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第七章 公家の政
第二百二十二話 新たな決意
しおりを挟む御所について、案内された部屋は、前に中将に出世した時に通された部屋とは別の部屋だった。
前に主上と面会した時には御簾(みす)越しだったが、今回通された部屋はあの時よりもかなりこじんまりしており、何より主上をお隠しする御簾が無い。
これって、ひょっとして直じかに主上との面会にならないか。
俺は一挙に緊張感を増した。
俺の育った令和の時代、正月ににはガラス越しだが天皇の御一家に会おうと思えば、何時間か人込みの中で並んでいれば会えるが、流石にこの時代ではそんな風習は無い。
尤も一度だって、皇居の一般参賀には行ったことは無かったのだが、それにしたってそれだけ庶民との距離が近かった天皇家でも、一切の権威は損なわれていない。
それだけに、直に会う機会があった人のほとんどは、その権威を本当に感じたと聞いているだけに今俺が感じている緊張も当然の結果だ。
確かに主上の権威は、平安の時代とは比べるべくもなく、令和の時代と比べてもこの時代では遥かに軽いものになっていることは、ここまで通される間に十分に理解した。
途中の廊下の酷い事。
気を付けないと空いた穴に足を取られないとも限らない。
逆に言うと、主上のお住まいになる御所の、しかも、主上が生活する直ぐ傍そばの廊下ですら修理されていないのだ。
俺が、御所の外塀の荒れように驚き、修理のために相当の金額を関白殿下にお渡ししたが、外塀だけでなく、御所の中ですら修理されていないことに驚いたが、それだけ主上の権威が侵されている証あかしなのだろう。
関白殿下の力の源泉であるはずの主上の扱いが、斯様(かよう)な酷さなのには、流石にあの人関白の政治感覚が良く分からなくなるが、それにしても、御所の中くらいの修理はしておけよとは思う。
自分だって、ここを通る筈なのだから怪我をする可能性もあるのに、いったいあれだけの銭を何に使ったのか。
機会があったら、調べてみたいものだ。
そんなことを考えていると、奥から主上が部屋に入ってきた。
俺は太閤殿下と一緒に、頭を下げて主上がお座りになるまで待った。
「太閤よ。
良いから頭をあげよ」
「は、主上に置かれましてはご機嫌麗しく……」
「何を今更。
そちと朕との付き合いだ。
社交辞令など要らぬ。
それよりも、そちの連れもおるのだろう」
「はい。
私の娘婿になります近衛中将の空になります」
「はい、先日主上より、近衛中将の職を賜りました空と申します」
「おお、そちがそうか。
京の都を一人で守っていると聞いておる。
朕に力が無く、荒れ放題になっている京を見違えるまで立て直してくれたそちの働きに感謝しておる」
「もったいないお言葉で」
その後、太閤を交えて近々の政治状況や、この先の見通しなどを本当に腹を割ってと表現していいものか。
かなりきわどいことまで話し合った。
その中には、俺が御所の修理代として献上した銭についても正直に、包み隠さず話し合っていた。
「確かに、武士の世とはなったが、応仁の乱まではここまで酷くはなかったと聞いておる。
だが、朕の代になってからの御所の荒れようは、本当に嘆かわしい。
わが天皇家も、朕の代で終わるやもしれぬかと思うと、胸が締め付けられる思いだ」
「主上。
斯様に気の弱いお言葉など……」
「まことに失礼ながら、発言することをお許しください」
俺は主上から漏れたお言葉で、雷にでも撃たれたような感覚を感じて、一挙に主上に自分の考えを言いたくなった。
ある意味、主上の先のお言葉で覚悟が決まったような感じだ。
「何かあるのか、婿殿」
「近衛中将。
ここは記録にも残らない私的な場だ。
遠慮なく申して見よ」
「はい。
主上のご心配。
このままですと、主上の代とは申しませんが、決してたわごとと決めつける訳にはいかなくなるかと思います」
「中将もそのように思うのか」
「はい。
ですが、誤解なく私の話をお聞きください。
私が申しましたのは、このまま何もせずにおりますれば、そうなる可能性があると申したまでです。
逆に申しますと、変化を恐れなければ、この危機を乗り越えることも十分にできます。
既に、義父である太閤殿下は、ご自身の判断でどこの馬の骨ともつかぬ私を、今の地位まで引き上げてくださいました。
私は、その恩義に報いるために、必死に京の治安を取り締まっております」
「おお、そうだったな。
朕も聞いておるぞ。
そちを殿上に上げるために、相当もめたようだとな」
