。
 特に最近は、お顔すら見ないことが多くなっているような気がしますが、どう思いますか張さんは」

 え。え~~~。
 今、それを言うか。
 まるで実家の親に旦那の不貞を訴えるかのようなことを……。

「そうですね。
 でも、私が助けられた時から、それこそ風に舞う落ち葉のごとく、常に動き回っておりましたから。
 今ではそういうものだと、半ば諦めておりますよ」

「そうなのですか。
 それなら嫁同士、これからも仲良く力を合わせて、旦那様をしっかり繋ぎ止めておかねばね、結様」

「ええ、そうですね」

「結も幸せそうで何よりだ。
 まあ、今の話を聞いて、婿殿を呼んだ目的はほとんど果たしたようなものだが、先の嫁たちの話ではないが、もう少しこちらにも顔を見せてもらいたいものだな」

「はい、日ごろの不義理をお詫びします」

「まあ良い。
 それで、今日呼んだのは、参内の件の話もしておきたかったのだ。
 明日、わしと一緒に参内せんか」

「はい、ご一緒させて頂けますのなら、喜んで」

「なら、明日使いを出すから、一緒に主上に挨拶に伺おう」

「こちらで準備するものはありますか」

「何もない。
 そなたから預かっている年賀の品についても、既に主上に届けておる。
 明日の参内には目録を渡すだけになるが、既にその目録もこちらで用意しておるから、その他は身一つで参内すればよい。
 明日、昼前に参内するからそのつもりでいてくれ」

 かみさんの実家での挨拶はこれで終わった。
 なんだか、今まで回った大名家の会見よりも異様に疲れたような気がする。
 所詮婿殿というのは、こういうものなのか。
 入り婿では無い筈なのだが、実際にはそれに近い形で結さんを娶ったようなものだし、やはり、弱いものだな、男というのは。

 翌日、割と早い時間に太閤屋敷から使いが入り、俺は急ぎ身支度を整えてから、太閤屋敷に向かった。
 流石に太閤殿下が参内するので、歩いてとは行かない。
 結殿と結婚した当時に太閤殿下には、古式の礼儀に即した形での牛車を作り献上してある。
 当然、その牛車を引く牛も、こちらの費用もちで太閤屋敷に預けてあるので、その牛車に乗り込んで御所に向かった。
 と言っても、寄り道さえしなければ、それこそ目と鼻の先にあるのだが、こういうものは様式美と云うか、どこに目があるか分からないので、なるべくケチの付かない形で、済ませておくよう心掛けている。

 太閤殿下からも、近衛関白辺りからいちゃもんがついてもつまらないので助かるとのお言葉も頂いている。
 本当に貴族というのはめんどくさい。

 牛車に乗り込んですぐに御所に着いた。
 御所について、俺はすぐに機嫌が悪くなる。
 御所が荒れ放題のままだ。
 多少の中抜きを覚悟して、御所の修理代としてかなりの額を献上したはずなのだが、一向に修理した跡が見えない。

 中抜きしても十分な額を近衛関白に直接ではないが、それなりの人を通して、しかも仲介に当たる人を太閤殿下にわざわざ紹介までしてもらい渡してあるので、関白に金が届いていないはずは無い。

 額も、俺の今いる京屋敷なんか余裕で二つは建てることができる、そう新築御殿が二つ建つ金額を出している。
 最悪半分は中抜きされても御所の修理くらいは余裕でできる筈なのだが、まさか全額横領されたとか。

 考えたくもないが、ありえない話では無い。
 そう考えると、異常に腹が立って来た。
 俺の顔が厳つくなってきたのを知った殿下が慰めてくれる。

「腐っていたことは存じておる。
 こうなることは予想はできたが、まずはああするしかないのじゃ。
 暫くは抑えてくれ、婿殿。
 それよりも、顔を戻して、主上に会いにくぞ」




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