「はい、ですが今の私は、今までの慣例に無い存在です。
その出自のために相当思い切ったこともしてまいりましたが、それが功を奏したのか、以前とは比べるべくもないくらいまでは、少なくともここ御所の近くでは犯罪を取り締まることに成功しております」
「そのことは周りから聞いておる。
所用で外に出る時に、今では安心して出歩けると周りの者が喜んでおる。
そちには感謝しておる」
「もったいないお言葉。
ですが、私の言いたいことは今までの私の功績を褒めてもらうことではありません。
私が言いたいことは、今の慣例に沿った行動では、先に主上が心配しておりますことが現実になってしまう恐れがあるということです。
流石に、今の律令は平安の世の前の平城に都がある前からある物だと聞いております。
それから、どれだけの時が過ぎておりましょうか。
時代も、主上の一族が直接政をしていた時代から、関白様などの公卿たちが政を取り仕切る時を経て、今では武士が政一切を仕切っております。
これとて、武士の棟梁であると自認していた源氏が開いた幕府も時の流れには逆らえず、北条家の執権の時を経て、それすら足利の世に代わってまいり、しかも、その足利も今ではここ京にいません」
「中将は、何を言いたいのだ」
「はい、ここ御所のあり方も、時代に合わせて変わっていかないと本当に取り返しのつかないことになってまいります。
私ごとき氏素性の怪しきものが言うことですので、お気に召さないかとは思いますが、ここ御所も変わっていかないと生き残れないと申し上げます」
「何をどう変われと申すのだ」
「はっきり申しますと、主上を御縛りしております律令からの脱却です。
既に、律令は形ばかりのものだと申し上げます。
武士の世になり、幕府が政をしていた当時から、征夷大将軍なるお役目は律令の定めには無いお役職。
私のお役目である検非違使もまたしかり。
世の中は、既に勝手に律令から離れたところで動いており、都合の良い時にだけ律令を使っているのが現状なのです。
もっとはっきり申しますと、歴史ある律令の定めるお役目を権威にだけ使っているだけだと申しましても間違えでは無いと思います」
「婿殿。
少し言い過ぎでは……」
「太閤。
良い良い。
好きに申せと言ったのは朕だ。
それに、中将の意見には実がある。
実に無い事ばかり申す公卿たちとは全く違う。
何より、わが天皇家を思う気持ちがこもっておることは朕でもわかる。
話を続けよ」
「直ぐに、大改革することは混乱ばかりで現実的では無いでしょうが、主上には大改革するお覚悟だけは持ってほしいと考えております」
「朕に覚悟を持てと申すのだな。
だが、どのような覚悟というのだ。
朕とて、今のままでは良いとは思わぬ。
かといって平安の世の様にできるとも思っておらぬ」
「はい、正直申しますと私にもわかりません。
誰も分からないことなので手探りとはなりますが、自分たちを縛る仕来りや慣習の内、本当に必要でないものは、全て捨ててしまうくらいのお覚悟は必要かと思います。
元々、今ある律令はお隣の明国が生まれるはるか以前の何世代も前の王朝である唐の時代の法律を、遣唐使たちが命懸けでもたらしたものが始まりだと記憶しております。
いわば律令の御本家である唐の国はとっくに滅び、それからいくつもの王朝が立ち、それに伴い、時代に合わせた法律も生まれては消えたという歴史をたどっております。
幸い我が国は、主上のご先祖であられる方々のご尽力で、この国と主上の権威をお守りいただき、今日に至っております。
敢あええて申し上げますと、守るべきは主上の権威であって、律令ではありません。
逆に、今の主上の権威すらないがしろに使われております律令はすぐにでも代える必要を私は感じております」
「律令を廃せよと申すのか。
しかし、今の朕にできることなのか……」
「今すぐには無理だと思います。
ただ、そのお覚悟だけして頂けたら、私が、いや、私の良き協力者たちが力を合わせて主上の権威をお守りするために廃止できる環境を御作りいたします」
「近衛中将の申し出、良く分かった。
朕は、覚悟を決め、待っておればいいのだな」
「はい、徐々に環境を整えてまいりますので、その辺りにつきましては義父である太閤殿下ともよくよく話を通しておきますので、太閤殿下ともお話しいただけたらと考えております」
「分かった。
中将の言、信じるとしよう。
どのみち朕には選択肢などあまり残されていないのだからな」
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